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九龍懐古  作者: カロン
落花流水
477/492

橡皮鴨と鬼魅山房

落花流水14






「ぽっちゃり天仔(てんちゃん)ぽいのがよかったぁ!」


週も半ばを過ぎて楽しいウィークエンドの足音が聞こえ始めた午後、【東風】テーブルで画用紙にガリガリとイラストを描きつける大地(ダイチ)がブーたれた。寺子屋で出されたホームワーク、‘街のスケッチ’。題材に選んだのは【天満會】が埠頭に建てている像のようだ。


「そら無理やろお前、【天堂會(あっこ)】とは繋がりあらへんよっちゅう顔しとるんやから」

「そーなんだけど。もーちょいこう、なんか他にやりようあったじゃん」


鼻と上唇の(あいだ)に鉛筆を挟み、大地(ダイチ)はキャンバスを睨んだ。横から(カムラ)も覗き込んでみる。まぁ天仔(てんちゃん)みたいに可愛くはない。どちらかといえば、なんというか正直不細工(ブサイク)だ。大地(ダイチ)の画力の問題ではなく。‘ちょいっと()ったらええんちゃう’と顎を(さす)(カムラ)へ、‘手描きはフィルター厳しいよ’と大地(ダイチ)。デジタルネイティブ世代。


絶賛建設中の銅像は、この短期間で既にほぼ竣工という所までこぎつけていた。波止場にニョキッと生え、朝に夕にと神々しく太陽光を背負っている物憂げな面貌の釈迦もどき。シートやフェンスで作られた目隠しの囲いから今やすっかり頭──というか脹脛(ふくらはぎ)あたりからお団子ヘアの先っちょまで──を出して(たたず)んでいる。


そう。(たたず)んでいる。


「それよか何で立っとんねんアレ。ああいうデカいのんは胡座て相場きまっとるやんな」

「あ、ポーズはカッコいいと思う」

「そこはありなんか」

(イン)もカッコいいって言ってた」

「写真送ったんか」


ソファより立ち上がった大地(ダイチ)が格好の真似をした。左脚を軸にし、右脚は持ち上げて膝を直角に曲げ4の字に。両腕を胸の前にクロスして掲げて、中指と親指をくっつけたハンドサイン。必殺技でも(はな)ちそうな様相。いや、仏像の体勢に意味があるのは重々承知だが…なんとなく…何か違う。大地(ダイチ)のモノマネ力の問題ではなく。

キメ顔で‘天仔(てんちゃん)ビーム’を撃ちだす大地(ダイチ)に笑いかけながら、燈瑩(トウエイ)は窓際で白煙を流した。


「立ってるほうが(はば)とらないからじゃない?大事なのは周りのスペースだから」


先日、老人会の帰りがけに衝鋒槍(サブマシンガン)ナンパ(・・・)をしてきた輩の足跡(そくせき)。重ための銃火器が出回っているルート、【獣幇】の周辺、九龍灣をウロつく貨物船、諸々を洗い直すうち───どうやらあの港の一画(いっかく)は小規模な武器取引に使用されていることが判明した。目隠しのシートやフェンスは文字通りに目隠し。中心となっているのは【天満會】の構成員、中にチマチマと設置されたいくつものプレハブは作業員の詰め所ではなく武器庫兼販売所で、せっせとなされていたのは建築仕事より即売会がメインらしい。


「工事ずいぶんハイペースだったね、片手間なのに」

「ハリボテなんだろ。金が勿体ねぇしそこで長く武器屋(みせ)開くつもりでもねぇんだろうし」


肘掛け椅子で幸運曲奇(フォーチュンクッキー)を割る(イツキ)の意見に、大地(ダイチ)の隣で寛ぐ(マオ)がペダリングをしつつ答えた。(ペダル)が床でピィピィと鳴く。負債を清算していないのではない、支払いが済んだ当日にまた博打で大負けをしてフリダシに戻っただけだ。


「どうせ尻尾切んなら仏像(そいつ)も捨てることになるんだしよ。おい大地(ダイチ)、ビーム撃つなら(コイツ)に撃て」

「えいっ!喰らえ天仔(てんちゃん)ビーム!」

(いだ)だだだだだだ!!!!」


大地(ダイチ)の技名呼称を合図に、(アズマ)を高速で踏み付ける(マオ)。10HITover。

(イツキ)の指から曲奇(クッキー)のおみくじを取った(タクミ)が、肘掛け部分に軽く腰を降ろし内容を読みあげた。[大吉!好彩嘅顏色(ラッキーカラー)()你鍾意嘅顏色(あなたのすきないろ)!]。‘えらい適当やん’と(カムラ)の声。


「自由で(いい)じゃん、俺オレンジ♪燈瑩(おまえ)は?つか結局【天堂會】自体は動いてんの?」

「うん、けど今回はかなり慎重にしてるし【天満會】が引っ張られても【天堂會】は逃げ切るだろうね。んー…黒かな…」


付け加えれば、詐欺やら何やらで金策をしている主要メンバーは元より香港側の裏社会の人間。そこからいくらか下っ端の半グレの層が存在し、次いで表社会の住人ではあるがヤンチャ(・・・・)な連中、さらにくだって一般人へとピラミッドは広がっている様だが…そこまでいってしまうともはや事件の核心にはなんら関係がない人々だ。そもそも、‘ヤンチャな者達’レベルの時点ですら裏稼業を耳にしていない協賛者の割合が多いと推測される。


「だからやっぱり関わってないと思うよ、妮娜(ニナ)さんの娘さんは。しいていえば首突っ込んでるのは芸能関係の人だね、前情報通り。五顏六色(カラフル)の社長も焦ってるっぽい」


燈瑩(トウエイ)は愉快そうに喉を鳴らした。夜職界隈出身の若社長、表向きはクリーン。裏では金に困っている女優やアイドルの卵、グラビアモデル等々をターゲットとしたAVや風俗店への斡旋事業が得意分野。(ヨウ)一件(いっけん)で脅しをかけられ多少は懲りたかと思いきや、またぞろ悪事を働いていた様子。

(カムラ)はいつぞやの若社長のテレビインタビューを回想した。信念を貫き…笑顔とハートで勝負します…光る白い歯。ホワイトニング。と、(タクミ)が自分へ向けておみくじを振っているのが視界に入る。社長の歯列を脳内から追い出し‘茶色’と返答。(イツキ)が目を見開いた、瞳に映る豆沙(あんこ)の文字。


「でね、工事現場のほう覗いてみようかなぁって。【天満會】がどうこうってより普通に武器商(しごと)の範疇だし」


楽しげな表情で続ける燈瑩(トウエイ)。どうも今週末に大仏のお膝元でフリーマーケット(・・・・・・・・)の開催予定があるとのことだ。(イツキ)は両眼をカッぴらいたまま首をグリンと斜め後ろに倒して窓辺へと振り返り、燈瑩(トウエイ)を凝視。呻くように単語を(はっ)する。


「それ。行く。俺も」

「えっ?な、何で?」


急なホラー()燈瑩(トウエイ)が珍しく(ども)った。‘この前の襲撃の際の対応を(タクミ)から聞いた’と眼力を強める(ナース)鬼魅山房(ホラゲー)燈瑩(トウエイ)(タクミ)へ視線を移すと、患者仲間(タクミ)大黃鴨(ラバーダック)()したチョケた面構えで椅子をギシギシさせた。指に挟んだ煙草の回転数があがっている。


一連(いちれん)の流れを眺めていた大地(ダイチ)も鉛筆を手の中でクルクル回す。こちらは面白がっているというわけでは無い。その素振りから内心を読み取り勘案する(マオ)は、‘俺も煙草吸いたいデス’と休憩(タイム)の許可を申し出た(アズマ)に対して、特に面白くはなかったものの──普通に鬱陶しかったので──踏んでいる足のペダリング数をしめやかにあげた。

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