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九龍懐古  作者: カロン
落花流水
473/492

内輪話と心模様・前

落花流水11






星期一(げつようび)。物事を新たにスタートさせるのに向いており、その成長にも期待できる曜日。掃除や整理整頓をするのも吉。




「やから颯爽と掃除してん?」

「うん。おまじない」

「おまじない面白いもんね!俺も手伝う!」


(カムラ)の質問に答えつつ(ほうき)でサカサカ【東風(いえ)】の床を掃く(イツキ)(そば)へ、塵取りを構えしゃがみ込む大地(ダイチ)。ソファでダラける(マオ)が‘これも掃いてくれ’と足元を顎で()す。顔を向けた大地(ダイチ)は‘ダメだ’とへの字口。


「チリトリに入らないもん」

「えぇ!?そこぉ!?」


NGの理由が斜め上だったらしく、フミフミされている(アズマ)が鳴いた。此度(こたび)の負債は競馬のようだ。‘ゴミ捨て回避出来て好運(ラッキー)じゃん’と(マオ)の隣で燈瑩(トウエイ)が笑う。債務者(アズマ)(やかま)しい鳴き声を咳払いで制した(カムラ)は、本日の議題について入手した情報の開示を始めた。


議題。【天満會】もとい、ニュー【天堂會】が儲かっている理由。


関係しているのは、香港の大手銀行だという説が浮上した。銀行に職員として入り込んだ者か、はたまたマフィア関連に元より繋がりを持つ者か、ホシの素性は(さだ)かではないが───とにかく何者が‘顧客リスト’を抜いて多方面の裏ルートへと流している。リストを入手した【天満會】は預入額の大きい人間をピックアップ。ある時は慈善事業、ある時は不動産投資、ある時は非上場株式と、あの手この手でビジネスを持ち掛け、上手い具合に金を巻き上げているらしい。有り体に言えば金持ち相手のベーシックな詐欺だ。


「んなネタお前よく調べついたな?」

「ちょぉ、(ヨウ)がヒントくれてん」


(マオ)の疑問にポリポリと鼻の頭を掻く(カムラ)


「【天満會】についてゴタゴタしとる、香港島側から来よった宗教…みたいな話してん、(ヨウ)に。したら(ヨウ)が‘それ知ってるかも’ゆうて。ここんとこ、芸能系ん人の個人情報が漏れる事件が多発しよるって」


(ヨウ)の事務所の人間も被害に()ったらしく、所属タレントに注意喚起が回ってきたとのことだった。背後でチラつくのが(くだん)の銀行、及び幅を利かせているスピリチュアル(・・・・・・・)な団体の存在。警察が動いてるはずだからそのうち派手にニュースになるかも、まだ内緒だけどそういう事情なら【東風】のみんなにだけは教えていいよと言伝(ことづて)されたと(カムラ)は語る。


「芸能界と裏社会も繋がってるし、珍しくはないけどね!五顏六色(カラフル)の件もあったし!ってゆーとったわ。あん時の手助けんお返しって意味でも教えてくれたんかもせんな」

「んで?饅頭それ確かめてきたのか?」

「や、俺が別の人に訊きに行った。(ヨウ)には迷惑かけられないから」


言いながら微笑む燈瑩(トウエイ)に、(マオ)が目を(すが)めた。


「誰に訊いたんだよ」

「杏雅楼で飲んでた俳優サン。お願いしたら結構色々喋ってくれた、もともと1枚噛んでたみたい。あの人も捕まっちゃうかもね」


残念、と唇の端を吊る燈瑩(トウエイ)。杏雅楼の俳優というフレーズに聞き覚えがある気がして(イツキ)は記憶を辿る。やたらシャンパンを開ける人だったっけ?VIPで?燈瑩(トウエイ)がトイレですれ違って…。(マオ)は面白がっていた。(アズマ)を踏んでいる足のペダリング数があがる。


妮娜(ニナ)さん、多分そん銀行に口座持ってんやんな。かなり額入れててんとちゃうか?ビル手離した時ん残りとか…下世話で申し訳ないんやけど。そんで勧誘(・・)がきたんかもせん」


例の俳優の件には迅速に蓋をし、(カムラ)が議題をレールに戻した。引き笑いする(マオ)


「前とは違う方向性であくどくなったな【天堂會(あいつら)】」

「だとしたら、娘さんの尽力!みたいな話なんなのよ?娘もそっち側(・・・・)なわけ?」


足の下より(アズマ)が疑問符。杖さながらに立てた(ほうき)()へ両手を重ねて顎を乗せた(イツキ)が、うーんと唸って口を開く。


「知らないんじゃないかな。表の活動しか。【天満會】もボランティアとかはほんとにやってるんでしょ」

「それはそうだね、ライトな参加者はいっぱい居ると思うよ」

西()()みたいにかぁ」


頷く燈瑩(トウエイ)大地(ダイチ)が懐かしい偽名を引っ張り出す。ポケットから顔を覗かせている天仔(てんちゃん)ストラップがカプカプ揺れた。


妮娜(ニナ)さんと接した所感、やはり彼女の娘が黒社会で暗躍するタイプの人柄に育ったとはあまり思えない…本人に会った試しはないし勝手なイメージに過ぎないけれど…箒を前後にユラユラさせる(イツキ)へ‘バァさん、娘に確認とってねぇのか’と(マオ)(イツキ)は視線を(マオ)へ向け妮娜(ニナ)との会話を思い返す。


───相談してないのよ。娘には。

───(イツキ)くんは、どう思う?お父さんのこと。腹が立ったり許せなかったり、しない?


「んー…とってないみたい、俺も詳しくわかんない…」


仔細を説明し(あぐ)ねる(イツキ)へ、雰囲気を(さっ)した(マオ)は‘そうか’とだけ相槌。(アズマ)を踏み付け立ち上がる。グエッと悲鳴が聞こえた。


「とりあえずよ、【獣幇】はウチの商売にも絡んでっから目ぇかけてやるとして。あとはほっといてもいいんじゃねぇか?香港警察(ジャッキー)、意外に仕事するからな。【天堂會】のプランは九龍(こっち)に逃げ込めりゃ好的(よし)、逃げ切れないなら尻尾切りゃ好的(よし)っつーとこなんだろ」


城砦内で飛火(とびひ)をするようであれば新たな問題が持ち上がってくるが、それより早く当局の働きにより消火完了(・・・・)しそうな気配も十二分。【獣幇】にはまだちょっかいをかけてくるにせよ、(マオ)の最終的なリザルト予想は後者の様子。こちらから仕掛けるといった選択肢は無い。


そうなると目下の懸念は妮娜(ニナ)さんとその娘について…(イツキ)は再び箒をユラユラさせる。今日は大地(ダイチ)とフリマを手伝いに行く予定、彼女も老豆(パパ)と一緒に顔を見せてくれるらしいが…なにをどう申し開いたものか。娘さんの立ち位置だって判然としていない。大地(ダイチ)も手持ち無沙汰そうに塵取りのゴミを見詰めていた。


棚の高級酒を適当に漁ったのち‘【宵城(ウチ)】へ戻る’と出て行きかけた(マオ)が、扉をくぐる前にふと振り返る。


「こっちはこっちでやっとくから。そっちもそっちでちゃんとやれや」


(イツキ)でも(カムラ)でも──当たり前に酒を()られてフロアでジタバタしている(アズマ)でも──なく、大地(ダイチ)を見て(はな)った。一瞬(いっしゅん)呆気にとられた大地(ダイチ)は、しかしすぐに表情を明るくし何かを言いかけたが、(マオ)は返答を待つことなく店をあとにする。瞳を輝かせて全員を見回す大地(ダイチ)。グッと高く掲げられたその(こぶし)に、皆もまた、同じ合図で応じた。









◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「で、なんでテメェはついてきてんだ」

「【宵城(みせ)】で飲もうと思って」

「まだ()かねぇよ」

「部屋で待たせてよ」


ホームへと帰る道中、ニコニコと提案する燈瑩(トウエイ)(マオ)は舌打ち。【東風】から離れて暫くしたところで気が付いたら後ろに居た。追っ払ったとしてもこいつは合鍵を持っている…どうせ勝手に入ってくるなら、今入れたとて同じこと…締め出すのは早々に諦め、どのコルクを抜かせるかの検討へシフトチェンジし紙巻きに火をつける。


「フリマついてってやりゃよかったじゃねーか、暇なら」

「俺が口出さなくたって平気でしょ。だから(マオ)大地(ダイチ)にああ言ったくせに」


燈瑩(トウエイ)(げん)(マオ)は煙をポワポワと輪にする。


前回、友人との(いさか)いで大地(ダイチ)が行動を迷っていた際。‘お前はお前でやってみろ’と発破(はっぱ)をかけた結果が(かんば)しくなかったのを危惧したが───大地(ダイチ)が持ってきた答えは、自分なりの反省と課題、そして最期まで向き合えたことに対しての納得だった。成長している。そう感じたから今回も背を押すことにしたのだ。更にポワポワといくつも煙を輪にする(マオ)


「そーだな。じゃあお前はドンペリな」

「じゃあの使い方おかしくない?」

「P3」

「容赦ないね」


喉を鳴らす燈瑩(トウエイ)を横目で見やる。こいつの次の科白(セリフ)はわかっている、‘別にいいけど’だ。案の定続いた‘別にいいけど’に、(マオ)は口角を上げ、‘売り上げ(ソラ)に付けとくか’と笑った。

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