内輪話と心模様・前
落花流水11
星期一。物事を新たにスタートさせるのに向いており、その成長にも期待できる曜日。掃除や整理整頓をするのも吉。
「やから颯爽と掃除してん?」
「うん。おまじない」
「おまじない面白いもんね!俺も手伝う!」
上の質問に答えつつ箒でサカサカ【東風】の床を掃く樹の傍へ、塵取りを構えしゃがみ込む大地。ソファでダラける猫が‘これも掃いてくれ’と足元を顎で指す。顔を向けた大地は‘ダメだ’とへの字口。
「チリトリに入らないもん」
「えぇ!?そこぉ!?」
NGの理由が斜め上だったらしく、フミフミされている東が鳴いた。此度の負債は競馬のようだ。‘ゴミ捨て回避出来て好運じゃん’と猫の隣で燈瑩が笑う。債務者の喧しい鳴き声を咳払いで制した上は、本日の議題について入手した情報の開示を始めた。
議題。【天満會】もとい、ニュー【天堂會】が儲かっている理由。
関係しているのは、香港の大手銀行だという説が浮上した。銀行に職員として入り込んだ者か、はたまたマフィア関連に元より繋がりを持つ者か、ホシの素性は定かではないが───とにかく何者が‘顧客リスト’を抜いて多方面の裏ルートへと流している。リストを入手した【天満會】は預入額の大きい人間をピックアップ。ある時は慈善事業、ある時は不動産投資、ある時は非上場株式と、あの手この手でビジネスを持ち掛け、上手い具合に金を巻き上げているらしい。有り体に言えば金持ち相手のベーシックな詐欺だ。
「んなネタお前よく調べついたな?」
「ちょぉ、陽がヒントくれてん」
猫の疑問にポリポリと鼻の頭を掻く上。
「【天満會】についてゴタゴタしとる、香港島側から来よった宗教…みたいな話してん、陽に。したら陽が‘それ知ってるかも’ゆうて。ここんとこ、芸能系ん人の個人情報が漏れる事件が多発しよるって」
陽の事務所の人間も被害に遭ったらしく、所属タレントに注意喚起が回ってきたとのことだった。背後でチラつくのが件の銀行、及び幅を利かせているスピリチュアルな団体の存在。警察が動いてるはずだからそのうち派手にニュースになるかも、まだ内緒だけどそういう事情なら【東風】のみんなにだけは教えていいよと言伝されたと上は語る。
「芸能界と裏社会も繋がってるし、珍しくはないけどね!五顏六色の件もあったし!ってゆーとったわ。あん時の手助けんお返しって意味でも教えてくれたんかもせんな」
「んで?饅頭それ確かめてきたのか?」
「や、俺が別の人に訊きに行った。陽には迷惑かけられないから」
言いながら微笑む燈瑩に、猫が目を眇めた。
「誰に訊いたんだよ」
「杏雅楼で飲んでた俳優サン。お願いしたら結構色々喋ってくれた、もともと1枚噛んでたみたい。あの人も捕まっちゃうかもね」
残念、と唇の端を吊る燈瑩。杏雅楼の俳優というフレーズに聞き覚えがある気がして樹は記憶を辿る。やたらシャンパンを開ける人だったっけ?VIPで?燈瑩がトイレですれ違って…。猫は面白がっていた。東を踏んでいる足のペダリング数があがる。
「妮娜さん、多分そん銀行に口座持ってんやんな。かなり額入れててんとちゃうか?ビル手離した時ん残りとか…下世話で申し訳ないんやけど。そんで勧誘がきたんかもせん」
例の俳優の件には迅速に蓋をし、上が議題をレールに戻した。引き笑いする猫。
「前とは違う方向性であくどくなったな【天堂會】」
「だとしたら、娘さんの尽力!みたいな話なんなのよ?娘もそっち側なわけ?」
足の下より東が疑問符。杖さながらに立てた箒の柄へ両手を重ねて顎を乗せた樹が、うーんと唸って口を開く。
「知らないんじゃないかな。表の活動しか。【天満會】もボランティアとかはほんとにやってるんでしょ」
「それはそうだね、ライトな参加者はいっぱい居ると思うよ」
「西と空みたいにかぁ」
頷く燈瑩へ大地が懐かしい偽名を引っ張り出す。ポケットから顔を覗かせている天仔ストラップがカプカプ揺れた。
妮娜さんと接した所感、やはり彼女の娘が黒社会で暗躍するタイプの人柄に育ったとはあまり思えない…本人に会った試しはないし勝手なイメージに過ぎないけれど…箒を前後にユラユラさせる樹へ‘バァさん、娘に確認とってねぇのか’と猫。樹は視線を猫へ向け妮娜との会話を思い返す。
───相談してないのよ。娘には。
───樹くんは、どう思う?お父さんのこと。腹が立ったり許せなかったり、しない?
「んー…とってないみたい、俺も詳しくわかんない…」
仔細を説明し倦ねる樹へ、雰囲気を察した猫は‘そうか’とだけ相槌。東を踏み付け立ち上がる。グエッと悲鳴が聞こえた。
「とりあえずよ、【獣幇】はウチの商売にも絡んでっから目ぇかけてやるとして。あとはほっといてもいいんじゃねぇか?香港警察、意外に仕事するからな。【天堂會】のプランは九龍に逃げ込めりゃ好的、逃げ切れないなら尻尾切りゃ好的っつーとこなんだろ」
城砦内で飛火をするようであれば新たな問題が持ち上がってくるが、それより早く当局の働きにより消火完了しそうな気配も十二分。【獣幇】にはまだちょっかいをかけてくるにせよ、猫の最終的なリザルト予想は後者の様子。こちらから仕掛けるといった選択肢は無い。
そうなると目下の懸念は妮娜さんとその娘について…樹は再び箒をユラユラさせる。今日は大地とフリマを手伝いに行く予定、彼女も老豆と一緒に顔を見せてくれるらしいが…なにをどう申し開いたものか。娘さんの立ち位置だって判然としていない。大地も手持ち無沙汰そうに塵取りのゴミを見詰めていた。
棚の高級酒を適当に漁ったのち‘【宵城】へ戻る’と出て行きかけた猫が、扉をくぐる前にふと振り返る。
「こっちはこっちでやっとくから。そっちもそっちでちゃんとやれや」
樹でも上でも──当たり前に酒を盗られてフロアでジタバタしている東でも──なく、大地を見て放った。一瞬呆気にとられた大地は、しかしすぐに表情を明るくし何かを言いかけたが、猫は返答を待つことなく店をあとにする。瞳を輝かせて全員を見回す大地。グッと高く掲げられたその拳に、皆もまた、同じ合図で応じた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「で、なんでテメェはついてきてんだ」
「【宵城】で飲もうと思って」
「まだ開かねぇよ」
「部屋で待たせてよ」
ホームへと帰る道中、ニコニコと提案する燈瑩に猫は舌打ち。【東風】から離れて暫くしたところで気が付いたら後ろに居た。追っ払ったとしてもこいつは合鍵を持っている…どうせ勝手に入ってくるなら、今入れたとて同じこと…締め出すのは早々に諦め、どのコルクを抜かせるかの検討へシフトチェンジし紙巻きに火をつける。
「フリマついてってやりゃよかったじゃねーか、暇なら」
「俺が口出さなくたって平気でしょ。だから猫も大地にああ言ったくせに」
燈瑩の言に猫は煙をポワポワと輪にする。
前回、友人との諍いで大地が行動を迷っていた際。‘お前はお前でやってみろ’と発破をかけた結果が芳しくなかったのを危惧したが───大地が持ってきた答えは、自分なりの反省と課題、そして最期まで向き合えたことに対しての納得だった。成長している。そう感じたから今回も背を押すことにしたのだ。更にポワポワといくつも煙を輪にする猫。
「そーだな。じゃあお前はドンペリな」
「じゃあの使い方おかしくない?」
「P3」
「容赦ないね」
喉を鳴らす燈瑩を横目で見やる。こいつの次の科白はわかっている、‘別にいいけど’だ。案の定続いた‘別にいいけど’に、猫は口角を上げ、‘売り上げ空に付けとくか’と笑った。