お裾分けと黃綠醫生
落花流水9
新しく購入した月餅型のクッション、墨綠。玄関に飾られた田雞の紙細工、淺綠。窓際の發財樹、深綠。果物カゴの楊桃、青色。
「なんか緑色の物が増えたね」
昼中の【東風】。ソファに腰掛ける燈瑩は、店内を見回し感想を述べ、それから手元の湯呑みを覗いた。茶葉は碧螺春、萌黄色。駄目だろうかと不安気なオーラで綠豆糕を頬張る樹へ駄目ということではないと笑う。
‘旨そうじゃん綠豆糕’と評した匠に樹は嬉々として手持ちを半分こ、味見を促す。信頼と実績の九龍ミシュラン。急須に湯を注ぎ足す東がキッチンから質問を飛ばした。
「そんで?【獣幇】が香港のチンピラ達に目ぇ付けられてんだ?」
燈瑩は一瞬だけ東を見て、すぐにまた樹へ顔を向け、‘俺も一口貰おうかな’と綠豆糕を指差した。モゴモゴとなにかを言って小片をわける樹、相槌を打つ燈瑩。返答を待つ東。更にモゴモゴと何かを言う樹、相槌を打つ燈瑩。返答を待つ東。
「…ん?…えっ?無視!?」
「チンピラにってか、チンピラを雇ってる奴らにって感じ。俺らが相手した連中の他にも【獣幇】に絡みにきてる雇われが居るみたい。衙塱道辺りのイザコザっつーのもそうっぽい」
声を張る東へ、一向に答える気のない様子の燈瑩に代わって匠が補足。燈瑩の横に並んでぽやんとソファに座る上が顎を擦る。
「そいつら差し向けてきた組織っちゅうのが【天満會】やないか?ゆう話ですね」
「うん。【天満會】、ていうか要は結局【天堂會】だよね」
貰った甘味を口へ運びつつ首肯する燈瑩。
襲撃から数日、チラホラ確認した武器輸入のルート。かねてより付き合いがある取引先や周辺に目立った変化は無し。襲撃の依頼主は古株ではなく、急成長した新興勢力の確率が高い。直近で進境著しい団体、九龍に遊びに来る半グレ共、城砦内でさざ波を立てている新手の宗教、的にかけられた【獣幇】。点と点を繋いで物語を創るなら───仕掛けてきた大元のグループは【天満會】、そして【天満會】は【天堂會】の枝分かれ、そのストーリーが1番しっくりくる。
「【天堂會】は【和獅子】と揉めてるじゃない、前に。だから獲るならまずそこからって感じなのかも」
「よぉ根に持つな…奴さんら…」
トントンと両手の人差し指をくっつける燈瑩に上が唸る。
前回【天堂會】が九龍で幅をきかせていた時、そこに殴り込んでドンパチを繰り広げた末に城砦から追い出したのは【和獅子】だ。しかし【和獅子】は以降段々と人数が減少、現在そのポジションには【獣幇】が台頭してきており【和獅子】のメンバーも【獣幇】に与している者が殆ど。もはや‘統合され傘下に入った’と説明づけてもほぼ相違はないだろう。であれば、【天堂會】が目の敵にする相手が【獣幇】だという理屈はまぁ正当。
5個目の綠豆糕の包装をパリパリ剥く樹が疑問符。
「【獣幇】狙ってきたら正体バレちゃわない?チラシもおんなじようなのだったし」
「んー、【天堂會】と揉めたのも【獣幇】が台頭してきてるのも周知の事実って訳じゃないし…【獣幇】自体も敵はそこそこいるし、あとあんまり気ぃ回る奴らじゃないし…とか、理由つけるなら色々つけられるけど」
最悪、金だけ回収して【天満會】切ればいいって思ってるからでしょ。言いながら燈瑩は指をチョキチョキ動かす。
尻尾はいくらでも生え変わらせれば冇問題。むしろ、そちらを派手に動かし注目を集めれば裏での仕事がしやすくなる、という魂胆も垣間見える。
「【天堂會】ってあのマスコットキャラの可愛いとこだよな。九龍で稼いだ金とかスポンサーは前にボコられた時に無くなったんなら、今は収入どうしてんの?新キャラグッズ爆売れってこともないだろ。お布施だけ?」
そう不思議がる匠の【天堂會】への印象は天仔に大分持っていかれているが、確かに収入は不明瞭だった。チョキチョキさせていた指を揃えて空中に小さく円を描く燈瑩。
「密輸とかにも手ぇ出してはいるみたいだけどメインの資金源じゃなさそう。国外からってよりは国内でお金回してるのかな、九龍に居た時も上手くやってたから…にしてもお布施過多だけど」
「国内…香港内っちゅーと、ポピュラーに薬とかも捌いとるんすかね」
「でも【天堂會】、最後は組んでた医療関係の奴らに見放されて潰れた訳よね。今香港にツテないと思うけど。こないだ九龍で揉めてた製薬会社も廈門行ったし…ねぇ?」
上の予想を受け、急須を携えキッチンから出てきた東が私見を混じえて燈瑩に話を差し戻す。燈瑩は今度は東へ見向きもせず黙って茶を啜った。
「ちょっとぉ!?燈瑩ったらさっきからなんで無視するのぉ!?」
「お前のせいで王の方面も面倒いことになったからだろ、しゃーない」
「えぇ?それもう落ち着いたんでしょ、情報とれたんだしプラスってことにしといてよ。なんなら俺が喧嘩になったのも【獣幇】がピリついてたからっぽくない?こっちもとばっちりぃ」
「いやこないだのアレは自分が煽ったからやろ普通に」
ピィピィ喚く東を笑いながら宥めた匠は、呆れ顔の上をピッと煙草の先で指した。
「そーいや他の薬の話でさ。パッキングの箱、流行りが変わったみたいだぜ。クラブにたむろってるプッシャーが言ってた」
「あ、そうなん?今は何がブームなん」
「家具」
短く答え、先端を今度は東へと向ける。鳴き止む眼鏡。家具って棚とか?と上がぽやぽや問う。
樹は綠豆糕を口に詰めつつ、最近新調した椅子の背凭たれに寄りかかった。【天満會】では妮娜さんの身内が活動?活躍?しているはずだ。妮娜さんの家族なら悪人ではなさそうに思えるが…その旨、事情はどうなのだろう…。考えながら椅子をギシギシ揺らす。東の視線がやたらと刺さる。
「でもまだ全部予想だから。もうちょっと掘り下げてみよっか」
目配せをする燈瑩に‘任せてくれ’と頷く上。樹も東へ視線を返すと、東は妙にキビキビした足取りで樹へ近づき、湯呑みへおかわりの碧螺春を注いで天壇大仏のような微笑みを湛えた。