四方山話と衝鋒槍・後
落花流水8
「マジかよ、衝鋒槍?」
廃材の裏、身体を起こした匠は同じく起き上がって隣にしゃがみ込む燈瑩を見る。疑問を投げられた密輸業者も首を捻った。匠が僅かに物陰より頭を出し、ビーニーを脱いで適当に敵の方向へと放れば、すぐさま聞こえる速射音。哀れなニットはいくつもの穴を拵えてポトリと地面に落ちる。
「うーわ、嫌なモン売るね燈瑩」
「俺じゃないよ」
掌をパタパタさせ否定する燈瑩はその手を顎に当て、思案。
衝鋒槍なんか九龍で流れてたっけ?流れてたとして、こんなところでいきなり撃つか?機関銃は割とレア。個人輸入ではなくきっとそれなりの大元が居る。しかし、ルートの特定も恐れず躊躇いなく攻撃してくるのであれば、大元は身バレをしない自信があるということ。買うにも隠すにも困らない、資金が潤沢な組織なんだろう。そしてこいつらは適当に捕まえた使い捨ての可能性が濃厚。
…この場で消しても後腐れは無い気がする。
「俺が出るから。匠、適当にちょっかいかけれる?」
「出るからぁ?すぐそーゆー…樹怒るぜ」
「や、あいつらまだ殺りにはこないと思う」
先刻の発砲は威嚇射撃、要は脅し。‘殺し’にかかるのではなく‘脅し’にかかるのならば、目的は別にある。羽織っていた上着を脱いで帽子同様に放る燈瑩。若干の間の後、蜂の巣。ほらね。やっぱり迷った、人か否か。
「それとさ、武器商人が商品にビビってる訳にもいかないし」
「大地が【東風】で観てたアニメの台詞じゃん。でも面白かったなアレ」
「だね。殷に薦めよっか」
「もう知ってるにBET」
「俺も」
「くはっ、賭けになってねぇ」
「とにかく敵が遊んでるんだからこっちも遊んでいいでしょ」
「燈瑩はいつも遊んでんだろ」
呆れた顔で喉を鳴らして、‘気ぃ抜くなよ’と肩を叩き手近な建物内へと消える匠。燈瑩は懐からシグザウエルを取り出し苦笑い。
こっちはバレてるな…匠はそういう部分に敏い…。言われた通り、正直匠と居るとどうもテンションが緩む節がある。‘遊んでる’の表現は的確。出身区域が同じな為に元々の空気感が似通っているせい、というのが主な要因だが───とりあえずそれは置いておいて。
「喂喂喂!停啦!」
燈瑩は路地へと伸ばした腕を振って、焦ったような声音を作り敵方へ話し掛けた。返事は無し。少し待った。もう1度手を振る。出てこいとお達しが飛んだので、撃たない?などと無駄な質問。これも返事は無し。腕を引っ込めた。ら、とっととしろとの苛立った声が返る。
燈瑩は顔を覗かせ相手の様子を確認すると、極力ゆっくり腰を上げて、ノロノロ通路へ姿を現した。鶏蛋仔が入った袋と拳銃をそれぞれ持った両手を、これまたノロノロと肩の辺りに掲げる。‘交戦する気はありません’アピール。襲撃者はまだ小径の入り口に纏まっていた。4人。衝鋒槍──MP5Kかな?──は1丁で他は普通のチャカ。距離を詰めてきていないのは好、近寄られていたらやや面倒だった。
「強盗サン?俺、見ての通り鶏蛋仔しか持ってないけど。お菓子狙い?」
絶対に物盗りなはずはなかったが。どうでもいいのだそんな事は、只の時間稼ぎなので。
「んなわけねぇだろ。それ捨てろ」
衝鋒槍を構えた1人が、がなりながら顎で指図。チンピラ然。燈瑩は要望に応え、鶏蛋仔の袋をパッと離して地面へ落とした。別の輩が舌打ち、鶏蛋仔じゃねぇと眉間にシワを拵える。こいつも下っ端チンピラ然、賢さも見えない。重要な手駒という線は無いだろう。
燈瑩はキョトンと目を丸くして、数秒考える素振りをみせ、それから‘あぁこっちかぁ!ごめんごめん!’と呑気に謝りシグザウエルもパッと離した。
が───舌打ちした男がシグザウエルの行方を見届けることは叶わなかった。唐突に高所から降ってきた室外機に、頭をペシャンコにされてしまったので。
ゴンッという鈍い音へ仲間が反応し顔を向けた時には、肩口で手離した拳銃をウエストでキャッチし直した燈瑩が既に撃っていた。衝鋒槍を持った男の額にひとつ穴が開く。
脳天をカチ割られた男と脳天をブチ抜かれた男が地べたへ突っ伏すのを呆けて見ていた1人も、室外機に次いで上から落ちてきた匠に踏み潰され這いつくばった。間髪入れずそいつの側頭部にも鉛玉をプレゼントする燈瑩。残り物と視線が合った匠は銜えていた煙草を相手の顔面へプッと吹き、払いのける仕草の隙間に軽いジャブ。途端に響く断末魔のような悲鳴を燈瑩は些か不思議に思ったが───匠の拳を見て納得。握り込んだ指の間からプラスチックナイフが生えている。鶏蛋仔屋で貰った切り分け用のやつ、目玉に刺したな?
「い…っっってぇ!!足!!樹、よくピョンピョン飛び降りてくるな?超合金?」
着地に使った脚をブラブラさせながら匠が跳ねる。燈瑩は声を立てて笑うと、匠とその傍らで丸まっている男へと近付いた。
「多分超合金。ていうか室外機落としてくれるだけでも良かったのに」
「仕事量少ねぇもん、それじゃあ」
「律儀だなぁ。じゃ…今度は俺らが仕事しなきゃね。お話聞かせてもらえる?」
匠の返答へ頷き、燈瑩は眼窩から汁を垂れ流す男の正面で膝を折るとニッコリ笑んだ。
───老人会を後にし、ほどなくして感じた尾けられている気配。標的は王な気がした。なのでとりあえず単身で帰すことは止めにして、試作品のお裾分けを強請って店舗まで送り届け、続いて人気のないスラムへ客人を誘導したのだ。不明なのは付け狙う理由。
「お前らが…【獣幇】の仲間だから…」
「え?違ぇけど」
言葉を絞る男へ即座に否定する匠。新しい紙巻きを指で挟むと弾いて回す。男は‘連れのオッサンが【獣幇】とツルんでいるのを見た’と弱々しくボヤいた。
それはそう…王はガラス代弁償の件やらなにやらで度々【獣幇】の構成員と会っていた。ツルんでいるという認識もあながち間違いではない…ていうかそうなると発端は東かよ、迷惑だな。露骨にゲンナリする燈瑩。匠は面白がっていた。指に挟んだ煙草の回転数があがる。
【獣幇】を敵視する動機について、自分達は雇われなので詳しく知らないとの回答。この連中は香港の有象無象のゴロツキ、今回の強襲、もとい脅しは単なる小遣い稼ぎだったようだ。【獣幇】へ文句があるのは金を出した大元の組織。衝鋒槍もバイトの為に支給された品、駄賃と玩具を渡して子供を遊びに来させた親は金回りが良いと見受けられる。輸入経路にもドル札をバラ撒き情報操作しているだろう。燈瑩は更に借問。
他にバイトをしてるヤツらのことは?わからない。依頼主の素性は?わからない。些細な事でも情報は?わからない。でも結局は【獣幇】のメンバーを何人か殺すつもりだったんでしょ?いや、そんなことは…。鶏蛋仔屋に目を付けた人間は?それは恐らく居ない。OK啦。
パンッと1発の銃声。折り重なった4つの死体を申し訳程度に路傍へと寄せ、回収したMP5Kの収納に困る燈瑩へ、煙草を吸い終え鶏蛋仔を齧りはじめていた匠が空いたビニール袋を‘使えば?’と寄越した。物騒なテイクアウェイ。
「バレルおもっきしハミ出てんな」
「生身より全然いいよ、ありがと。匠は足平気?樹に診てもらう?」
「もらわない!あの樹、どこケガしててもガンガン鼻にティッシュ詰めてくんもん!」
指先についたチョコチップを舐めつつ匠は遠い目。厄介なことに件の看護師、治療の際のオフェンス力だけでなく、完治まで外出させない為のディフェンス力も高い。ロックオンされたらアウトだ。燈瑩は以前に自身も繰り広げた攻防戦を思い返しながら楽しげに眦を下げ、患者仲間に差し出された鶏蛋仔をひと欠片ちぎりとった。