四方山話と衝鋒槍・前
映画[決戦!九龍城砦]本日ついに日本公開みんな観てね(宣伝)
落花流水6
「東頭街の裏手の歯医者さん、閉めたと。歳の割に忙しそうにして体力使ってたもんな」
「そんじゃ暇が出来て老人会くるようになるのかねぇ?碰」
「大陸の故郷に帰るって噂も聞いたけど」
「体力といやぁ孟輝大廈んとこの爺さん、この前無理が祟って倒れちゃったらしいよ」
「先週まで功夫教室に来てたのに?上」
「そういう年齢だから…突然ガタがきたり…若い人には関係ない話か!ねぇ燈瑩君」
「いや、俺は食生活も悪いし他人事じゃないかもですね。匠それちょうだい、槓」
「とりまもっと飯とか食ったほうがいーよ燈瑩は。ほい」
夕刻、老人会、麻雀卓。
歓楽街での野暮用帰り、フラリと立ち寄った燈瑩がまたぞろ賭け麻雀──本日の景品は採れたて楊桃です──に興じていると、匠がフリマの売上金を持ってやってきた。普段は陳の役目だが…どうも膝痛が悪化の一途を辿っているらしく、樹の介護のもと早々に老豆を帰宅させ、今回は代理を請け負ったとのこと。もっとも悪化の素因は病の進行などではなく、このところ店番中に飛んだり跳ねたり走ったりとハシャいでいるせいだろうけれど…それはまぁ一旦よけておくとして。
卓を囲んで早数時間。メンバーを変え話題を変え、菓子をつまみ、のんびりダラダラ牌を混ぜる。老人会でのメイントピックは常に健康問題。身体に良い食べ物、体操、習慣、流行りの漢方、どこの医者の腕が立つ、誰の体調が悪い、エトセトラエトセトラ。健康茶を飲みつつ四方山話。一方その片手間ほぼ全員が濛々と紫煙を燻らせており、喫煙率は限りなく100%に近い。時代と世代の仄かな余燼。
やがて砦を包む空気が夜の匂いを纏い、窓の灯りやネオンが点り始める頃、珍しい人物がヒョッコリと顔を出した。
「あれ?お前が来るなんてどういう風の吹き回しだ?」
「何しにきた悪たれ小僧」
来訪者を口々に揶揄う常連の面々。入り口へ立つ客人───王は、麻雀しにきたの!もう悪たれ小僧じゃないでしょう!と首から下げている鶏蛋仔屋オリジナルエプロンを引っ張り不満そうに眉を曲げる。匠が笑って腰を上げ、王を自席へ促す仕草。
「店長が悪ガキなら俺とか燈瑩どうなっちゃうの。今日は鶏蛋仔屋、店仕舞い?」
「そー!たまには息抜きにジイさん達コテンパンにしてやろうかと思ってね!ありがと匠くん」
軽口を叩き、譲られた席へ尻を落ち着ける王。‘生意気な小童だ’‘先人を敬えヒヨっ子’等々、ご老体が若造をやいやい囃す。
確かに、今まで老人会で王と鉢合わせた事はない…遊びに来た理由は妮娜さんの件絡みか…?思いつつチラリと目線を送る燈瑩へ王も少し口角を吊る。疑問については後回しにし、してもしなくてもいいようなお喋りを交え、数局。各々が手にする飲み物はいつの間にか健康茶から啤酒へと変わっていた。ほんのり赤ら顔の隠居軍団。
「食糊!一條龍!」
「おっ、やるなぁ侯さん」
「王は1番危なそうな牌から切るからな。変わってねぇんだよ、そういう性格」
「っかしいな?丸くなったはずなんだけど」
嘉士伯の缶へ唇をつけつつ、王はまたエプロンを引っ張る。宣伝を兼ねたワードローブ、こちらはお出かけ用ブラウン、仕事用は黄色と白の卵カラー。1枚100香港ドルにて鶏蛋仔屋店頭で販売中───2枚セットは合わせて150香港ドルに割引いたします。
創倫館で漏電した、衙塱道辺りのチーマーが暴れてる、樂善樓は賃料が値上げ、恆豐園の飼い狗が逃げた。取り留めない会話は尽きることなく延々と続く。時刻が夕飯時に差し掛かった頃、宴も酣であるものの、そろそろお開きにしようかと肩や腰を擦るご年配の方々。伸びをしたり前屈をしたりヨロヨロとストレッチ、熱中するあまり長時間同じ姿勢でいたので関節がカチコチになってしまった模様。王がパンパン手を叩く。
「はいはい!後始末は若者に任せて、年寄りは寝床に帰った帰った!」
「相っ変わらず猪口才な坊主だな」
「一丁前なツラしおって」
勝手に指揮を執る若者を扱きおろしつつも、しかし愉しげな雰囲気で帰路へとついていく年寄り達。1人また1人と捌けていき、ほどなくしてガランとした集会所、王は改めて燈瑩と匠を三麻へ誘った。丸椅子を寄せて仕切り直し。打牌の音に重なる雑談。
「店長、老人会の人と仲良んだね。まーそりゃそうか。ずっと住んでんだもんな、大先輩だわ」
「大先輩はやめてよ?でも匠くんだってずっと九龍じゃない、燈瑩くんも」
「いやいや、王さんみたいな大先輩前にしたら何も言えないから。碰」
「なんなの燈瑩くんまで!恥ずかしいなぁもう!あっ匠くんそれちょうだい、槓」
「でもめっちゃ悪ガキ悪ガキ言われてたね、おもろかった。ほい」
「そりゃあ老人会のみんなからしたらだいぶ子供だもん、若い頃の暮らしぶりも知られてるし」
面映ゆそうに鼻を掻く王はポツポツこぼす。
「老人会に集まってんのは基本普通の人でしょ。仕事だって黒くないし、いいとこグレーって感じの。俺はみんなの言う通り悪ガキでさ、昔の仲間はけっこう死んじゃってるから…生き残りっつうだけでも余計に可愛がってくれんだよね…」
自摸った牌を縦にしたり横にしたり、無為にコセコセ動かす。黙って聞いている燈瑩と匠へクスリと笑んで、てかさぁ、と本命のご年配へ話の矛先を向けた。