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九龍懐古  作者: カロン
落花流水
460/492

はじめましてと指ハート

落花流水2






「お会いできて光栄だわ」


ニッコリ笑ってお辞儀をする老婦人。こちらこそ!と元気よく頭を下げる大地(ダイチ)(イツキ)も会釈を返す。(チャン)がウキウキと全員分の湯呑みを用意し始めた。




(イツキ)大地(ダイチ)がジャマイカなフリマへ(おもむ)くと、軒先で見知らぬ人物がせっせと棚の整理をしていた。控え目に声をかけた大地(ダイチ)へ女性は柔らかく挨拶。気付いた(チャン)がカウンターより──ヒョコヒョコ膝をかばいながら──すっ飛んできて(あいだ)へ入り、こちらが大地(ダイチ)くんに(イツキ)くん!こちらが妮娜(ニナ)さん!と意気揚々と自己紹介のお手伝い。


店内の簡易椅子に腰掛けさっそく仲良く雑談を交わす大地(ダイチ)妮娜(ニナ)。手土産の文山包種を淹れに立った(チャン)とレジ番を交代した(イツキ)は、その光景を眺め勘案。

この人が妮娜(ニナ)さん…今日来るとは聞いていなかったけど…老豆(パパ)が呼んだのだろうか?店長の気掛かりと関係してたり?ジッと見詰める(イツキ)妮娜(ニナ)は説明を補足。


「ここのお店は(チャン)くんと(イツキ)くんたちが綺麗にしてくれたんでしょう。私が作った小物も置いてもらっているし、1度キチンとお礼を伝えたくて。ワガママを言って(チャン)くんに連れてきてもらったのよ」


彼女は城塞の片隅に自身でスナックを構えているようで、酒や(さかな)の仕入れから接客に至るまで全てをワンマンで切り盛りしておりなかなか忙しい日々を送っているらしい。普段は老人会にもあまり顔を出せないが、本日は(たま)のオフ日で(チャン)ともタイミングが合った為、共にこちらのフリマへ足を運んだ…とのことだった。‘本当にありがとう’と礼を述べる妮娜(ニナ)(イツキ)は‘たいした事はしていない’と首を横に振る。ていうか───(チャン)くん(・・)。とても新鮮な呼び方。


大地(ダイチ)が宝探しをするかのような瞳で店内を見回し、ワクワクした面持ちで尋ねた。


「どれが妮娜(ニナ)さんの作ったやつなの?」

「そこにある折り鶴とか、折り紙風船とかの飾りね」


答えて指をさす先のラック、吊り下げて陳列してある紙細工たち。色とりどりのクレープ紙と組紐で製作された華やかな代物…玄関の扉や窓の枠に飾りたくなるような愛らしい品々だ。椅子から離れてラックへ近付いた大地(ダイチ)はしげしげと作品を鑑賞し、すっごく可愛い!ひとつ買っていこうかな!と声を弾ませる。どうやら龍睛魚(デメキン)が気に入った様子、ミルズの友達候補。


「この子がいいかなぁ、赤くて目立つし縁起も良さそうだし。でもこっちの黒龍睛魚(デメキン)もカッコいいから迷っちゃう」

「ふふ。実はね、金魚は五行では‘黒か白が縁起が良い’なんて言われているんですって」

「え、そうなんだ?」

「赤は火をあらわす色だから。水槽のお水との相性の関係で」

「そっか、泳いだら火が消えちゃうのか。けど赤い金魚さんってたくさん居るのに…あの子達みんな火が消えちゃってる、て訳じゃないと思うけど…こないだ金魚型の提灯もいっぱいあったよ?中秋節で」


得心するも疑問符を浮かべる大地(ダイチ)妮娜(ニナ)は優しく返答。


「そうね、大地(ダイチ)くんの言う通り。風水のアドバイスはあくまでアドバイス。私は自分の心が‘素敵’と感じた物を選べば良いと思ってるわ。赤は魔除けのカラーでもあるし、それになにより、朱色の金魚さんってとっても可愛いもの」


そう言って口元に人差し指を立てた。‘じゃあやっぱりこの子にする’と手に取る大地(ダイチ)妮娜(ニナ)は‘包んでくるわね’と店の奥へ小さな龍睛魚(デメキン)を運んでいく。


(たお)やかな雰囲気、所作にもどこか品がある。(ワン)が真顔で語っていた‘おばぁちゃんだけどまだまだ可愛い’に納得する(イツキ)妮娜(ニナ)と入れ替わりで急須を片手にフロアへ戻った(チャン)大地(ダイチ)もその旨についての同意を耳打ち。若人(わこうど)からの賛辞に老豆(パパ)は満面の笑みで湯呑みへ茶を注ぐ。


ほどなくして、リボンのかかった小袋を小脇にフロアへ戻ってきた妮娜(ニナ)は代金を払おうとする大地(ダイチ)を制しパチリとウインク。


「これはプレゼントさせてもらえるかしら。飾るなら西の方角が鴻運(ラッキー)かも」

「え、いいの?ありがとう!」

「ささやかでごめんなさい。よかったら(イツキ)くんもひとつ選んで」


妮娜(ニナ)の申し出に(イツキ)は改めて陳列品を見る。居間に置こうか?それとも寝室?どの部屋が西側だっけな。いや、金魚以外だと吉方位はまた違う?なんにもわからない。


妮娜(ニナ)さんは風水に詳しいんだ。俺、全然わかんなくて」

「私も詳しいとまでは言えないけれど。好きなのよ」


(イツキ)の台詞に妮娜(ニナ)(まなじり)を下げる。


「こうした可愛らしい子達を飾ると良い気分になれるでしょう。それだけでも嬉しいのに、その子達がもしも幸せな出来事まで招いてくれるならもっと楽しいじゃない。私にとっての風水は‘毎日をちょっぴり豊かにしてくれるおまじない’ね」


‘毎日をちょっぴり豊かにしてくれるおまじない’か。なるほど、そう考えると面白い。頷く(イツキ)

熱々の茶が冷めるのを待っている大地(ダイチ)は再度店内をグルリと1周し、所狭しと並べられた商品をまじまじ観察。鍋敷きからエコバッグまで何でもござれのハンドメイド日用品。


「全部すっごく上手だね」

「老人会には若い頃から内職のお仕事をしていた人が多いのよ」

妮娜(ニナ)さんも物作りのお仕事してたの?」

「ううん。私が昔やっていたのは、1ドル試写のお店とか」

「なにそれ!めちゃくちゃお手頃価格の試写会じゃん!」


ケラケラ笑う大地(ダイチ)へ微笑む妮娜(ニナ)。横で(チャン)がコンマ数秒固まったのを目に留めた(イツキ)は、以前花街で耳にした話を思い出す。


かつて九龍城砦ではストリップショーが非常に盛んだったが、市街で新たに生まれる多種多様なポルノ産業におされ段々と衰退。続々出てくる‘人体写生’や‘美女の靴磨き’などの幅広い商売の中、当時の最先端と持て囃されていたのが‘1ドル試写’である。

まずは映画を売買する会社を装い9名程度が入れる小規模な試写室を作成。この設定と10人以下の制限は、映画館とみなされ当局の監視下に置かれてしまうという事態の回避手段。そして、やってきた客達から電気代や管理代の名目で1香港ドルずつ徴収し試写(・・)をさせるのだ。上映時間は5分間。熱中するには当然物足りず、人々は何回も何回も連続して鑑賞することになり、都度1香港ドルを支払わねばならない。その繰り返しで運営側は金を稼ぐシステム。


まぁだから、つまるところ、‘1ドル試写のお店’とはアダルトなビデオの放送部屋だ。そちらの系統の業種に就いていた風には全く見えない…人に歴史あり…思いつつカウンターで頬杖をつく(イツキ)へ、妮娜(ニナ)大地(ダイチ)の目を盗み悪戯にウインク。(イツキ)ウインク(まばたき)で応じる。


───抱えてる感じしないな。トラブル。


楽しげに会話を続ける大地(ダイチ)妮娜(ニナ)を見やり(イツキ)は頭を捻る。老豆パパもほんわかした空気、問題については知らなさそう。店長が気にしてることってなんなんだろ?と、今度は大地(ダイチ)妮娜(ニナ)の目を盗み、こっそりハンドサインを飛ばしてきた。指ハート。仲睦まじい様子の(チャン)妮娜(ニナ)をチラチラ交互に視線で示す。


大地(ダイチ)の仕草の意図が微塵も掴めなかった(イツキ)は、とりあえずもう1度、得意のウインク(まばたき)で応じてみせた。

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