【天満會】と天津甘栗
落花流水1
〈あなたの暮らしに平安を、神はいつでも隣に寄り添っておられます───祈りによって日々に充実を与え、心健やかに過ごすお手伝い───天満會〉
「絶っっっ対【天堂會】の仲間だろコレ」
東が郵便受けの新聞を手に取ると、間に挟まっていた広告がバサバサと落ちた。何枚もあるチラシの柄は全て同じで、黄色の下地に金の神像がでかでかと印刷されている。記載された名前は【天満會】。
「【天満會】って、港で仏像建ててない?」
樹はそう言うと、地面に散らばったチラシを拾う東に近付きながら1枚借してと手を伸ばす。東が片眉を上げた。
「仏像?」
「うん。【天満會】って書いてあった、多分。埠頭の工事現場に」
配達のバイトをした際に横切った海沿いの一角、通行止め立て札の名前表記がそれだった気がした…うろ覚えではあるが…チラシを眺めて記憶を辿りつつ店内に戻った樹はテーブル傍の椅子に座る。アンティーク調の木造り1人掛け、東が最近どこかから買ってきた。
「作ってる像、かなり大きいっぽかったよ」
「てことはやっぱ【天堂會】の流れ汲んでるのかねぇ、そんなに金無いでしょポッと出じゃあ。九龍戻ってくるつもりぃ?」
「んー…でも新しい【天堂會】はぽっちゃり天仔がマスコットキャラの会なはずだから…」
「メインはそっちで【天満會】はサブとかかしら」
頭をコテンと横に倒す東に、樹も同じ仕草を返した。表向きは無関係の団体という体にしているのだろうか?確かに悶着を起こした土地へ以前の看板を引っ提げての帰還は出来まい。名前や文言がオリジナルと似通い過ぎているきらいはあるがそこはご愛嬌…まぁ全く無関係の組織で文言だけをパクった、という可能性ももちろん否めないけれど。
チラシをランチョンマットがわりに使い黑鳳梨酥をパクつく樹。こちらは竹炭粉を使って作られた、真っ黒でちょっぴりスペシャルな1品。齧るたびホロホロと盛大にこぼれる欠片を全て受け止めてくれる、寛大なる仏仔。
スペシャルといえどもこのお菓子自体は年中手に入る代物。だが、今日に限っては非常に貴重───家のオヤツ棚が伽藍洞だからだ。甘味のストックがひとつも無い。調達を忘れていた、というか、買い溜めしていた品々をいつの間にか平らげてしまっていたことに気付かなかった…まったくどうしていつも俺はこうなんだ…樹は反省しつつ、最後の一口を勢いよく吸い込む。無限胃袋へ旅立っていく黑鳳梨酥、一路順風。
「おはよぉ!栗もらってきた!」
ほどなくして、明るい声と共に大地が入り口の扉を開いた。後ろには両手に天津甘栗の袋を持った燈瑩。大地は樹へ駆け寄り隣に腰を下ろすと、‘みんなで食べよう’と満面の笑み。思いがけない救世主の登場。
やたらとパンパンな袋に視線を移した樹が小首を傾げる。
「多くない?」
「いっぱい渡されちゃって」
「あら、そんなに麻雀勝ったのお前」
「1回だけだけど」
茶化す東に返事をしつつ、燈瑩はテーブルの皿に甘栗を広げる。コロコロと転がるたくさんの山の幸。
今日も今日とて老人会へ立ち寄った燈瑩は、お爺やお婆とほのぼの雀卓を囲み、アガリの景品を大量にいただいたとのこと。当然1人では食べ切る算段をつけられず、上と大地にお裾分けしようかと連絡したところ、上はダイエット中だから【東風】に持っていこう!ちょうど俺樹と待ち合わせしてる!との大地の言により山の幸は【東風】へと運びこまれることに。
香ばしい木の実を鷲掴んで颯爽と皮を剥きだす樹は持ち前の吸引力を発揮。暫く無心で吸い込んでいたが、ふとある事を思い出して燈瑩に尋ねる。
「ほーえー、ヒハはんっへひほひひはひ?」
「…妮娜さん?仲良くしてもらってるよ」
名前の部分──それすらギリギリだったが──しか聞き取れなかったものの上手い具合に解読し燈瑩は頷くも、返答の前に一瞬考える素振りで顎に手をあてたのを見逃さなかった樹はモゴモゴの口内を茶で落ち着かせてから話を続けた。本日の茶葉は文山包種、生活習慣病の予防のみならず花粉症にも効果が認められる優れもの。
「店長が気にしてて、鶏蛋仔屋の。なんかトラブルあったのかなって」
中秋節でお披露目された限定品を食べに行ってからこっち、店に行くたび王が気を揉んでいる姿を目にするのだ。原因は妮娜さん絡みの某か…王曰く‘俺が勝手に気にしているだけ’とのことだったけれど。
「特には聞いてないかな。妮娜さん、老人会にもそんなに頻繁に顔出す訳じゃないし」
頭をコテンと横に倒す燈瑩に、樹も同じ仕草を返した。栗を頬張る大地が提案。
「陳はんに聞ーてみはらいーひゃん、今はらフリマ行くひ」
樹は、ふむ、と茶を啜る。本日は匠がイベントで本業をしており不在の為、大地と共にレゲエなフリマを手伝いに行くことを陳と約束していた。あの店の商品のデザイナーは老人会の皆様…ならば情報を得るには大地の言う通り老豆へ聞いてみるのが1番手っ取り早い。が…なんとなく、王が、その方法には乗り気で無いオーラを出していた。勝手に気を揉んでいる手前アレコレ詮索はしまいということなのだろうが───何か他にも理由があるような、そんな感じ。
でも老豆と店長って仲良いんじゃなかったっけ。仲が良いなら心配事は相談しても構わないとおもうんだけどな。思考を巡らせる傍ら再び栗を剥こうとした樹は、よりわけられた自分のシマが既に更地になってしまっていることに気が付きハッとする。今…今‘食べ尽くし’を反省したばかりなのに、俺は…。
すぐさま横から手を出した東が、割り散らかされた殻が堆く積まれた塚を取り去った。空いたスペースへ燈瑩が自分の皿をスッと寄越し大地は新たな袋を開けザカザカと更地を埋め立てる。連携プレー。
皆の優しさをありがたく受け取った樹は、今度はいくぶんゆっくり殻を剥き、1粒1粒そっと静かに口へと放り込んだ。




