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九龍懐古  作者: カロン
火樹銀花
457/492

拍拖と好靚仔・後

火樹銀花6






「だ、大丈夫…?重いでしょ?私…」

「全然軽いよ、よゆーよゆー。もっとお菓子食べて平気」


背中でしきりに問う(ネイ)へ明るく答える大地(ダイチ)。しかしもはやかなりの回数同じようなラリーをしている…そろそろ返事のバリエーションが無くなってきたぞ…思いつつ、新たな単語を捻り出そうと空中へ視線を彷徨わせた。




(さかのぼ)ること数十分。




鶏蛋仔(ワッフル)蛋撻(タルト)珍珠(タピオカ)と、たらふく屋台で買い食いをして。クジ引きや射的に興じて、広場ではお目当てのカラフルな提灯の写真をたくさん撮って。街外れの露店まで駆け足でどうにかこうにか見尽くして、夜が更けてしまう前に引き返そうかと帰路についた矢先───


突然しゃがみ込んだ(ネイ)が、そのまま動かなくなった。


焦って訳を(たず)ねる大地(ダイチ)の目に映ったのは、(てのひら)で爪先を押さえる姿。血の滲んだ足の指、甲にも()れた跡。慣れない履物で靴擦れしたのか。‘すぐに治る’と弁明し唇を結ぶ(さま)からは、明らかに、迷惑をかけたくないという想いが透けて見えていた。

ケガをおして歩き出そうとする(ネイ)を制した大地(ダイチ)は、(かが)んで自分の背中を()し示す。意図を察してブンブン首を横に振る(ネイ)をそれなりに長い(あいだ)待ち───ようやくおんぶ(・・・)の承諾を得て、小柄な身体を慎重に背負い、転ばぬよう細心の注意を払って、休み休みのんびりと路地を抜ける帰り道。




「ごめんね。もっと早く言えばよかった、絆創膏とかも持ってれば…」

「んーん、俺も気付いてあげらんなかったし。普段履かない靴ってスレちゃうよね。それに絆創膏あってもおぶるよ?歩ったら痛いじゃん」


消え入りそうに発する(ネイ)へなるべくサラリと返す。(ネイ)の感じている申し訳なさは恐らくMAXを通り越している…‘俺は本当に気にしてない’って事をキチンと伝えなければ…考えつつ、実は割としんどくなってきている両腕のことはバレないよう何気ない素振りで会話を続けた。


「ていうか俺フツーの服で正解だったかもね、逆に!こうやって(ネイ)のこと手助け出来たから!‘转祸为福’ってやつ」

「あ、聞いたことある…それ…」

「ん?でも駄目か、実際(ネイ)がケガしちゃってるからよくないか。‘塞翁失马’のほうが合ってるかなぁ?」

「わ…大地(ダイチ)、物知りだね…」

(マオ)が言ってただけ。(マオ)ってけっこう(ことわざ)()きな気がする」


(マオ)さんお祭り来なかったんだ。今週【宵城(おみせ)】がイベントみたい、俺も(ソラ)でバイト行こっかな。(カムラ)さんが心配しちゃわない?最近‘干渉し過ぎないようにしやんと’って気ぃ遣ってくれてるんだよね、全部顔に出てるけど。(カムラ)さん裏表ない人だから。そーゆートコが(ヨウ)さんのハートに響いた!ってワケですよ。(ヨウ)さんすっごく綺麗で優しい人だったなぁ、夜市でも遊園地でも、一緒(いっしょ)に遊んでくれて。遊園地また行こっか!今度は(スイ)とかも呼ばなくっちゃ。


「…(スイ)ちゃんも、すごいよね。いつも…」


ふいに出た(スイ)の名を拾いポツリと呟いた(ネイ)は、無意識に大地(ダイチ)のシャツの肩口をキュッと握った。心にジワリと広がるモヤモヤした気持ちのやり場に困り、当てど無く街明かりへと目線を投げて物思い。


今回のお祭りに(スイ)ちゃんが不参加なのは、藍漣(アイラン)さんのお手伝いで上海に行っているからだと聞いた。‘自分に出来ることを一生懸命やる’…宝珠(ホウジュ)ちゃんの励ましの言葉。私も大地(ダイチ)を励ましたくて、少しでも元気になって欲しくて、勇気を出してお出掛けに誘ってみて。そしたらみんながオメカシを手伝ってくれて。大地(ダイチ)も褒めてくれて。楽しそうにしてもらえて、私も楽しくなって、あっちこっちお店を覗きたくなって…それで───ずっと我慢してしまった。足が痛いことを。

ちょっと、調子に乗っちゃったな。ハシャギ過ぎてしまった。大地(ダイチ)に、最後にこんな苦労させちゃうなんて。


チャリッと胸元のネックレスが鳴った。瑪理(マリ)に渡された綺麗なクロス。


瑪理(マリ)さんも新しい場所で前に進んでるって、(アズマ)さんと藍漣(アイラン)さんが言ってた。‘(ネイ)ちゃんを応援している’と、このペンダントを貰ったのに…。私は…。


黙りこくる(ネイ)を背負い直し、大地(ダイチ)が笑う。


(ネイ)もすごいじゃん、いつも自分のやれること頑張ってやってて」

「そんなことないよ」

「あるよ。(ネイ)が頑張ってるの見てると、俺も俺の出来ることやらなきゃ!って気持ちになれるもん。で、今はこれが俺の出来ること」


すげーちっちゃいけど!そう言ってもう1度(ネイ)を背負い直す。(ネイ)はまた(しばら)く黙りこくり、それから‘あのね’と声を絞った。


「昨日曲奇(クッキー)焼いたの、大地(ダイチ)にあげたくて。満月と兎のやつ。けどあんまり上手くいかなくて…変な形になっちゃって…持ってこなかったの。でも、えっと、味は悪くないはずだから…あとで…」

「え?くれるの?」


パッとトーンを上げる大地(ダイチ)にはにかみながら頷く(ネイ)多謝(ありがとう)!の声と共に始まる曲奇(クッキー)及びスイーツ談義。話は曲奇(クッキー)から鶏蛋仔(エッグワッフル)へ派生し、お月見うさピョンとダンサブル火龍にも飛び火。‘日を改めて食べに行こう’と誘う大地(ダイチ)(ネイ)は再び頷く。Tシャツの肩口を、今度は意識的に、けれど控え目に握った。


ゆるやかに流れていく時間。そこかしこから聞こえてくる廣東音樂、泳ぐ愛らしい金魚の群れ。降り注ぐ月明かりと揺蕩(たゆた)うランタンの燈火が、仲睦(なかむつ)まじく笑い合う2つの小さな影を、(あたた)かに照らしていた。











◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「ただいまぁ…これ、(ネイ)曲奇(クッキー)もらった。(カムラ)さんもどうぞってさ…」

「おかえり。なんや大地(ダイチ)、えらい疲れとんな。腕プルプルやん。筋トレでもしたんか」

「まぁ、そんな感じ。てか(カムラ)こそ顔の(あざ)ヤバ!なにそれ!ケンカ?」

「まぁ、せやな。そないな感じ」

「勝った?」

「負けた」

「ふーん。好靚仔(カッコいい)じゃん」

「ボコやし負けとんのに?」

「うん」

「あ、そぉ…?おおきに…」

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