拍拖と好靚仔・後
火樹銀花6
「だ、大丈夫…?重いでしょ?私…」
「全然軽いよ、よゆーよゆー。もっとお菓子食べて平気」
背中でしきりに問う寧へ明るく答える大地。しかしもはやかなりの回数同じようなラリーをしている…そろそろ返事のバリエーションが無くなってきたぞ…思いつつ、新たな単語を捻り出そうと空中へ視線を彷徨わせた。
遡ること数十分。
鶏蛋仔に蛋撻に珍珠と、たらふく屋台で買い食いをして。クジ引きや射的に興じて、広場ではお目当てのカラフルな提灯の写真をたくさん撮って。街外れの露店まで駆け足でどうにかこうにか見尽くして、夜が更けてしまう前に引き返そうかと帰路についた矢先───
突然しゃがみ込んだ寧が、そのまま動かなくなった。
焦って訳を尋ねる大地の目に映ったのは、掌で爪先を押さえる姿。血の滲んだ足の指、甲にも擦れた跡。慣れない履物で靴擦れしたのか。‘すぐに治る’と弁明し唇を結ぶ様からは、明らかに、迷惑をかけたくないという想いが透けて見えていた。
ケガをおして歩き出そうとする寧を制した大地は、屈んで自分の背中を指し示す。意図を察してブンブン首を横に振る寧をそれなりに長い間待ち───ようやくおんぶの承諾を得て、小柄な身体を慎重に背負い、転ばぬよう細心の注意を払って、休み休みのんびりと路地を抜ける帰り道。
「ごめんね。もっと早く言えばよかった、絆創膏とかも持ってれば…」
「んーん、俺も気付いてあげらんなかったし。普段履かない靴ってスレちゃうよね。それに絆創膏あってもおぶるよ?歩ったら痛いじゃん」
消え入りそうに発する寧へなるべくサラリと返す。寧の感じている申し訳なさは恐らくMAXを通り越している…‘俺は本当に気にしてない’って事をキチンと伝えなければ…考えつつ、実は割としんどくなってきている両腕のことはバレないよう何気ない素振りで会話を続けた。
「ていうか俺フツーの服で正解だったかもね、逆に!こうやって寧のこと手助け出来たから!‘转祸为福’ってやつ」
「あ、聞いたことある…それ…」
「ん?でも駄目か、実際寧がケガしちゃってるからよくないか。‘塞翁失马’のほうが合ってるかなぁ?」
「わ…大地、物知りだね…」
「猫が言ってただけ。猫ってけっこう諺好きな気がする」
猫さんお祭り来なかったんだ。今週【宵城】がイベントみたい、俺も空でバイト行こっかな。上さんが心配しちゃわない?最近‘干渉し過ぎないようにしやんと’って気ぃ遣ってくれてるんだよね、全部顔に出てるけど。上さん裏表ない人だから。そーゆートコが陽さんのハートに響いた!ってワケですよ。陽さんすっごく綺麗で優しい人だったなぁ、夜市でも遊園地でも、一緒に遊んでくれて。遊園地また行こっか!今度は彗とかも呼ばなくっちゃ。
「…彗ちゃんも、すごいよね。いつも…」
ふいに出た彗の名を拾いポツリと呟いた寧は、無意識に大地のシャツの肩口をキュッと握った。心にジワリと広がるモヤモヤした気持ちのやり場に困り、当てど無く街明かりへと目線を投げて物思い。
今回のお祭りに彗ちゃんが不参加なのは、藍漣さんのお手伝いで上海に行っているからだと聞いた。‘自分に出来ることを一生懸命やる’…宝珠ちゃんの励ましの言葉。私も大地を励ましたくて、少しでも元気になって欲しくて、勇気を出してお出掛けに誘ってみて。そしたらみんながオメカシを手伝ってくれて。大地も褒めてくれて。楽しそうにしてもらえて、私も楽しくなって、あっちこっちお店を覗きたくなって…それで───ずっと我慢してしまった。足が痛いことを。
ちょっと、調子に乗っちゃったな。ハシャギ過ぎてしまった。大地に、最後にこんな苦労させちゃうなんて。
チャリッと胸元のネックレスが鳴った。瑪理に渡された綺麗なクロス。
瑪理さんも新しい場所で前に進んでるって、東さんと藍漣さんが言ってた。‘寧ちゃんを応援している’と、このペンダントを貰ったのに…。私は…。
黙りこくる寧を背負い直し、大地が笑う。
「寧もすごいじゃん、いつも自分のやれること頑張ってやってて」
「そんなことないよ」
「あるよ。寧が頑張ってるの見てると、俺も俺の出来ることやらなきゃ!って気持ちになれるもん。で、今はこれが俺の出来ること」
すげーちっちゃいけど!そう言ってもう1度寧を背負い直す。寧はまた暫く黙りこくり、それから‘あのね’と声を絞った。
「昨日曲奇焼いたの、大地にあげたくて。満月と兎のやつ。けどあんまり上手くいかなくて…変な形になっちゃって…持ってこなかったの。でも、えっと、味は悪くないはずだから…あとで…」
「え?くれるの?」
パッとトーンを上げる大地にはにかみながら頷く寧。多謝!の声と共に始まる曲奇及びスイーツ談義。話は曲奇から鶏蛋仔へ派生し、お月見うさピョンとダンサブル火龍にも飛び火。‘日を改めて食べに行こう’と誘う大地に寧は再び頷く。Tシャツの肩口を、今度は意識的に、けれど控え目に握った。
ゆるやかに流れていく時間。そこかしこから聞こえてくる廣東音樂、泳ぐ愛らしい金魚の群れ。降り注ぐ月明かりと揺蕩うランタンの燈火が、仲睦まじく笑い合う2つの小さな影を、暖かに照らしていた。
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「ただいまぁ…これ、寧に曲奇もらった。上さんもどうぞってさ…」
「おかえり。なんや大地、えらい疲れとんな。腕プルプルやん。筋トレでもしたんか」
「まぁ、そんな感じ。てか上こそ顔の痣ヤバ!なにそれ!ケンカ?」
「まぁ、せやな。そないな感じ」
「勝った?」
「負けた」
「ふーん。好靚仔じゃん」
「ボコやし負けとんのに?」
「うん」
「あ、そぉ…?おおきに…」