拍拖と好靚仔・前
火樹銀花5
「わ、可愛い」
口をついた第一声。耳にした寧がたちまち頬を真っ赤にして俯いたので、自分の台詞にハッとした大地もちょっぴり面映さを感じ首の後ろを擦る。
「ほ…ほんとは、もっと…目立たない色にしようとしてたんだけど…お姉さん達が、こっちの色がいいって、ゆってくれて…」
「そうなんだ!めちゃくちゃ似合ってる!や、もともと寧が選んだやつも似合ったんだろうけどさ」
自身の纏う紅色の衣装をペタペタ触りつつ、しどろもどろに説明する寧。その頭上には‘恥ずかしい’と書かれた心境のフキダシがモロに出ている。大地は普段よりも幾分声を張り明るく返すと、サムズアップし朗らかに笑ってみせた。2人して照れてたら寧がどんどん縮こまっちゃう…せっかくこんな素敵に着飾ってるんだから、顔をあげて晴れ姿を見せて欲しい…そう思い和やかな雰囲気作りに努める大地に、寧もいくらか緊張をといた様子でへニャリと眉を下げ笑い返す。
身支度に時間がかかったのは、どうやらこの着付けのせいらしかった。
バイト先のバーには花街───夜のお店で働くお姉様方が殆ど毎日やってくる。その常連さん達との会話の中で、何の気なしに‘中秋節のお祭りに行く’と溢したところ…‘ならばおめかしをして然るべき’と、頭のテッペンから爪の先まで着せ替え人形のごとくお世話されたのだと寧は説明。ほんのり薄く朱を差した唇が動く。
みんなお化粧の道具とか、マニキュアとか、貸してくれて…とってもワクワクしたけど、やっぱり申し訳なくて…。言いながら、アイシャドウで淡く色付いた瞼を下げた。視線の先で所在なさげに組まれた指にはパステルの優しいネイルカラー。大地はサラサラ流れるショートカットに眼差しを向ける。
「髪留めも使ってくれたんだ。気に入ってもらえて良かった」
「あ、うん…今日の服になら合うかなぁ?って…」
忙しなく何度も何度も耳に髪をかける寧。片側だけに施された緩い編み込みへ、ちょこんと付いている飾り。街の明かりを反射しキラキラと光るそれを見詰め、大地は目を細める。
前に樹と哥に付き合ってもらって行った花園街で手に入れたプレゼント。中華風の花飾りがついた、小さなバレッタ。好みがわからず迷って赤と青の両方を買ったけど、どっちがいいかと訊かれた寧も選びきれなくて、結局ふたつともあげたんだっけ。今日使っているのは赤いほう。色とりどりの金魚が描かれた紅色の着物…いや、浴衣?だっけ?これは。日本のアニメでよく出てくるよね、お祭りの時に着る特別なやつ。とにかくそれとすごくピッタリ。帯もリボンみたいに結ばれてて華やかだし、履いている下駄──じゃないな…名前がわからない、このカッコいい日式ビーサンみたいなの…アニメ見直さなきゃな──も同じく紅色でイイ感じのコーディネート。大地は軽く肩を竦める。
「ごめん。寧がこんなに準備したのに、俺フツーにTシャツと半ズボンで来ちゃった」
「いいの!それは!私が何も言わなかったから…こっちこそ、ごめんね…」
謝る大地に慌てて謝罪をかぶせる寧。大地は口元を弛めて寧に手を差し出した。
「寧はごめんじゃないでしょ、別に。俺はオシャレした寧見れて嬉しいもん。行こ?見たいとこ全部回ろ!今日は遅くなってもいいって上にオッケーもらったから」
悪戯にウインク。寧も頷き、おずおずとその手を取る。街では盛りだくさんの月餅やよりどりみどりの出店、何百個もの綺羅びやかなランタンがお待ちかね。門限が多少伸びたとて、遊び尽くすには時間などいくらあったって全く足りはしない。
歩き出す大地の指を掴みソロソロと後ろをついていく寧。そこかしこから聞こえてくる廣東音樂。浴衣の裾がフワリと揺れて、愛らしい金魚の群れが、飽和状態の湿度にあえぐ九龍城砦の中をユラユラ涼しげに泳いだ。