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九龍懐古  作者: カロン
火樹銀花
456/492

拍拖と好靚仔・前

火樹銀花5






「わ、可愛い」




口をついた第一声。耳にした(ネイ)がたちまち頬を真っ赤にして俯いたので、自分の台詞にハッとした大地(ダイチ)もちょっぴり面映(おもはゆ)さを感じ首の後ろを(さす)る。


「ほ…ほんとは、もっと…目立たない色にしようとしてたんだけど…お姉さん達が、こっちの色がいいって、ゆってくれて…」

「そうなんだ!めちゃくちゃ似合ってる!や、もともと(ネイ)が選んだやつも似合ったんだろうけどさ」


自身の(まと)う紅色の衣装をペタペタ触りつつ、しどろもどろに説明する(ネイ)。その頭上には‘恥ずかしい’と書かれた心境のフキダシがモロに出ている。大地(ダイチ)は普段よりも幾分(いくぶん)声を張り明るく返すと、サムズアップし朗らかに笑ってみせた。2人して照れてたら(ネイ)がどんどん縮こまっちゃう…せっかくこんな素敵に着飾ってるんだから、顔をあげて晴れ姿を見せて欲しい…そう思い(なご)やかな雰囲気作りに(つと)める大地(ダイチ)に、(ネイ)もいくらか緊張をといた様子でへニャリと眉を下げ笑い返す。


身支度に時間がかかったのは、どうやらこの着付けのせいらしかった。

バイト先のバーには花街───夜のお店で働くお姉様方が(ほとん)ど毎日やってくる。その常連さん達との会話の中で、何の気なしに‘中秋節のお祭りに行く’と(こぼ)したところ…‘ならばおめかしをして(しか)るべき’と、頭のテッペンから爪の先まで着せ替え人形のごとくお世話されたのだと(ネイ)は説明。ほんのり薄く朱を差した唇が動く。

みんなお化粧の道具とか、マニキュアとか、貸してくれて…とってもワクワクしたけど、やっぱり申し訳なくて…。言いながら、アイシャドウで淡く色付いた瞼を下げた。視線の先で所在なさげに組まれた指にはパステルの優しいネイルカラー。大地(ダイチ)はサラサラ流れるショートカットに眼差しを向ける。


「髪留めも使ってくれたんだ。気に入ってもらえて良かった」

「あ、うん…今日の服になら合うかなぁ?って…」


(せわ)しなく何度も何度も耳に髪をかける(ネイ)。片側だけに(ほどこ)された(ゆる)い編み込みへ、ちょこんと付いている飾り。街の明かりを反射しキラキラと光るそれを見詰め、大地(ダイチ)は目を細める。


前に(イツキ)(ゴー)に付き合ってもらって行った花園街で手に入れたプレゼント。中華風の花飾りがついた、小さなバレッタ。好みがわからず迷って赤と青の両方を買ったけど、どっちがいいかと訊かれた(ネイ)も選びきれなくて、結局ふたつともあげたんだっけ。今日使っているのは赤いほう。色とりどりの金魚が描かれた紅色の着物…いや、浴衣?だっけ?これは。日本のアニメでよく出てくるよね、お祭りの時に着る特別なやつ。とにかくそれとすごくピッタリ。帯もリボンみたいに結ばれてて華やかだし、履いている下駄──じゃないな…名前がわからない、このカッコいい日式ビーサンみたいなの…アニメ見直さなきゃな──も同じく紅色でイイ感じのコーディネート。大地(ダイチ)は軽く肩を(すく)める。


「ごめん。(ネイ)がこんなに準備したのに、俺フツーにTシャツと半ズボンで来ちゃった」

「いいの!それは!私が何も言わなかったから…こっちこそ、ごめんね…」


謝る大地(ダイチ)に慌てて謝罪をかぶせる(ネイ)大地(ダイチ)は口元を(ゆる)めて(ネイ)に手を差し出した。


(ネイ)はごめんじゃないでしょ、別に。俺はオシャレした(ネイ)見れて嬉しいもん。行こ?見たいとこ全部回ろ!今日は遅くなってもいいって(カムラ)にオッケーもらったから」


悪戯(いたずら)にウインク。(ネイ)も頷き、おずおずとその手を取る。街では盛りだくさんの月餅やよりどりみどりの出店(でみせ)、何百個もの綺羅(きら)びやかなランタンがお待ちかね。門限が多少伸びたとて、遊び尽くすには時間などいくらあったって全く足りはしない。

歩き出す大地(ダイチ)の指を掴みソロソロと後ろをついていく(ネイ)。そこかしこから聞こえてくる廣東音樂。浴衣の裾がフワリと揺れて、愛らしい金魚の群れが、飽和状態の湿度にあえぐ九龍城砦(すいそう)の中をユラユラ涼しげに泳いだ。

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