キンキラとナイスショット・前
火樹銀花3
‘バカラグラス’とは、フランスのクリスタルブランド‘Baccarat’が製造しているテーブルウェア。厳選された原料から作られた品物は高い透明度と輝きが特徴で、彫刻とまで評される造形は非常に美しく、世界中に愛好家が存在。製品は食器類のみならずインテリアや果ては香水と幅広い。シャンデリアともなればその価格は数百万ドルを優に超え───
「い…言い掛かりでしゅ…」
ホール中央、ゴロツキ連中に身ぐるみ剥がされパンイチ正座で半泣きの蓮。しおしおと背中を小さく丸めプルプル震える様は正に吉娃娃。アダ名に偽り無し。
その姿を見詰めながらカウンタースツールで紫煙を燻らす燈瑩は、頬杖をつき少し思案。隣のスツールに同じく腰掛ける匠は両腕で抱きかかえた巨大なぬいぐるみ──不機嫌なキンキラ招き猫スーパーBIGサイズ、ギンギラもあったよ──の頭に顎を乗せモフモフの耳をニギニギしていた。射的の戦利品。
燈瑩と匠が的あてに興じている間、蓮は猫のお使いを完了させるため地酒を買おうと目星い出店へ赴いた。そこで接客をしてきた親切な店員に‘味見はどうですか’‘併設のバーがありますよ’と誘われ、お言葉に甘え飲み屋へお邪魔するも、提供された試飲用の高級グラスを誤って割ってしまい、あっというまにチンピラに囲まれ、目玉の飛び出る弁償代金をフッかけられた───ここまでが蓮を探しに店内へやってきた2人が聞かされたストーリー。
「ぼ、僕が割ったというより…そっちが渡す時にワザと落っことしたんでしょう…」
「それこそ言い掛かりだろ、全員ちゃんと見てたんだから。なぁ?」
蓮の正面に立つバーテン風の男がグルリと首を回せば、客らしき連中がウンウン同意。燈瑩は床に散らばるBaccaratの残骸へ視線をやった。
いくら値が張るブランドだといえど、商品を降順で並べたとて先頭はペアで5千香港ドルが良いところ。1脚で5万香港ドルの弁済などとは清々しいほどのぼったくりだ。そもそもどうして試飲にそんな高級グラスを出す必要がある?龍景軒でもあるまいに。店内の奴らは無論グル、割れた経緯も蓮の主張が正しいんだろう。穏便に収まるに越した事はないけど…どうするかな。にぎにぎ。この辺り、もうちょっと治安が良いと思ってた。蓮君を単独でウロウロさせるべきではなかった。にぎにぎ。視界の隅で猫耳をニギニギしている匠にちょこちょこ意識を持っていかれる。あのぬいぐるみ、何匹か獲れば良かったかも…猫に‘似てるね’とかいってあげたら怒るかな、面白そう───じゃなくて。
「でっ、でも僕、嘘ついてましぇん!余計な事は言うけど嘘は言わないって師範にも太鼓判押してもらってましゅ!」
「うるせぇガキだな」
涙目でキャンキャン反論する蓮のデコへ、男が舌打ちと共にリボルバーを突き付けた。ヒュッと息を呑み尻尾と耳をペタンと垂れる吉娃娃。
「金が払えねぇなら運試しでもするか?お前が勝てばチャラにしてもいいぜ、土産でボトルもつけてやるよ」
男はおもむろに弾倉から弾を抜き、1発だけ装填し直し、シリンダーを回転させた。スタンダードなロシアンルーレット。もちろん蓮がビビって乗ってこないだろうと見越しての発言だ。案の定口を噤む蓮、周りの輩がやいやい囃し立てる。‘俺ならやれる’‘やらない奴は根性無し’‘日和ってんじゃねぇ’エトセトラエトセトラ。喧々諤々。
率直に言って、やかましい。なんだかもはや面倒だな。にぎにぎ。穏便とかどうでもいいかな、こいつら後盾のグループどこなんだ?こんな小銭稼ぎの仕方なら大したモンじゃあないんじゃ?にぎにぎ。やっぱり帰りがけにギンギラの方もゲットしていこうか。銀だと猫のイメージとは違うけど。
ダルそうに瞼を細める燈瑩の表情に薄っすら現れる諸々の内心。すると。
「へぇ、いーじゃん」
匠がフラッと立ち上がり、声を飛ばした。スツールにぬいぐるみを座らせトコトコ蓮へと近付く。弾む足取り、バイキングの料理でも選びにいくかの如くワクワクしたオーラ。男の手からピストルを拝借し、何の躊躇いもなく自身のこめかみに当て、トリガーに指をかけると─────
そのまま引いた。