火龍とエクストラマッチ
火樹銀花2
「ほんなら、そんお婆さんが困っとんか」
「妮娜姐さんだよ妮娜姐さん!オバアちゃんだけどまだまだ可愛いし老人会でも人気者なんだから!」
「わーかったちゅうねん、それは」
やんややんや言いつつ鶏蛋仔を拵える王へ、木造りの長椅子に腰掛ける上が相槌。隣で樹は既に用意してもらったフェスティバルスペシャルメニューを頬張っている。
買い物がてら寄り道したお馴染みの鶏蛋仔屋。春節の獅子舞レインボーの好評を受け、イベント時には動物型曲奇やカラーチョコレートスプレーなどの映えトッピングに力を入れている王は此度も中秋節オリジナルをせっせと製作。もちろん、見た目の派手さにかまけて味のクオリティを落とすことはご法度…販売するのは寝る間も惜しんで試行錯誤を重ねた末に誕生した至高の逸品だ。中でもイチオシの‘お月見ウサぴょん’は、クルリと丸めた鶏蛋仔の中に満月をイメージした黄色い濃厚カスタードクリームを詰め白玉で作られた愛らしい白ウサギとミニサイズの月餅を乗せ煌めく銀色のアラザンを幻想的に塗し───
「で?妮娜さんの相談は店長が解決出来ひんの?」
「んやぁ…別に俺がとやかくいう話でもないからさ…そもそも相談ってほどのこともされてないし」
「なんや、したら勝手に気ぃ揉んどんか」
「身も蓋もない言い方は止してよ!」
賑々しい王と上のラリー。幻想的なアラザンをガリガリやって聞き流す樹は、席を立つとレジ横にある中秋節用の手作りチラシを手に取った。キュートな写真付きでポップに紹介されている様々な期間限定メニュー。お月見ウサぴょんはとっても美味、食べ終えたらお次はダンサブル火龍を頼もうか…。上は廿四味茶しか飲んでない。健康志向。東はどれを選ぶだろ…ていうか東遅いな?さっき‘近くのタバコ屋行く’って出てったっきり全然戻ってこない。トラブルかな。そう思い、何の気なしに入り口へ視線を向けた。
瞬間。扉に何かが衝突し、派手な音を立ててガラスがヒビ割れ砕け散った。
「うわ!?なんやなんや!?」
目を見張る上の足元へ破片と共に突っ込んできたパーカーの眼鏡は、ガラス片にまみれた上半身を起こして後頭部を擦る。
「痛ってぇ!!」
「いや東かい」
随分と景気の良い戻りかたをした東の視線の先の小路には、肩をいからせこちらを睨みつける大男が1人。鶏蛋仔をモグつく樹もボヤく東へとトテトテ近付いた。
「あんにゃろ…けっこう腕力あんな…」
「そうだね」
「そこやないやろ」
頷く樹にツッコむ上。確かに東を投げ飛ばすにはそこそこのパワーが必要ではあるが。と、男を見やる樹が首を捻った。
「あれ?あの人、見たことある」
「アリマスネ」
「知り合いなん」
「上もでしょーよ」
「え!?」
風通しのよくなったエントランスより店内へ踏み入る巨体。こいつはもしや───いつかの喧嘩商売、【獣幇】戦の第2試合目、猫に華麗にボコられたゴリラでは?
1試合目でボコられて伸びており対戦を見ていなかった上は頭上にハテナマーク。その脹脛を東がパンッと叩く。
「ちょっとパワー系、やっちゃって!!俺らのチームの敵ですよ!!ついでにガラスの弁償代金もぎ取ってきて」
「なんでや、お前が弁償せぇ。ちゅうか揉めた理由なんなん」
「たまたま煙草屋で会ったの、そしたらガンつけてきたから‘タイマンでは残念でしたね’って言ったらケンカになった」
「自業自得やん。そもそも俺よぉ覚えてへんよ、あん時寝ててんから」
後ろへ隠れる東にグイグイ押し出された上を見下ろし、ナリを一瞥すると小馬鹿にしたように鼻で笑う男。
「どけデブ」
言うなり肩を小突いた。上が持っていた廿四味茶の紙コップが手から滑り落下、フロアへビシャビシャにブチまけられる中身。ズボンの裾が思いっ切り濡れた。
上は小突かれた肩へと目をやり、ズボンを確認し、それから男を見上げ、溜め息。
「あんな?俺はお前んことよぉ知らへんし、代わりに闘りあう筋合いもあらへんよ。やけどなぁ…‘どけデブ’言われてどつかれる筋合いも無いんじゃボケェ!!」
怒鳴ると同時にまさかのロータックル。腰の入った一撃。
不意打ちによろめいた男を店外へ押し出し、そのままもつれて2人して地面へ転がった。数回転したのち両者立ち上がり向かい合う。慌ててキッチンを飛び出し仲裁に駆け付けた───かと思いきや、颯爽と間に手をかざす王の姿。騒ぐレフェリーの血。
ダンサブル火龍をオーダーするタイミングを失した樹は、ワラワラと集まりだした野次馬と野次を飛ばす東を眺め、残り少ない鶏蛋仔の欠片をチビチビと千切って口へ放りながらエクストラマッチの行方を見守った。