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九龍懐古  作者: カロン
火樹銀花
451/492

ランタンとムーンケーキ

火樹銀花1






ムーンケーキフェスティバル。






秋の夜長を彩る中秋節──別名ムーンケーキフェスティバル──は中国の歴史に根ざした活気溢れる祝祭。期間中にはあちらこちらでイベントが(もよお)され香港中が大賑わい、家族や友人は一堂(いちどう)に会し、ランタンを灯して月を見上げ月餅(ムーンケーキ)に舌鼓を打つ。城砦内でも立ち並ぶ出店(でみせ)、踊る火龍、各所で売られる限定のお菓子。




(ネイ)ちゃん何時くらいに来るの」

「や、俺が迎え行く。もーちょいかな?‘支度終わったら微信(メッセ)する’ってゆってた」


午後の【東風(たまりば)】、いつものメンツ。茶器に湯を注ぐ店主(アズマ)借問(しゃもん)大地(ダイチ)がソファからスマホを振る。


どうやら本日は、(ネイ)から大地(ダイチ)へ‘富裕層地域寄りの広場に飾り付けられたランタンを見に行かないか’とのお誘いが入ったらしい。夜を照らす無数の提灯はスタンダードな熊猫(パンダ)や兎型、趣向を凝らした金魚に飛行機、果ては点心や北京烤鴨(ペキンダック)など非常にバリエーションが豊か。近年では人気のアニメキャラも登場し若者やお子様連れにも大好評。〈維多利亞公園(ビクトリアパーク)では高さ12メートルの巨大なランタンがお目見えしており点灯時間は23時まで、週末の来訪は混雑が予想されます───香港経済新聞〉。


大地(ダイチ)の隣で酒瓶を(あお)(マオ)が疑問を投げる。


「あのランタン屋のジジィどうしてる?西城路曲がったとこの。暴れてねぇのか今年は」

「大丈夫みたい。この前お店寄ってちょっと話してきた」


返答する燈瑩(トウエイ)の眼前には(オカン)にしこたま山積みされてしまった中秋節限定月餅。‘西城路のランタン屋?’と(マオ)へ訊き返す(オカン)が取皿から目を離した隙に、(グルメ)は素早くテーブルへ手を伸ばし2つほど口内へと吸い込んだ。ナイスアシスト。


「あん人むっちゃ穏やかやんか、俺もあっこで提灯()うたことあるで」

「ああ見えて昔はそれなりのチームのアタマ張ってたみたいでな。今でも売られた喧嘩は全部買ってるぜ、去年も他の屋台とシマの()り合いでやりあってよ」

「ホンマに!?そない過去おくびにもださへんやん」

「つけてるex(イクス)自慢してぇ奴ばっかじゃねぇだろ、そりゃ」


(てのひら)をヒラヒラ振る(マオ)。カウンターで煙草をふかしていた(タクミ)が‘そういや’と眉を動かす。


「西城路つったらこないだアイツ見たわ、えっと…何だっけ名前…最近、映画の主演男優賞とった奴。富裕層(アッパー)側の花街にコソコソ消えてった。杏雅楼あたり」

「あらヤダ!いつもテレビで‘女には全然興味無いです’みたいな態度してるのに!」

「ポーズだろポーズ。だからわざわざ九龍城(こっち)で遊ぶんじゃねーか」


ワイドショーのキャスターさながらオーバーリアクションをきめる(アズマ)(マオ)は呆れ顔。‘お前そこらへんよく行ってねぇ?’と、山積み月餅をチマチマ齧る燈瑩(トウエイ)へ再度話を振る。


「うん、俺も見た。キャバクラのVIPで1人でアルマンド10本開けてた」

「パリピじゃん!てかなんでVIPん中の様子わかったわけ、個室だろ?覗いたの?」


愉快そうに笑う(タクミ)燈瑩(トウエイ)もクスリと()み、肩を竦める。


「トイレですれ違った時‘一緒に飲も♡’って誘われてついてったから。あの人、顔が好みなら性別なんでもいいっぽい。また来るねって言ってたけど俺キャストじゃないしどーしようねぇ」

「にゃはははっ!!そういう面白れぇ話はとっととしろよ!!」


高らかに響く閻魔の笑い声。‘師範も笑ってる場合じゃないんじゃないでしゅか’と余計な口を挟んだ(レン)は飛来した紙扇子をデコに喰らった、お約束。額をおさえしゃがみ込む吉娃娃(チワワ)を眺めて頬杖をつく(カムラ)


「杏雅楼ん周りって高級そうな服とか靴とか売っとる店増えたやんな。(タクミ)、スニーカー見に行っとらんかったか」

「行った。けど城砦(ここ)でハイブラなんか出してたら危ねーよな、強盗さ(たたか)れちまうじゃん」

「まぁ富裕層地域寄りならギリいける思うとるんちゃう?ちゅうかパチモンやないんか、正味」

「同じ工場で作ってる横流し品だから偽物じゃないし品質も一緒!って卸してる奴が言ってた。そもそもハイブラでもそんな素材良いとかでもねーやつ多いし」

「詳しいやん。ほんなら逆にハイブラと…あー…ローブラ?どこがモノちゃうんや」

「靴なら中敷きを固定する(ノリ)っぽい」

「地味過ぎやろ」


剥がれにくさが劇的に違うのだろうか。だとしても数十倍の値段をつけるのは流石にボッタクリな気がするが。自分の履いているローブラ量産品のペタンコ中華靴を見やる(カムラ)は、ふと、ズボンの丈が若干短くなっていることに気が付いた。え?洗濯で縮んでんか、これ?否、まさか…また太っ…?その(カムラ)の視線を追った(マオ)が顎で裾部分をさす。


「饅頭もツンツルテン着てねぇで新調したらどうだ」

「ツンツルテンは()っといてもろて!!痩せるつもりやから!!」

「何か1着買いに行く?俺もネクタイ欲しいんだよね」

「えっ燈瑩(トウエイ)ネクタイすることあんの、スーツでもラフなイメージなんだけど」


プンスと湯気を出す平安饅頭(ラッキーバンズ)へ提案する燈瑩(トウエイ)に、(タクミ)が首を傾げた。‘マフィアだってネクタイくらいするよ’と揶揄(からか)燈瑩(トウエイ)の後ろから(マオ)が茶々をいれる。


「イジめると10(グラム)体重増えるぜ、(タクミ)

「撃たないでしょ(タクミ)のことは」

「‘は’?(アズマ)ならどーだよ?」


ラフなマフィアは一瞬(いっしゅん)考え、それからククッと小さく喉を鳴らす。頷く(マオ)


「120(グラム)増しか」

「全弾は酷くなぁい?」

「いや…血が出るから減るかもしれない…」

「お、イイとこ気付くな(イツキ)


(アズマ)(なげ)きを(ひらめ)きで上書きしスルーした(イツキ)を褒める閻魔。と、大地(ダイチ)の携帯に寄り添う異形の者が震え、微信(チャット)の受信を知らせた。


「あ!(ネイ)が準備出来たって、俺行ってくる!帰りは…えーと…」

「ええよ、遅なっても。富裕層地域(あっち)側は治安悪ないし」

「ついに過保護卒業か饅頭」

「ほんまイチイチ突っつかんでもろてええですか!!ちゅうか(マオ)は行かへんの?珍しい地酒出よるで」

「行かねーよ、今週は【宵城(ウチ)】も祭り。合わせてイベント打ってっから。酒の調達は(レン)に任せる」


言いながら袖口より抜いた札束を(レン)へパス。ご指名を(たまわ)った吉娃娃(チワワ)は額をさすさすしつつも張り切って敬礼、ブンブン振られる尻尾。じゃあついでにテキ屋行こうぜと(タクミ)燈瑩(トウエイ)へ打診、射的で景品チャンス再。


「俺らは月餅買いに行きましょっか。(イツキ)、まだ狙ってるやつ色々あるんでしょ?」

「うん。社交街のと和祥樓のと金安飯店のと富里路のと桂記酒家のと」

「行こや行こや、全部行こや。俺もスカウトした()らに配るお菓子探しとんねん」


(アズマ)(げん)に場所と店名をツラツラ並べだす(イツキ)の肩をポンポン叩く(カムラ)。信頼と実績の九龍ミシュラン、選ぶ品物はお墨付き。




こうして、一行(いっこう)はそれぞれ、お祭りムードに浮き足立つ街へとのんびり繰り出した。

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