胸臆と朋友
不撓不屈13
「失敗したぁ…」
テーブルに突っ伏し、弱々しく吐き出す大地。その姿を横目に彗は可樂の栓を──今回はキチンと栓抜きを使って──スポンと抜く。
本日の集合場所は少年探偵団事務所。世話になっている礼だと香港島で手土産を購入したらしい宝珠と殷、康についての話を聞きたがった上、陳に貰った月餅を配りにきた樹も加わって、人口過多でゴチャつく室内に彗はスンとし藍漣はケラケラ笑った。
失敗した、とは…康に‘よくないことを想像していた’と告げてしまった件だ。
大地はクシャリと髪をかきあげる。疑ったことを隠しておくのは誠実さに欠けると考え口に出した謝罪だった、けれど、あの時点で言うべきではなかった。せめてもう数秒だけでも早くに見付けていれば───康の鞄のキーホルダーのタグを。
リミテッドエディションの背中。そこには、ノーマルバージョンには無い小振りなタグが生えていた。印刷されているのは数字の列、個体ひとつひとつに割り振られた、シリアルナンバー。限定版の証。上に貰ってすぐ自室の机に飾ってしまっていたため、その存在を認識しておらず、康のストラップを目にして初めて気が付いた。
康と別れたあと。少女から譲り受けた物の番号をすぐに確認して彗へと連絡、家に帰り着いたのち自分の人形を裏返す。みっつとも連番。そして盗み見た康のショルダーの1匹は───かなり、桁が、離れていた。ということは。
「この拾ったほうが…もともと康のやつだったってことよね…」
溜め息をつきながら言った彗が、テーブルに投げ出された人形達をデコピンで弾く。結論を確定させてはいるものの口調には迷いが滲んでいた。
大地は弾かれたキーホルダーを集めて引き寄せる。纏め買いしてきた品を分けたのだ、通常であれば番号は近くてしかるべき。流通の事情によっては全員かすりもせずバラバラという可能性も否めないが…手元に居る3匹はナンバーが見事に連続してしまった。康は新しく買い直したのだろうか?失くしたことがバレないように?
送った微信は返信無し。キーホルダーについては触れず適当な話題を振っただけだが、メッセージは開かれずに未読のまま。
「俺が要らないことゆったから…なんでゆっちゃったんだろ…」
呻く大地に樹がソッと月餅を献上。豪奢な包装にくるまれた陳お薦めの1級品。多謝と受け取るも握りしめたまま動かない大地、上はその指から月餅を取り去り、ビニールをパリパリと剥いて中身を出すとまた手の平へ返した。オカン。
大地より諸々の事情を相談された上は、一見事件と繋がりの薄そうな目立たないチームを改めて洗ってみる方向に。もしその康という友達がパイプ役をしているとして、パイプ役というならば、辿った先にはそれなりの組織があるはずだ。
隠れて動いていたことに対してバツの悪さを感じている様子の大地は、状況を説明するあいだ、終始申し訳なさそうな表情を見せていた。けれど上は小言は封印し全ての成り行きを黙って聞いた。
大地が報告をしてこなかった原因は自分にもあるのだ。俺だってこの心配性かつ過保護を直さなければならない…さっそく月餅剥いてもうたけど…思いつつ、窓際で煙草をふかす藍漣に歩み寄る。お裾分けを1本頂戴。茉莉花茶の香り。
「けど大地は‘正しい’と思えることをしたんだろ?なら、その時はそれが最善だったんじゃないか。結果がどうあれ」
煙に乗せ言葉を流す藍漣。半身を起こした大地へと宝珠がピンポン玉を渡す。以前にも遊んだ的当て、李小龍を模した黄色いツナギのぽっちゃり熊猫ポスターは今日も壁際で凛々しい功夫ポーズ。‘撃ちかた教えるよ’と微笑む宝珠に大地は小さく顎を引く。熊猫の額めがけてパチンコを構え、ポツリ。
「でも、俺さ。余計なことしてんのかな」
放ったピンポン玉は額を逸れて耳にヒット。撃ったはずみで、ポケットの小袋がカサリと鳴った。中に詰まったピカピカの鉛の粒。
康は俺の助けを必要としているのだろうか?お節介なだけでは?周りをコソコソ嗅ぎ回る邪魔なやつ、そんな風に認識されてるかも。難しい面持ちでもう1度ピンポン玉をセットする大地へ宝珠が角度のアドバイス。
上は煙を吹きつつ大地を見詰めた。藤や挪亞、莉華が頭を過った。結局お節介なのだ。そこは間違いない。ただ、そのお節介が間違っている、とは思わない。が…こんなん正解っちゅうのはあらへんやんな…。なんや言うてやりたいけど、俺やといらん‘保護者感’出てまうわ。
悶々と考える上の肩へ、藍漣がポンと手を置いた。見ていた殷が口を開く。
「まぁ、否めないな。どうにかしてやりたいと欲するのは己の願望に過ぎないのだし」
振り返る大地へ、カラリとした声調のまま語る。
「自分も今までそこに理解が及んでいなかったんだ。妹の為などと言い訳をして、その実、己の為だったのに。中途半端だったんだよ。けれどな…それでも、力になりたいと願った心は嘘ではないと教示を得た。別の‘兄’から」
視線を樹へと寄越した。月餅を頬張る兄は手を止めて、着々と減っているスイーツの残りを殷へ選り分ける。殷は今度は姉を見た。
「時に藍漣、貴様の妹は飲み込みが早いぞ。教えた技法は直ぐに習得するし応用も利く。この分では遠からず追い抜かれてしまうかも知れん」
「へぇ?凄いな彗」
兄と姉から褒められた妹妹は些か沈んでいた雰囲気をパッと明るくし、樹に向け渾身のドヤ顔。よもや自分を倒すという目標を掲げ修行を積んでいるとは予想だにしない樹は‘めでたい’と言わんばかりに彗へ月餅を出した。
上に目線を移し、それから宝珠へと首を傾けた殷が続ける。
「此方もそうだよ。子供達は預かり知らぬ処でも成長していると、護られているばかりではないと、薫陶を受けた。また別の‘兄’から。だろう?宝珠」
「! ───はい、兄様」
水を向けられ、照れくさそうに無言で白煙を空へ溶かす別の兄。笑顔で応えた宝珠は土産物袋から出した小さなマスコットを大地の前に座らせる。香港島で新しく興った宗教団体の愛らしいイメージキャラクター。
「これ、大地君に。欲しがってたよね」
宝珠と殷の携帯にも同じものがついていた。ズルいと騒ぐ彗へ殷は破顔、自分のストラップを外してパス。キャッチし即刻スマホに取り付ける彗をしげしげと眺める樹。
「ん?樹も欲しいの?」
「老豆が好きそう。あげたら喜ぶかなって」
「なんで陳とオソロしなきゃなんないのよ。まーいーけどさぁ別に」
「ふふっ!じゃあ、次は陳さんの分も貰ってこようか」
ニコニコ提案する宝珠へ大地も少し笑んで、マスコットを携帯に下げた。ニューフェイスを楽しげに迎え入れる天仔と異形の者。大地は3匹をくっつける。‘仲間’。
成長出来てるのかな?彗とか宝珠は出来てるよね。俺ってどうなんだろ?わからない。わからないけど、手を伸ばしたい気持ちは嘘じゃないから。
「咎められそうな存意だが…神は祟るし人も救わないと自分は思う。然れど、定めし、仲間は見棄てないよ」
殷が3匹を指して柔らかく発した。カプカプ揺れる、ちまい神々。大地は顔を上げ力強く首を縦に振る。樹は‘応援’と言わんばかりに追加の月餅を差し出そうとし、空になっている化粧箱を見て愕然。彗が眉を曲げた。
「樹全部食べてたじゃん。何その‘ほんとに?’みたいな顔」
「足りひんかったなら蓮のとこ行こか。お決まりのコースやけど」
「いいじゃんか、新作ラッシュでメニュー毎回変わるし。東も待ってるしな♪」
「ヤダぁ、モサメガネは待ってなくていい!帰ってってゆってよ姐姐!」
「なんだ彗?貴様、まだ2人の仲を認めてやっていないのか?」
「東さん良い薬師なのに」
「薬中の間違いでしょ!こないだもアイツったらねぇ!」
文句混じりに瑪理との1件を話し始める彗、オーバーリアクション。いつも通りの空気。大地は微信画面を開くと、未だに既読のつかないトークルームへ、いつも通りのにこやかな‘哈囉’のスタンプを送った。