疑惑とシリアル・前
不撓不屈11
晏晝タイム、カラリと晴れた屋上、違法建築スレスレを過ぎ去るジャンボジェット。吹き抜ける風に目を細め、百事のプルトップを開ける大地。
「彗、午後の授業は?」
「パス。配達のバイト入れた」
「殷と修行じゃないんだ」
「修行ってゆーとハズいわね。今日は宝珠が講義ないから、一緒に薬膳の材料買いに行ったりするんだってぇ」
向かいに腰を下ろした彗は八方にバタバタ靡くポニーテールと飛んでいきかけた弁当箱の蓋をダルそうにおさえた。ここのところの彗のスケジュールは午前中に寺子屋、午後は殷と手合わせ、夕方あたりに授業を終えた宝珠や大地を拾い食肆、隙間時間にバイトを詰め込みとパンパンだ。探偵団の活動としての散歩ももちろん欠かさない。殊勝。
「ってゆーか腹立つ」
「なにが」
「兄様あんなに強いのに猫がもっと強いとかマジなわけ?」
「ステゴロなら哥のほうが強いよ、樹も倒したし」
「それ聞いた。假比赛のデコピンでしょ」
文句をつけ鼻を鳴らす彗。大地はゴクゴク百事を呷り、手の甲で唇の水滴を拭った。
「彗、素手でも武器あっても組手で殷に勝てないってこと?」
「1回も勝てない!もーこうなってきたら樹なんてガチでチートじゃん!揼剪包のどれ出しゃいいのよ、ったく」
むくれる妹分は手近なコンクリ片でガシュッと荒々しく瓶可樂の栓を抜く。その口元へ、握りこぶしをマイク風に近付ける大地。
「練習の手応えはどうでしょう」
「は?インタビュー?手応えはまぁアリですぅ。兄様教えるの上手いし、1人より相手してくれる人居たほうが身になるもん」
「なるほどなるほど。必殺技は習得出来そうですか」
「必殺技とか無いわよ!オタクじゃないし!でも‘筋が良いな’って褒められてるけどぉ」
「さすがですね妹妹」
「当ったり前、爸爸の1番弟子ナメないでよね。てかなに妹妹って?姐姐がいるから?」
「殷も兄様だし」
「そりゃ宝珠のマネしてんの。アンタも饅頭のこと兄様って呼んでみたら」
「プッ」
「あっ吹いた、饅頭かっわいそぉ」
軽口を叩き合い箸を進める。誘拐事件の調査は進展なしだが、現在街の様子は落ち着いていた。このまま沈静化されればそれはそれで◯。
「姐姐、まはひょっと上海行ふってゆってて。彗はどーひよっはな」
「前は九龍城に残ったよね、今回はついてってみれば。たまには懐かしいじゃん」
「んー…ほうねぇ…別に懐かひむこほもないけどぉ」
米をかきこみモゴモゴ話す彗の曖昧な返事を聞きながら、大地は三文魚むすびをパクつきのんびり思案。
今夜は食肆に集まらないのか。じゃ駄菓子屋でもよって帰ろう、上のオヤツも買って…低カロリーぽいのにしてあげようかな。蒟蒻ゼリーとかカット魷魚とか。魷魚はオヤツ、ってよりはおツマミ?お酒飲まないけどね。次の陽さんとのデートいつだっけ。それまでに体重落とすのは至難の業…上しょっちゅうダイエットしてるのに痩せないなぁ…。考えながらスマホの微信アイコンをタップ、本日も欠席の康へとスタンプを送信。‘哈囉’。
大地の携帯で揺れるストラップを見詰める彗が、ふいにおかずを抓む手を止めた。頬張っていた食べ物を飲み込み低い声を出す。
「康にメッセ?」
「定期連絡」
「媽媽が病気なんだっけ」
「わかんないけど体調良くないみたい」
「アンタ、前にそのキーホルダーのバージョン違いくれたじゃん。限定版なのよね?」
「え?うん。上がリミテッドって言ってた」
会話は連続したもののやや繋がらない内容に大地は首を傾げる。‘ハギハギのリミテッドエディションやで’。そんな事を言いながら上が買ってきてくれたので、彗と康へ分けて3人で揃いにしたケタケタ笑う異形の者。限定といわれると何だかつけるのがもったいなくて、自分は机に飾ってあるけれど。
彗は渋い表情でしばらく静止。箸を銜えると空いた手でパーカーのマフからなにか引っこ抜いた。登場したのは例の異形、リミテッドエディション。大地は当然彗の分だと思ったが───胡座の横、雑に置いてあるスマホにしっかり1匹くっついているのが見えて考え直す。彗のはそこに居るな?となると?
「助けた女の子に貰ったの」
大地が考えを纏める前に、彗は再び、今度はいくらか重たそうに口を開いた。
上や殷と共に港で救出した少女より、お礼だとして譲り受けた品。少女は‘拾ったやつだけど‘’これしかなくてごめんなさい’と詫びていた。そう彗が告げた時点で大地の脳内に疑問が湧く。
拾った?いつどこで?‘拾ったやつ’、とわざわざ言うなら、ニュアンスとしてはその日に見付けたばかりのように聞こえる。彗に会うまでに寄った場所。というか、待って。そこじゃなくて。そのキーホルダーは───
「家から出て割とすぐチンピラ達に拐われたみたい、て饅頭ゆってた。そんでアジト連れてかれて。売れそうだったから車で船まで運ばれて。じゃーこれ見付けたの、そのアジトあたりってことでしょ?他に拾ってるヒマないじゃんね」
間を置かず返ってきた回答。大地は、カラッとしていたはずの空気が途端にベタつき身体のあちらこちらに絡みつくのを感じた。掌で異形をコロコロ転がしつつ続ける彗。
「‘上の守備範囲で情報入らないなら俺達のテリトリー’みたいなこと大地ゆってたけど。マジでそーかも、って」
「…どういうこと?」
「だから。誘拐犯とか売り飛ばす相手とか、そーゆーのパイプしてんの、もしかして」
───康なんじゃないの。