久闊とコソ練・後
不撓不屈10
点心は蝦餃に潮州粉粿、叉焼包、腸粉もオススメ。米は鳳爪排骨飯と煎蛋牛肉飯で迷うところ。糯米鶏にして豆豉蒸鳳爪を追加しても好。メインは魚香茄子煲に脆皮燒肉、火雞も捨てがたい。付け合せの白灼菜心はマスト。箸休めに馬拉糕も頼んで、甜品は───…
「食べ過ぎでしょ殷」
テーブル席で会話を聞いていた彗が呆れてツッコむ。振り返る蓮と殷は揃ってキョトン。
「新作が色々とありまして!たくさん食べてもらえますと廚師冥利に尽きましゅ!」
「蓮の料理は絶品だから。それに、この程度では樹の足元にも及ばないよ」
「ワンチャン及んでない?」
半目の彗にも吉娃娃は尻尾を振ってオーダーを訊く。檸檬茶だけと返す彗、只今お客様還元サービス中でミニ葡式蛋撻がガッツリついてきてしまうのがわかっているためだ。知らずに港式奶茶を注文した宝珠は列を成して押し寄せるタルト軍団に圧倒されオロオロしていた。キャパオーバーの団員を上が数人身請けする。
殷と宝珠は予告通り市内に仮住まいを用意したようで、講義の終わりに蓮のもとへやってきては夕飯を食べていく。それに合わせて寺子屋帰りの彗や大地も通い詰め、食肆は探偵団の溜り場に。1度【宵城】用の菓子を取りに来た猫が殷に捕まり、‘お陰様で瑪莎拉蒂のヘッドライトが割れた’と揶揄われたり彗に‘必殺技の元祖’と呼ばれたりされ非常にゲンナリして帰っていった。以降城主は全く姿を見せない。
とにもかくにも───殷が半グレ連中から得た情報を猫とも共有しストリートを洗う上だが…目星いネタは出ず。一連の事件に繋がりは無いのか?羽振りの良い買い取り先がある、だから誘拐が頻発する、単純な図式なのか。軍団員をつまみ思案。携帯にさがるストラップを弄る。
彗がそのストラップへ視線を落としポツリ。
「最近、学校こないわね」
「ん?康のこと?」
反応した大地が‘連絡はたまに取ってるよ’とスマホの画面を指先でコンコン叩く。
「お母さんの具合、ずっと悪いみたい。手伝える事あったらゆってって微信送ったけど」
大地はその指をスクリーンで滑らせアニメのタイトルを検索、丸くてモチッとしたキャラクター画像を表示させると皆へと見せた。
「これ、今度増える新しいキャラ。康が気にしてたからグッズ探してあげようかと思ってるの。どーかな」
「バブみやば」
「メロいね」
「原作には居ないだろう、アニオリか」
「待て待て待てわからへん」
目を見張る彗、頷く宝珠、顎を擦る殷。上がストップをかけると殷は‘信じられない’といった表情で眉をあげた。
「わからん?貴様、まさかこの作品を知らないのか?」
大地と彗、宝珠にも同じ顔をされスンとする平安饅頭。ちゃうんや…作品がわからんのやのうて、あんたらが喋っとる単語がわからんのや…いや作品もやけど。
「饅頭、不敬じゃん」
「なにフケイって」
「敬意を欠いて礼儀に外れている事だ」
ビシッと指をさす彗、質問した大地は殷の解説に‘あーね’と相槌。野暮が払拭されないままに不敬までも賜った上は悲壮な面様。
そないに…?漫画、読んどらんかっただけなのに…?流行りモンに疎いんは認めざるを得んが。ちゅうか謎スラングは知っとんのに不敬は知らんのか大地よ。
「案ずるな、上。不敬は自分も彗より賜っているから」
微妙にズレたフォローを入れる殷へ曖昧な返事をする上の後ろ、遅れてやってきた藍漣と寧が入り口の戸を開けた。彗がすぐさま手振りで合図。
「姐姐、こっち!寧は大地の隣ね?はいはい座る座る!」
問答無用で割り当てられた席に寧はマゴつくも、大地が笑顔で椅子を引くとチョコンと着座。互いに話は耳にしていたものの初対面の殷と藍漣が軽く挨拶を交わす。
「悪いね、彗が世話になってて。呑むか?」
「此方こそ宝珠が良くしてもらって有り難い。酌はいいよ、下戸なんだ」
酒瓶を棚から出しかけた藍漣を止める殷。唇の端を吊った藍漣は代わりに卓の伝票を手に取り‘半分ウチにツケてくれ’と厨房の蓮へ声を飛ばした。そういえば、と大地が宝珠を見る。
「香港で新しく出来た宗教のキャラも可愛んだよね。【天堂會】みたいな」
「あ、それ道端にポスター貼ってあったかも。キーホルダー貰ってこようか?」
「え!?ほんと!?」
宝珠の発言に大地は前のめり。殷が‘此奴と似ているのか’と大地の手元でカプカプ笑う天仔を撫でる。キャラクター談議を始める2人の影で宝珠が寧へと囁いた。
「大地君とはどう?」
「え…全然。事件のことで忙しそうだけど、私くらいの歳の子が狙われてるみたいだからお手伝い出来ないし…。でも、頑張ってる大地は…カッコいいな、っ、て…」
コソコソ返す寧、消え入る語尾。聞こえずとも内容を察した藍漣がニヤリとし、察せない鈍チンはポヤンとした。歓談の合間に運ばれてきた火雞を丸ごと胴体から齧る殷へ彗がクエスチョン。
「てかさぁ。兄様も樹に勝てないの?」
やにわに槍玉へ上がる樹は、今日も今日とてDJを連れジャマイカなフリマを賑やかしに行っている。店番を張り切る陳の腰痛を懸念した東も参加中、老豆想い。
殷は齧った肉を咀嚼し省察。飲み込んで、一拍置き、‘勝てない’と難色を示す。
「樹の実力は相当だし、自分の攻撃は隠密がら急所を狙い過ぎる。識っていれば避けやすいのは自明だよ。そもそも猫で勝てなければ自分が勝てる道理は無いだろう」
「スタイル違えばあるかもじゃん、包剪揼みたいに!どーしたら樹に勝てると思う?彗は強くなりたいの、もっともっと!」
畳み掛ける彗へ大地は同意、藍漣は宥め、上は豆豉蒸鳳爪を取り分ける。小皿を受け取る寧の隣で宝珠がパンッと手を叩いた。
「なら私達が香港にいるあいだ兄様と色々練習してみたらどうかな。兄様、昼間は私が講義で居なくて手持ち無沙汰みたいなの。それで公園で素振りしたり筋トレしたりしてたら不審者で通報されかけちゃって」
「マジ?じゃあ彗と遊んでよ!2人で手合わせしてれば不審じゃないでしょ、決まり!」
「彗、兄貴の都合も聞いてやらないと」
「まぁ…自分は然り、暇だから…そうだな、うん。宜しく頼む」
意気揚々と決定した彗を制する藍漣へ問題ないと応えるも、不審者で通報の件にいかんせん気恥ずかしそうな殷が言葉を続ける。
「確かに包剪揼は良い例えだった。勝負の結果が必ずしも序列どおりというわけではないし、彗の得物も自分の得物も珍しい部類だしな。手法を合わせれば或いは樹に通用するかも知れん」
「やった!気合い入れて相手してよね、兄様!」
「自分は立ち合いでは常に全力だよ」
返答にガッツポーズの彗。大地が宝珠へ‘俺にもまたスリングショットの撃ち方教えて?お礼はこれで’と幸運曲奇を渡しウインク、宝珠も‘喜んで’と微笑んだ。