グロウアップと限定版・前
不撓不屈6
不信感。
暮れ方。花街で働くキャストの様子を見回り終えて、違法建築屋上でひと息つける上は紙パックの檸檬茶で喉を潤し曇天を仰いだ。
件の事件以降は寺子屋周辺でのトラブルは無し。いくらか安心して大地を授業へ送り出せてはいるが───どうにもその大地の態度がおかしい。
本日は日曜日で休校、寧と共に蓮の食肆へ遊びに行くと出掛けていった。上が‘自分は少し仕事’と伝えれば返答は‘夕飯は家で食べる?’との質問のみ。どこへ行くのかも何をするのかも聞いてこず。てっきり首を突っ込んであれやこれやと口を挟んだり、俺もついていくと駄々をこねだしたりするかと懸念していたのに…。女児を助けたことについてもアピール皆無、殆ど話題にのぼらない…なぜなのか。
けど───考えてみたら、そないな言動せぇへんようになったかもな。仲介屋?を始めてからはそうかも知らん。思いつつ上は柵に上半身を預ける。眼下に広がる街並み、通りで遊ぶ子供達。ここは金持ちんエリア近くやから路地も比較的キレイやし平和そやな…少年少女を目で追いながらストローを吸えばズゴッと音を立て中身が空になった。狙いをつけて階段横のゴミ箱へ投擲。ものごっつ外した。ポテポテと歩きパックへ近寄ると拾い上げ、今度は普通に捨てた。二度手間。
正直…大地はうっすら俺に何かを隠している気がする。
するが、もう、1から10まで報告するような年齢でもないのだ。こちらも保護者だからとて逐一口を出しても野暮である。
なぜもなんも無いわな。成長しとるだけや、色んな面で。俺の気ぃつかんとこで。うん。うん…さっ、寂しいなそれも…?だが寂しくともそっと見守るのもまた保護者の役目。まぁ安全面は彗がくっついといてくれとるみたいやし、藍漣や樹やって居る。頼もしいわ。寂しいけど。俺も俺の出来ることしやんと。寂しっ…寂しないわ!!んもう!!
フンッと鼻息荒く気持ちを入れ替え──たけれど厨房を手伝っている東に‘そっちどない?’と微信は送ってしまっ──た上は日課のストリート散策へ。足取りをポテポテからドシドシに変え、気合いをいれて街路に繰り出す。
あまり通らない道を通ってみるか?いきなりネタが入るということはないだろうが、普段と違う区画の雰囲気を見ておくのも何かの役に立つかも。そんな軽い気持ちで幾ばくか遠回りをし───
「その連れてきたガキ、売れそうなのか?」
曲がり角の先から聞こえる物騒な会話に足を止めた。
上は眉を顰めると、息を殺し向こう側を覗き込む。携帯で通話をしている男が1人。お買い物のご相談中。
なんや、今度はこっちで人拐いかい。エリア巡回するんが流行っとんかな?どないしよ、誰か呼ぼか?ポケットのスマホに手を伸ばしかけ───やめた。こいつが何者なのか明白でなく、一連の事件に噛んでいるかどうかもわからない。てんで無関係の有象無象のゴロツキの可能性も大。
いうて関係あれへんくても‘ガキ売る’は捨て置けやんけど…いや今そんワードが出るゆーならやっぱ関係あるんとちゃうか…。
とにかく。
電話を切ると歩き出す男。待ち合わせか。上はストールを持ち上げて口元を隠し──ポーズやでポーズ!気ぃ引き締まるやんこのスタイル!──静かにその跡を追った。
「ここでラースト、っと」
郵便受けへ封筒を差し込み掌をはたく彗。配達のバイト、だいぶ手早く済んだな。夕飯時までかかると踏んでたのに。今日は姐姐が用事で遅いから、夜中に一緒に適当な夜食作ろうと思ってたけど…これじゃ時間持て余しちゃう…先に蓮の所で食べちゃおうか?姐姐にはテイクアウェイして。大地も寧と食肆居るってゆってたし覗いたら面白くなりそう。うん、そうしよう。プランを決定し裏通りを走る。
あの2人のデートは他愛もなさ過ぎるのだ。誰かがちょっかいをかけて、大地を焚き付け寧をからかってやるくらいで丁度いい。寧がプンプンすんのが可愛いのよねぇ、とっととくっつきゃいーのにさぁ。マジ焦れったい。ニマニマしつつ進む道中───差し掛かったT字路で聞こえた話し声。
「ツラが良けりゃ値段つくんじゃねーの。買い取り先は羽振りイイっつう話だし」
彗は急ブレーキをかけ、すぐさま90度回転し手近な建物へ一旦入った。喋っている男は1人。あぁ、電話してんのね。こちらを気にした素振りはない。今の文言だけでは職種判断をしかねるが…耳をそばだてる。
んー?なるほどなるほど?会話の内容的に‘そこそこ値段つく’とか‘買い取り先’ってのは、夜のお店やそのキックバックとかじゃなさそう。こいつら、諸々の誘拐事件と関係あるのだろうか。こないだのチンピラはウゾームゾーだったから情報足んない、とかって饅頭ゆってた。てゆーかどっちみち探るべきでしょこれは?彗は足音を潜め、商談終了しどこかへ向かう男の後ろを、付かづ離れず尾けた。
室外機の陰に隠れ、看板の裏に潜み、順調に追跡。立ち止まり煙草に火を点ける男。彗も距離を保って立ち止まる。
向かう方角的には港の外れかな、広さはあるけど人気の無い場所。どれくらい人数居るんだろ。や、彗だってドンパチかますつもりじゃないけどぉ?わかんないじゃんどーなるかとかぁ?何人居たって余裕でボッコボコにしてやんだから。や、ドンパチかますつもりじゃないけどぉ。既に脳内シュミレーションを開始した彗は準備運動するかのごとく足首をグリグリ回す。刹那。
真後ろ。ほぼゼロ距離の位置に、気配。
全身が総毛立つ。まっ先に彗を支配したのは何よりも、嘘でしょ?という吃驚。警戒は怠らなかった。油断など無い。故に、これだけ神経を尖らせていた中で、易々と背後をとられたのが信じられなかった。信じられないと思えるだけの実力も彗にはちゃんとあった。にも拘らず。
うそ?うそうそうそ?ありえないありえないありえない───コンマ数秒の逡巡のうちに彗の指は太腿に巻かれたホルスター、三節棍へと滑る。
火花が散ったのは一瞬だった。