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九龍懐古  作者: カロン
不撓不屈
437/492

パトロールと不協和音・後

不撓不屈5






「じゃあ別に何でもなかったってこと?」


片眉を曲げ凍奶茶(アイスミルクティー)を啜る(スイ)、プラカップに刺さった太めのストローをガジガジ齧る。隣に座る(イツキ)もLLサイズの抹茶牛奶(ミルク)を勢いよく吸い込んだ。無限胃袋(ブラックホール)へ旅立っていく黑糖珍珠(ブラックタピオカ)の群れ、一路順風(ボンボヤージュ)


「バックに何や()っきい(とこ)ついとる、っちゅうんでも無いみたいやし。使いっパシりの奴らやっててんな」


テーブルを挟んだ向かい側、胃薬の袋をカサカサやりつつ(カムラ)(うな)る。ソファに座る大地(ダイチ)幸運曲奇(フォーチュンクッキー)の紙をカサカサやった。隣で(くつろ)(マオ)が割れた曲奇(クッキー)の欠片を酒の(さかな)にポリポリ齧る、祝你好運(グッドラック)



騒動から数日後の【東風】。



(イツキ)が全員の首を回転させたついでに聞き出した情報は予測通りで、目的はベーシックに誘拐からの人身売買。羽振りの良い買い取り先と繋がっているとのことだったのでそちらの名前も頂戴したが、(カムラ)が調べてみたところ実態のない架空の組織。けれど一介(いっかい)のチンピラが命を賭けてまで虚偽の情報を吐くとも考えづらい…ということはハナから偽のグループ名を教えられていた可能性が濃厚。よくあるパターン。

襲撃者達は、商品を道端で追いかけ回したり(イツキ)の介入に慌てて撃ってきたりと仕事(・・)に関して手際が良いとも手慣れているとも評せない連中だった。単純に小金を(ほっ)していたゴロツキが駒にされたのだろう。気になるとすればその‘羽振りの良い買い取り先’についてだけれど。


「まぁ香港でも澳門(マカオ)でもぎょーさんあるからな、そんなん。最近活発になっとるチームがおるかも知らんけど。九龍(ここ)の人拐いやってこれで収まるわけちゃうやろし、ちょぉ様子見とくわ」


頻発する一連(いちれん)の誘拐は、その規模からして全て先頃の半グレ達の仕業ということはないはずだ。胃薬を白湯で流し込み(カムラ)はタンッと湯呑みを置く。大地(ダイチ)が知り合いの少女を救ったことについて、褒めてやりたい気持ちと消えない心配とがせめぎあい、悩める兄の膨らむ心労は胃袋へとドシドシ溜まっていた。


…割には一向(いっこう)に痩せないな?と(スイ)は疑問を(いだ)いたものの、ストレスで太るタイプなのかと結論づけて大地(ダイチ)へ視線を飛ばす。大地(ダイチ)もまばたきで呼応。(カムラ)の体型についての目配せではない、‘少年探偵団’の活動についてだ。姐姐(ジェジェ)には話を通すとしても…(カムラ)にはやっぱり言わずにおくか。思いつつ(イツキ)を見やる(スイ)


「てか(アンタ)、毎回ホイホイ弾()けるのね。チートじゃん」

「ん?んー…ホイホイでもないけど…チートでもないよ。(マオ)だって斬ってたし」

「はぁ!?」

「やめろ、それこそたまたまだわ」


(イツキ)(げん)に、(スイ)(マオ)へグリンと顔を向けた。城主は紹興酒の瓶を(かたむ)け不機嫌なトーン。


「ありゃ撃つってわかってたし、それなりに()があったからやれただけだ。じゃなきゃさすがに出来ねぇよ」


(ウェイ)(シイ)一件(いっけん)(アズマ)を──不本意にも──護った際。正面に居た男の発砲するモーションがかなり早い段階で見えていた、だから割り込んでガードが可能だったに過ぎない。条件揃えやぁ(イン)とかもイケんじゃねぇの?そう気怠げに呟き酒を(あお)る。(スイ)がふぅんと唇を(すぼ)めた、ご機嫌斜め。


「とにかくな、昼間やからとか人通りあるとこやからとかで安心出来やんから。俺ももっと気ぃ張っとくしみんなも頼むわ」

「別に饅頭は引っ込んでていいわよ。学校の方には大体(スイ)が居るもん」

「引っ込んどれ()われて引っ込んどれんのやって饅頭も!心配やねんから!」

「じゃ引っ込んでて雪人(ゆきダルマ)

「アダ名の問題ちゃうねんな!」


ワヤワヤやりだすダルマと妹分。騒がしくなる店内。そんないつものラリーをBGMに、ドリンクを(から)にしてしまい新たな甘味を求める(イツキ)(マオ)に近寄るとしゃがみ込み、()されてフミフミされている債務者(アズマ)へ鬼節の余り物の菓子をどの棚にしまったのか淡々と尋ねた。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






「それで、(コウ)がくれた弾が超役に立った!マジでありがと!」


明くる日。何日か振りに寺子屋へ姿を見せた(コウ)へ向け、両手を合わせる大地(ダイチ)。母親の体調が(かんば)しくなく看病をしていたという(コウ)(いささ)かやつれた様子で、大地(ダイチ)(イツキ)にわけてもらった鬼節限定スイーツの小袋を渡し‘お母さんと食べて’と感謝の念を伝える。


「あ…じゃ、じゃあ僕も、またなにか持ってくる…」

「駄目だよ!お返しが終わんなくなっちゃうじゃん!それより」


(コウ)の返礼ラッシュを(かわ)しサッサと話題を切り替えた大地(ダイチ)は、チンピラが口走っていた言葉について相談。‘他の連中の事も拠点(アジト)の事も聞いた’はフカシ(・・・)───だが、‘お前この辺嗅ぎ回ってるガキだろ’というのは当てずっぽうで出てくる台詞にしては核心を突いている。本当に知っていたのでは?噂が広まってしまったのかも。


(コウ)には迷惑かかんないはずだけど。一応(いちおう)注意しといて」

「う、うん。えと…でも、よく嘘だってわかったね…」

「ん?アジトとかのこと?だって俺達、捕まったって殴られたってみんなのこと喋ったり絶対しないもん」


さも当然といった態度の大地(ダイチ)へ、そっかと頷き(うつむ)(コウ)。丸まる背中に不安げな雰囲気と戸惑いの気色(けしき)を認めた大地(ダイチ)はキュッと(コウ)の手を握る。


(コウ)もさ、もし何かあったらすぐ話して。そしたらソッコー助けに行くから。ね?」


小指を立てて指切りを(うなが)した。(コウ)は縮こまったままチロリと大地(ダイチ)を見ると、目蓋を伏せてあげてを数回繰り返す。それでも変わらない大地(ダイチ)の眼差しに、ようやく嬉しそうにはにかんで、そっと小指と小指を絡めた。








午後の授業を終えて。


母親のもとへせかせかと帰宅する(コウ)を見送り、大地(ダイチ)(スイ)は寺子屋周りを散歩(パトロール)。先日の事件以来これといって問題は起こらず周囲は平穏。探偵(・・)達を(ねぎら)藍漣(アイラン)からの小遣いを携え、(イツキ)に教えてもらったB級グルメをつまみ歩く。牛肉球(ミートボール)の串を銜えた(スイ)が大きく伸びをした。


「平和ね平和、今日もトラブル()ぁし」

「良いことじゃん」

「良いことだけどぉ…(スイ)も犯人見つけたらボッコボコにしてやるつもりだったのにぃ…ったく、(スイ)が居ない時に限って出てきちゃってさぁ!」


大地(ダイチ)の意見へ同調しつつ、されど悔しそうな面持ちで伸ばした腕をブンブン回す。‘(イツキ)にも(マオ)にも負けたくない’と書いてあるフキダシが頭上に浮いているのが見て取れて大地(ダイチ)は笑ったが───突如として生じた違和感に、思考が(とら)われた。


明確に理解している訳ではなく。ただ、何かが何となく引っ掛かった。どこが引っ掛かったのかも定かではない。何がおかしかった?今?その正体を探るより早く耳に届いた魚蛋(フィッシュボール)も食べよう!との(スイ)の誘い。意識をそちらへ割き、再び笑顔を返す大地(ダイチ)




湿度を含み纏わりつく城砦の空気。ベタつく風が撫でていった指先に、ほんのわずか、ピリッとした痺れが走った。

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