探偵団と新ミッション
不撓不屈3
「だからね。俺らの出番かなって」
国語の授業、ミニ作文。生徒達はいくつかの小グループにわかれ各々テーマに沿った意見をまとめて発表する。使用言語は広東語ではなく標準語。普通话に1番慣れ親しんでいる彗をリーダーに据え、加えて康を引き入れて3人組を作った大地は、早々に自分の担当箇所を書き終わり暇を持て余す彗に校正を手伝ってもらいつつコソコソと仕事の相談を持ち掛けた。
「大地それ、上がやかましいんじゃん?仲介屋も関係ないし。あとそこの文章多謝じゃなくて谢谢」
「あっほんとだ、謝謝。でもさぁ花街で働いてる女の人とかの子供も居なくなったりしちゃってるって。上の守備範囲で情報入らないなら俺達のテリトリーの噂が役に立つかも知れないでしょ?」
このところ取り沙汰される失踪事件。上はドタバタ動き回り、猫もいくらか成り行きを気に掛けているが、なかなかヒントが掴めていない様子。
ターゲットの‘子供’とは本当に‘子供’、被害者は基本10歳程度の男女に集中していた。従って上が大地へ向ける煩慮は多少行き過ぎなのだが、そこが過保護たる所以。とはいえ【天堂會】の時も俺10歳で通ったしなぁ…無くはない…思いながら鉛筆をクルクル回す大地。
大地とて、自分が解決まで導く、などというだいそれた願望はもちろん持たない。けれど近隣の友人達が巻き込まれる可能性を無視し黙って放って置くことも難しかった。些細な違和感を見逃さないように、不穏な空気に逸早く気付けるように、手が届く相手には手を伸ばしたい───そういう意志。その中で、トラブルに関する某かがヒットすれば萬歲。
「ま…確かに彗達のほうが寺子屋の子とかストチルとかにも関わりやすいけどぉ…誰か保護者がいなけりゃ饅頭ウルサイじゃん。康、ここ単語違う」
「ごっごめんなさい」
「なんで謝んのよ」
眼球を右に左に忙しなく動かし話を聞いていた康が、指摘を受けアタフタと消しゴムをかける。そのデコをシャーペンの尻でつつき、彗は難儀そうに眉を曲げた。
「姐姐に頼んでみる?饅頭になんか言われたら‘保護監督してます!’てことにして!ってさ。どーせ彗ん家を事務所で使うんだし」
「わ!やった!藍漣にも報酬渡さなきゃ」
「依頼で動くんじゃないし誰からも報酬貰えないじゃないの」
「ほ、報酬?お金が必要なら僕が払います」
「康はすぐ金払おうとすんのやめなっつの」
彗は机の下でスマホをイジり藍漣へ微信。ミーティングで家を使っていいかの打診をすれば、とりあえず学校終わりに迎えに行くとの即レスがついた。
「おやつでもテイクアウェイして帰って家で作戦会議しましょ。康も寄る?」
「あ、僕は…えと…お、お母さんが待ってるから…」
誘われた康はボソボソ呟き、困り顔で俯く。急に調査メンバーへ認定されても困惑するかと大地は納得するも、その瞳の奥に何となく───羨望のような憧憬のような熱を感じ、ピッと掲げた親指を差し出した。
「あんまウロチョロすると家族が心配しちゃうもんね。したら、俺ら計画立てとく!また学校で話そ!」
その言葉に康は視線を上げるとはにかんで頬を赤らめ、自身もサムズアップを作り、指の腹と腹をまごまごくっつけ約束を交わした。
終業後。康と別れ、藍漣と合流し、茶餐廳でつまみを購入したのち事務所にて戦略を練る。ベランダの外で不格好にそびえる違法建築群、景観は本日も頗る良好。心地よい風が抜ける午後の魔窟。
戦略などと仰々しく言えど、実際には寺子屋周辺の警戒や生徒への軽い聞き込みを行う程度。風説を掴むことも狙いのひとつだが、1番は被害が周囲の人間に少しでも広がらないようにする目的。大地は温い風になびく前髪をかきあげ、テーブルに頬杖をつき鷄蛋巻を齧る。
「てか康、ちょっとだけ変な感じしてたね」
「そりゃ、みんながみんな‘少年探偵団’やりたい訳じゃあないんだから」
「それはそうなんだけど」
みんながみんな探偵団したい訳じゃあない、それはそう。彗の言う通り。しかしそこではなく───上や藍漣の話題に触れる時、康はいつもどことなく、複雑な表情になる気がした。
これまで家庭の事情を踏み込んで尋ねてはおらず。父親がどうしているのかも不明だが、会話に出ないのであれば健在ではないのだろう。母親との関係は良好に見えるものの実態までは…問題を抱えているなら力になりたいけれど…。
「まぁ、何かあったら協力してやりゃいいじゃんか。新しい仲間なんだろ。機会が出来たら家にも呼んでさ」
窓際で紫煙を燻らす藍漣が笑む。茶煙草から広がる茉莉花の香り。大地は頷いてまた鷄蛋巻を齧った。グビグビと瓶可樂を飲み干した彗が内容を整理。
「えっとぉ、そしたらやることは、周りの子達に‘不審者が出ないか’とか‘変わったことはないか’って聞いてみる。彗達も街の雰囲気にもっと注意する。もし新しいニュースゲットしたらみんなに相談。って感じ?それくらいなら危なくもないし問題ないでしょ」
「うん。藍漣もありがと、参加してくれて」
「ウチはなにも。現場にいるのは彗なんだから、彗の方が頼れるよ。な?」
押された太鼓判にご満悦の彗は鼻高々。姐姐もこーゆってくれてるし!ジャンジャン頼ってよね!と胸を叩き、大地も敬礼を返した。
翌日。授業の合間のランチタイム、大地は康へもミッションの方針をユルく説明。フンフン同意する康の鞄には弁当と共に持参したプレゼントが入っていた。パチンコ自体を買うのは止められてしまったので、ならばと選んできたのは発射する弾。盲点。ワサワサ出てくる多数の小袋にゴッソリと詰まった、ガッチガチでピッカピカな鉛の粒。
このいでたちは…もっと正式なスリングショットに使う物では?それこそ軍用とか…?大地は戸惑うも朗らかに礼を述べ、手持ちのキャラクターキーホルダーを康のショルダーバッグの金具部分へと数人里子に出すことで互いの立場の公平さを保った。
───そして任務開始から数日後。そのヒビ割れは、唐突に起こった、代わり映えのない騒動から広がっていく。