願掛けとラスタカラー
「…お前のせいじゃないよ」
藍漣が言った台詞に、それでも彗は顔を上げられなかった。
黙って唇を噛んでいる大地の頬に筋を作って流れ落ちた水滴も見ないフリをして、ただ…拳を握り締めた。
不撓不屈1
「いいね、とても明るくてカラフルだよ!」
腰に両手を当て仁王立ちの陳がフンフンご満悦。樹も梯子から飛び降り、設置し終えたばかりの装飾を老豆の隣で見上げた。
老人会に集うご年配の方々が趣味で製作している、鍋敷きからエコバッグまで何でもござれのハンドメイド日用品。手すさびに作っている物だが、折角なので溜まってきた品々を販売してみようか?とフリーマーケット風味のミニ店舗を開く案が浮上。さっそく手近な格安物件を借りて場所を確保したまでは順調だったものの…どうにも内部が廃墟の様相を呈していた為そのまま使う訳にもいかず。改装に困ったご老体達の悩みを聞きつけ、陳は樹へ声を掛けた。何でも屋だから、という理由ももちろんあったけれど───
樹もまた、量産した装飾品の数々の置き場に困っていたからである。
先日起こったハードラックボブ事変。その際に持ち上がった‘【宵城】ラスタカラーにしちゃおう計画’を実行しようと目論んだ樹は、東の鬼節の紙細工を参考にしながら自らも垂れ幕や小物をせっせとこさえていた。仕上がった諸々を意気揚々と猫へ見せたところ‘絶対に駄目だ’と即NGを喰らい、匠が‘上手く出来てるしどこかのクラブで使おうか’と打診してくれていた矢先、舞い込んだ陳の依頼。
入念に掃除をして、ライトを付け替え、壁も塗り直し、飾りをあちらこちらへつけ───瞬く間に陽気な小物屋の出来上がり。劇的ビフォー・アンド・アフター。
奥でラジカセをイジっていた匠がミックステープを流す。内装に合わせてほんのりレゲエ風のアレンジがかかった中華ポップス、ゆったりとした音楽に乗って陳がユラユラ踊りだした。九龍でそよぐジャマイカの風…カオスではあるが悪くはない…樹は赤、黄、緑に彩られた店内を眺め、陳にならって小さく首を揺らす。
「今日は東くん何してるの?菊花茶欲しいんだけど」
「デート。雀仔街に鳥の餌買いに行ってる、友達の様子見がてら」
「ヒュウ!隅に置けないねぇ!樹くん達、鳥飼ってたっけ?」
「んーん。家の前にくる子達用。ついでに肉包のお土産頼んだ、老豆も食べる?あとで【東風】寄りなよ。お茶も渡すし」
「あら、わざわざ香港の肉包を?」
「九龍のはほとんど全部食べたから。圓方記が当たりだった、南興楼の近くの。最近あそこの路地、食べ物屋さんが増えた」
「へぇ!あのへんは盲点だなぁ!今度王に買っていってあげようかなぁ」
「え、王って…」
「鶏蛋仔屋の王だよ」
「…仲良いの?」
不可思議なビートを刻みつつ世間話。
ふと匠が何かを口ずさんでいるのが聴こえ樹は少し耳を澄ませた。上手い。前に上が赤柱からの帰り道、チラチラと歌ってくれていたのを思い出す。あれは嬉しかったが…音はめちゃくちゃハズレていたな…食肆で時折聞こえてくる蓮の鼻唄もしかり。そのうちに、なにやら気分がノッてきたらしい陳も往年のポピュラーソングをこぶしをきかせてうなり始めた。渋い。
樹はポケットから携帯を抜き、微信のアイコンをタップ───しようと指をスクリーンに触れさせる一瞬前、待ち受け画像の祭壇にうっすら写る腕が1本動いてタップしてくれた気がしたけど──し東へメッセージ。肉包の追加をお願いする旨を打ち込み月餅の絵文字をつけて送信…したはずが、月餅がなぜかグーパンチの絵文字に変わっていた。あれ?打ち間違えたか?首を傾げ、新たに月餅だけを再送信。今度は入力ミスは無し。得la得la…画面を閉じてポケットへ戻す、と同時に社交ダンス風味のこれまた不可思議なステップを踏み始めた陳に腕を引かれた。奇っ怪な足取りでクルクル回る2人。
それを見たDJは愉しげに口元を緩め、2人の回転に合わせてリズミカルに指を鳴らすとBGMのボリュームをわずかに上げた。
「あら、樹が陳のぶんも肉包お願いって」
メッセージを開いた東が、購入した鳥の餌の袋を片手に‘何か悪い事したかな俺’と呟く。横から覗き込む藍漣は月餅スタンプの前文にくっついているグーパンチを示す東へ‘打ち間違いじゃね’と肩を竦めた。
「ウチも彗に買ってってやるか」
「いいじゃない。てかあの子、今日はついてくるって言わなかったの?」
「学校あったから…新校舎建ってからよく行ってるよ。友達増えたつって」
大地が通っている寺子屋はこのほど長安街に新校舎を構え新たな生徒が増えだした。興味を示した彗もこれまでより授業へと出席する回数が増加、それに伴い友人もまたいくらか出来た様子。
餌の調達がてら雀仔街近くで仕事を始めた瑪理の様子も覗いてみたが、上手くやれているかどうかといった心配は杞憂で非常に元気そうだった。藍漣にひたすらベタベタしたのち‘彗ちゃんと寧ちゃんによろしくです、城砦遊びに行きますね’とハートマークいっぱいの伝言。
それぞれ新しい日々へ、1歩1歩踏み出している。あたたかく喜ばしい光景。
肉包屋へ向かう道すがら、ブラブラとストリートマーケットを抜ける途中───沢山の縁起物を販売している店舗で藍漣が立ち止まった。指差す先には古銭や唐辛子、勾玉など様々な形の御守りキーホルダー。
「これも買ってくか?お前、オバケに取り憑かれちまったんだろ」
「取り憑かれたっていうか、ずっと【東風】に居る子達なんだけど…最近パワーが増してきたっていうか…」
しかし別段困っているわけでもない、たまに電撃を喰らったりはするが。そういう東に藍漣はケラケラ笑い、なら願いが叶う系統のやつ買うかとキーホルダーを選び始める。
「東、何か願い事は?」
「えー?んじゃベタに、お前とずっと一緒にいれますように♪とかぁ」
「マジでベタだな。もっと叶わなさそうなのにしろよ」
またケラケラ笑う藍漣に東は目をしばたたかせた。あら?この願いは普通に叶いそうってことかしら…?嬉しいですね…。思いつつ頬を綻ばせ、‘じゃあ六合彩で1等当てる♪にしましょうか’と願の掛け直し。
揃いの御守りを買い、土産の肉包を──陳や彗分のも増やしてかなり多目に──テイクアウェイし、街の喧騒を縫ってユルユルと城砦へ足を向けた。