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九龍懐古  作者: カロン
不撓不屈
431/492

願掛けとラスタカラー

「…お前のせいじゃないよ」


藍漣(アイラン)が言った台詞に、それでも(スイ)は顔を上げられなかった。


黙って唇を噛んでいる大地(ダイチ)の頬に筋を作って流れ落ちた水滴も見ないフリをして、ただ…(こぶし)を握り締めた。











不撓不屈1











「いいね、とても明るくてカラフルだよ!」


腰に両手を当て仁王立ちの(チャン)がフンフンご満悦。(イツキ)も梯子から飛び降り、設置し終えたばかりの装飾を老豆(パパ)の隣で見上げた。


老人会に(つど)うご年配の方々が趣味で製作している、鍋敷きからエコバッグまで何でもござれのハンドメイド日用品。手すさびに作っている物だが、折角なので溜まってきた品々を販売してみようか?とフリーマーケット風味のミニ店舗を開く案が浮上。さっそく手近な格安物件を借りて場所を確保したまでは順調だったものの…どうにも内部が廃墟の様相を呈していた為そのまま使う訳にもいかず。改装に困ったご老体達の悩みを聞きつけ、(チャン)(イツキ)へ声を掛けた。何でも屋だから、という理由ももちろんあったけれど───


(イツキ)もまた、量産した装飾品の数々の置き場に困っていたからである。


先日起こったハードラックボブ事変。その際に持ち上がった‘【宵城】ラスタカラーにしちゃおう計画’を実行しようと目論(もくろ)んだ(イツキ)は、(アズマ)の鬼節の紙細工を参考にしながら(みずか)らも垂れ幕や小物をせっせとこさえていた。仕上がった諸々を意気揚々と(マオ)へ見せたところ‘絶対に駄目だ’と即NGを喰らい、(タクミ)が‘上手く出来てるしどこかのクラブで使おうか’と打診してくれていた矢先、舞い込んだ(チャン)の依頼。

入念に掃除をして、ライトを付け替え、壁も塗り直し、飾りをあちらこちらへつけ───(またた)()に陽気な小物屋の出来上がり。劇的ビフォー・アンド・アフター。


奥でラジカセをイジっていた(タクミ)がミックステープを流す。内装に合わせてほんのりレゲエ風のアレンジがかかった中華ポップス、ゆったりとした音楽に乗って(チャン)がユラユラ踊りだした。九龍でそよぐジャマイカの風…カオスではあるが悪くはない…(イツキ)は赤、黄、緑に彩られた店内を眺め、(チャン)にならって小さく首を揺らす。


「今日は(アズマ)くん何してるの?菊花茶(グッファーチャー)欲しいんだけど」

「デート。雀仔街(バードストリート)に鳥の餌買いに行ってる、友達の様子見がてら」

「ヒュウ!隅に置けないねぇ!(イツキ)くん達、鳥飼ってたっけ?」

「んーん。家の前にくる子達用。ついでに肉包(にくまん)のお土産頼んだ、老豆(パパ)も食べる?あとで【東風(ウチ)】寄りなよ。お茶も渡すし」

「あら、わざわざ香港の肉包(にくまん)を?」

「九龍のはほとんど全部食べたから。圓方記が当たりだった、南興楼の近くの。最近あそこの路地、食べ物屋さんが増えた」

「へぇ!あのへんは盲点だなぁ!今度(ワン)に買っていってあげようかなぁ」

「え、(ワン)って…」

鶏蛋仔(ワッフル)屋の(ワン)だよ」

「…仲良いの?」


不可思議なビートを刻みつつ世間話。


ふと(タクミ)が何かを口ずさんでいるのが聴こえ(イツキ)は少し耳を澄ませた。上手い。前に(カムラ)赤柱(スタンレー)からの帰り道、チラチラと歌ってくれていたのを思い出す。あれは嬉しかったが…音はめちゃくちゃハズレていたな…食肆(レストラン)で時折聞こえてくる(レン)の鼻唄もしかり。そのうちに、なにやら気分がノッてきたらしい(チャン)も往年のポピュラーソングをこぶしをきかせてうなり始めた。渋い。


(イツキ)はポケットから携帯を抜き、微信(チャット)のアイコンをタップ───しようと指をスクリーンに触れさせる一瞬(いっしゅん)前、待ち受け画像の祭壇(・・)にうっすら写る腕が1本動いてタップしてくれた気がしたけど──し(アズマ)へメッセージ。肉包(にくまん)の追加をお願いする(むね)を打ち込み月餅の絵文字をつけて送信…したはずが、月餅がなぜかグーパンチの絵文字に変わっていた。あれ?打ち間違えたか?首を(かし)げ、新たに月餅だけを再送信。今度は入力ミスは無し。得la(オーケー)得la(オーケー)…画面を閉じてポケットへ戻す、と同時に社交ダンス風味のこれまた不可思議なステップを踏み始めた(チャン)に腕を引かれた。奇っ怪な足取りでクルクル回る2人。


それを見たDJ(タクミ)は愉しげに口元を緩め、2人の回転に合わせてリズミカルに指を鳴らすとBGMのボリュームをわずかに上げた。











「あら、(イツキ)(チャン)のぶんも肉包(にくまん)お願いって」


メッセージを開いた(アズマ)が、購入した鳥の餌の袋を片手に‘何か悪い事したかな俺’と呟く。横から覗き込む藍漣(アイラン)は月餅スタンプの前文にくっついているグーパンチを示す(アズマ)へ‘打ち間違いじゃね’と肩を竦めた。


「ウチも(スイ)に買ってってやるか」

「いいじゃない。てかあの子、今日はついてくるって言わなかったの?」

「学校あったから…新校舎建ってからよく行ってるよ。友達増えたつって」


大地(ダイチ)が通っている寺子屋はこのほど長安街に新校舎を構え新たな生徒が増えだした。興味を示した(スイ)もこれまでより授業へと出席する回数が増加、それに伴い友人もまたいくらか出来た様子。

餌の調達がてら雀仔街(バードストリート)近くで仕事を始めた瑪理(マリ)の様子も覗いてみたが、上手くやれているかどうかといった心配は杞憂で非常に元気そうだった。藍漣(アイラン)にひたすらベタベタしたのち‘(スイ)ちゃんと(ネイ)ちゃんによろしくです、城砦(そっち)遊びに行きますね’とハートマークいっぱいの伝言。


それぞれ新しい日々へ、1歩1歩踏み出している。あたたかく喜ばしい光景。


肉包(にくまん)屋へ向かう道すがら、ブラブラとストリートマーケットを抜ける途中───沢山の縁起物を販売している店舗で藍漣(アイラン)が立ち止まった。指差す先には古銭や唐辛子、勾玉など様々な形の御守りキーホルダー。


「これも買ってくか?お前、オバケに取り憑かれちまったんだろ」

「取り憑かれたっていうか、ずっと【東風(ウチ)】に居る子達なんだけど…最近パワーが増してきたっていうか…」


しかし別段困っているわけでもない、たまに電撃を喰らったりはするが。そういう(アズマ)藍漣(アイラン)はケラケラ笑い、なら願いが叶う系統のやつ買うかとキーホルダーを選び始める。


(アズマ)、何か願い事は?」

「えー?んじゃベタに、お前とずっと一緒にいれますように♪とかぁ」

「マジでベタだな。もっと叶わなさそうなのにしろよ」


またケラケラ笑う藍漣(アイラン)(アズマ)は目をしばたたかせた。あら?この願いは普通に叶いそうってことかしら…?嬉しいですね…。思いつつ頬を綻ばせ、‘じゃあ六合彩(ロト)で1等当てる♪にしましょうか’と願の掛け直し。


揃いの御守りを買い、土産の肉包(にくまん)を──(チャン)(スイ)分のも増やしてかなり多目に──テイクアウェイし、街の喧騒を縫ってユルユルと城砦(ホーム)へ足を向けた。

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