鬼節とルール違反・後
盂蘭盆会2
お昼過ぎ。荷物を配達し終え、途中途中でお菓子もわんさか買った樹は、ランチを摂るべく蓮の食肆へ。中に入れば既にテーブル席で思い思いに腰をかけている彗と大地に寧が居た。樹は並びの卓へつき、全員の顔をジッと凝視。
「なんか雰囲気違うね」
「上がさぁ、今日はデコ出しとき!ってうるさくて。オバケ苦手だから。でもこれも猫みたいでイイよね、哥みたいに全部あげてもいいけど」
フンワリ丸めた前髪をヘアピンで留めている大地が笑う。確かに猫に似たポンパドールで可愛らしい。燈瑩と同じオールバックは…大地の顔立ちでやるとどうなんだろう…カチューシャなら似合うか?思いつつ樹は彗へ目線を移した。
「彗も髪結んでないんだ。オバケやだ?」
「ちっがうわよ!さっき寺子屋の近くでウチらも上に会っちゃったの!そしたらアイツ、寧の前髪にピンつけはじめるわ彗にもワァワァ言うわで。やっかましいからポニテやめてかきあげただけ」
平安饅頭の妖怪が来てしまったとへの字口。と、ドアを引いて匠が来店。軽く手を挙げた樹に応えて隣へ座る姿は、珍しくフーディーもビーニーも無くダボついたタンクトップにカーゴパンツのみ。彗が首を傾げる。
「てか、樹も匠も帽子とってんのね」
「東が怖がるから」
「俺は別に何となく」
頷く樹、おまじない程度だと答える匠。
これも鬼節のタブーに因んだもの。言い伝えによれば人間は額と肩に火が灯っており、それらが鬼を遠ざける役目を果たしているけれど…そのエネルギー源を覆い隠してしまうと霊の影響を受けやすくなる。なので帽子をかぶったり前髪をつくったり、肩を叩いたりはよろしくないのだとか。
彗は小首を捻ったままコメント。
「樹は変わんないけど、匠そーゆー感じだと一気にチャラいわね」
「え?そう?」
駄目かな、駄目ではない、と問答している間に蓮が厨房より出来たてホカホカのお薦めメニューを運んでくる。来店を事前に報告していた為、料理も用意してくれていたようだ。まずは点心からいただきます。
「モサメガネ、幽霊怖いんだ?やっぱ」
「うん。家でもすごい色々ルール守ってる。藍漣は?」
「姐姐は自分のことは気にしてないけど、人に対しては気ぃ遣ってあげてるみたい。後ろから声掛けないとかさ」
茶のお代わりを注いでいた蓮が、会話を聞いてササッと指で前髪を左右に撫でつけた。
「ぼ、僕ももっとオデコ出したほうがいいでしゅかね…?」
「蓮は大丈夫でしょ、オバケって狗とか貓が苦手らしいじゃん」
「じゃあ猫も安全ってことかぁ」
犬猫の基準が何やらおかしい気もするが彗の意見に大地は納得、ホッとした吉娃娃は尻尾を振る。彗は再度首を傾げた。
「あとは何やったらいけないんだっけ」
「はいはい!脚の毛を剃る!」
「はぁ?超地味なの知ってるわね大地」
「夜に口笛を吹くのはNGってきいたことありましゅ」
「それ、日本でも言われてるらしいぜ。蛇出るつって」
「もっと派手なのないわけぇ?寧は?」
「派手じゃないけど…終バスと終電は幽霊でパンパンだから避ける、とか。夜道も…」
「お洗濯もそうだけど、夜にしちゃうとマズいことが多いのかな?あ、赤と黒も着るとマズいんだよね」
うーん、と親指を下唇へあてる大地。樹は【東風】の洗濯物と東の服装を思い出す。東、いつもは赤のパーカーが多いけど今日は白だったな。なるほど。
暫く幽霊話で盛り上がり、話題は幽霊から妖怪へ移行し、神仏へと飛び、香港で新しく現れた宗教のデフォルメキャラキーホルダーへと着地。今度貰いに行きたいが上が許可をくれないとふてくされる大地に、樹は頬杖。
「【天堂會】の時、無茶したから」
「それはそれじゃん!もう時効!」
「俺が貰ってきてやろっか」
「匠、チャラくて貰えないんじゃない?宗教に興味なさそう」
信者っぽくないかな、信者っぽくはない、と問答している間に蓮が厨房より出来たてホカホカのお薦めデザートを運んでくる。こちらも下準備をしていてくれた模様、まずは馬拉糕からいただきます。
腹を膨らませ、あれこれ駄弁り、日が落ちる前に各々足早に帰宅。夜はオバケの動きが活発化してしまう。早々に家に籠もるが吉。
樹が【東風】へ帰り着くと、東は洗濯物をキチンと全て取り込み夕餉もこさえ、立て籠もる準備をしっかり整えていた。樹は土産の曲奇や鶏蛋卷を店先に設置してある祭壇へお裾分けし、台所の棚に並ぶアロハな仲良しぬいぐるみや初代黒縁眼鏡の傍へもたんまり盛った。東がプレゼントしたのであろう折り紙細工のギターやお絵描きセット等の品々もあいまって、ちょっとしたホームパーティーさながら賑やかになった風景を樹は微笑ましく感じ…
─────スマホのカメラを向けて、1枚、写真を撮った。
「もう夕飯食べる?まだ早いかしら」
「食べる」
表玄関のシャッターを降ろし戸締まりをして戻ってきた東に、携帯をポケットへと仕舞いながら返答する樹。
心なしかしめやかな夜が訪れた城砦で、蝋燭と線香の灯火が、淡く温かに煌めいていた。
皆が寝静まった真夜中。独りでにPCへ送信されたその写真が勝手にスクリーンセーバーを飾り、翌日ラップトップを起動した東が、うっすらと写り込んでいた3本の手に悲鳴をあげスツールから盛大に転げ落ちたのはまた別の話だ。