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九龍懐古  作者: カロン
待宵暁鴉
424/492

偶々とヒマラヤン・後

待宵暁鴉13






海濱道、倉庫街。


「船のほう、誤魔化せんのか?」

「積み荷多いから…隠れてれば大丈夫だよ。上手く乗り込めそうなルート確認してきた」


(アズマ)の手際良いピッキングを眺めつつ雑談を交わす(マオ)燈瑩(トウエイ)。建ち並ぶ倉庫は大小合わせて10棟ほど、家捜(やさが)しはこの建物で4棟目、薬は2棟目で発見済み。ものの数十秒でカシャッと音をたてて開く錠前、(アズマ)が扉を横へスライドした。


錆びたレールがギィギィ軋む。薄暗い室内。上部に申し訳程度に備えられている、窓ともいえないチャチな窓。そこからかろうじて射し込む月灯りに照らされたドラム缶の群れの(そば)(タマキ)が背中を丸めて寝転がっていた。(あたり)(マオ)はスタスタ歩み寄る。


「ボッコボコじゃねーか」


その声に(タマキ)は閉じていた目を真ん丸く開き、信じられないといった表情。


「なんで(マオ)()んの」

「さぁ?(ひで)ぇツラだなお前、歩けんのかよ」


青痣だらけの顔。半グレ共は売り飛ばす予定だといっていた、なら骨や臓器に損傷はないだろうが…思いながら(マオ)が差し出した手を(タマキ)は払って、重たそうな上半身をどうにか1人で起こした。

海濱道(ここ)を探り当てたということは、諸々の裏事情にも調べがついている…そう理解した(タマキ)が、それでも(マオ)が助けに来た意図を掴みきれず、下唇を噛んで投げやりに言う。


「何しに来たの」

「ちっと話、訊きに」


(マオ)も投げやりに応えた。長安路の銀麗宮で働いていた女、(ハル)の母親。大陸へ流した(・・・)のはお前かと尋ねると、(タマキ)は考える素振りをみせ───頷いた。‘そういうビジネスはしなさそうに見えた’と所感を述べる(マオ)へ空笑い。経緯をポツポツ話す。


あの母親は重度の薬物依存、もはや取り返しがつかなかった。ならば子供の目の前で発狂して凄惨な死体になるより失踪のほうが幾分マシなのではとの救えない選択肢と、自分も人身売買(トバし)くらいはやれる所を大陸の連中に見せなければとの思惑が重なった末の出来事。そうしたら、あちらこちらのチームからトバせる商品(・・)を連れてこいと次々要求されだしてしまい、困った挙げ句に目をつけたのが馴染みのあった【宵城(みせ)】や花街周辺の女。あまり(みずか)ら動いても不審なので飲み屋で引っ掛けたチンピラ──(アズマ)の知り合いだったけど──を偵察に派遣していた。わかりやすいストーリー。


「俺の親は…俺が見てる前で、クスリのやり過ぎで死んだから…」


(タマキ)が自嘲気味に笑う。(ハル)の母親は、(もと)より薬の売買でこの周辺のグループと繋がりをもっていたらしい。付け足して言えば、娘をどうにか使って金にしドラッグを買えないかと(タマキ)へ話を振ったこともあったようだ。(マオ)のせいじゃないよとボヤく(タマキ)を見下ろし、(マオ)は溜め息をついた。

結局、(タマキ)が売ったのはこの女だけ…だからどうだというのも贔屓に過ぎないが…ひとつまばたきをしてゆっくりと語る。


「お前よ。あっちこっちのグループにイイ顔して、もう首回んねぇんだろ。觀塘仔灣に船が用意してある。半日くれぇ隅で隠れてりゃ港に着くから降りて適当に暮らせ、九龍(ここ)にも香港にも戻ってくんな」


出航の0時までに行けよ、正面から乗らねぇで隣のタンカーの搬入口使ってはいりこめ。船舶名とルートをぶっきらぼうに告げる(マオ)を、(タマキ)が睨んだ。


「逃げたって…どこにもねぇだろ、居場所なんて…」

「無きゃ作れ。甘えたことぬかしてんな、そいつぁ自分(テメェ)でなんとかしろや」

「っ、みんなが(マオ)みてぇにやれるわけじゃねーんだよ!!」


…やりたくても。そう続いた語尾が、震えていた。(マオ)(タマキ)を見詰める。



───(マオ)(それ)どうやってんの?

───俺も金パにしよっかな。



思えば。煙草の煙の吹きかただって、髪の色だって、くだらない事でも(こいつ)は俺を追いかけたがっていた気がする。(あこが)れなどという言葉はこそばゆいが、きっと‘並び立ちたい’と、そう願っていて───その結果がこの事態を招いた。


(タマキ)が入り口の扉に寄りかかっている(アズマ)燈瑩(トウエイ)へ視線を移す。話には出していたけれど顔を合わせるのは初めてか、挨拶っつう空気でもないが。少し意識を割いた(マオ)の耳に届く呟き。


「そいつらだって…いつ裏切るか、わかんねぇだろ…」


(マオ)は眉根を寄せた。(ちか)しい人間である自分が裏切る形になってしまった事についての発言か?まぁそれはそうだ、身内であれ何であれ誰がいつ(てのひら)(ひるがえ)すかなどはわからない。この2人がそうすると思っている訳ではないけれど…というか、そもそも。(マオ)は首を(さす)り呆れた声音。


「かまわねぇんだわ、んなこたぁ」


裏切らないからじゃない。裏切られてもいいからだ。


傍に置きたいから傍に置いている。俺がそう決めてそうしているのだから、どういう結末を迎えたとて構わない。信じていたのに、などと嘆き、(おのれ)の勝手な願望を相手に背負わせケツを持たせたりはしない。選んだのは自分だ。責任も自分が全て取る。


───(タマキ)に対しても。それは変わらず、同じことだった。


とっとと行けと手を振る(マオ)から目を()らし、(うつむ)(タマキ)はまた唇を噛んだ。途切れ途切れに紡ぐ。


(マオ)が…いつも色つけてくれてた、スカウトバック。けっこう貯めてて。家の…洗面台のタイル剥いだ、床下に隠してある」


その子供の面倒見てるって人に渡してやってほしい。言ってヨロヨロ立ち上がると、(マオ)の横を抜けて、俯いたまま倉庫を出て行った。(アズマ)燈瑩(トウエイ)が黙って背中を見送る。(タマキ)の姿が闇夜に消えたあと、まだ振り返らない(マオ)へ近寄りニヤニヤと肩を小突く(アズマ)


「俺らのこともっと信じてもいいのよ?城主サマ」

「やかましい詐欺師だな」

「俺は詐欺師じゃないけど」

「似たよーなもんだろがヤクザ」


含み笑いを飛ばしてきた燈瑩(トウエイ)に悪態を返し、(マオ)(アズマ)の脇腹へポスッと肘鉄を入れる。

…ポスッ?…ドスッではなく?いつになく優しい威力を(アズマ)が不思議に思っている(そば)から、(マオ)の姿勢がグラッと傾き地面へ倒れかけた。慌ててキャッチし抱き上げる(アズマ)、耳と尻尾をヘナッと下げて非常に具合の悪そうなネコは戸惑う眼鏡へ不機嫌そうに命令(おねがい)


「運べ…【宵城(いえ)】まで…」

「え?さっきの薬効いてんの?」

「テメェと違って、薬中じゃねんだよ…」


不本意なお姫様抱っこに弱々しく鳴く。先程ウィスキーに混ざっていた薬剤は例のアレ、(アズマ)も実はうっすら目の端に蜻蜓(トンボ)がチラついていた。


(マオ)にゃん、俺ら何に見える?」


物珍しそうに見ている燈瑩(トウエイ)と目配せして、(アズマ)は楽しげにクエスチョン。蜻蜓(トンボ)なのか?斯芬克斯(スフィンクス)なのか?舌打ちに乗せて絞り出された答えは。




「………喜馬拉雅貓(ヒマラヤン)

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