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九龍懐古  作者: カロン
待宵暁鴉
423/492

偶々とヒマラヤン・前

待宵暁鴉12






「で、こいつはお近付きの印にってこった」


暮夜。水圍二巷。


壁が剥がれてボロさが目立つ建物の地上階。簡素だがそれなりの広さの部屋で、草臥(くたび)れたソファへ腰を沈めつつ土産のボトルと錠剤(ドラッグ)をローテーブルへと置く(マオ)。並んで尻を落ち着けている出資者(アズマ)が‘もう開けて飲んじゃおうよ’と笑う。

招き入れはしたもののまだ(いぶか)しげにこちらを見ている半グレ共、片手では足りないが両手では余るくらい。1人で──眼鏡は喧嘩では役に立たないので──やってもいいが…多少話したい事もある、燈瑩(トウエイ)(あし)の準備を終えて来るまで待つか…(マオ)はバックレストへ背を預ける。


宵城(みせ)】で泡物を抜いたのち引っ張り出したブランデーを‘それは持って行こう’と(アズマ)が言い、クスリをいくらかくっつけお宅訪問(・・・・)の手土産にした。土産と口八丁でエントランスはパス、薬物関係の仕事の話をしにきたという(アズマ)の挨拶は(はた)から聞いていてもよく出来ており疑う余地は無し。安定のペテン師。


ジャンクな会話の合間、いくらか気を許した様子のチンピラ達も何やら酒を勧めてくる。パッと見はウィスキーのロック。ひとくち啜った(アズマ)が瞼を細め、数秒口に溜めて味わう素振り…それから一気(いっき)に飲み干した。(マオ)に振り向き首を傾ける。


「ブランデーまだあるなら、ウィスキー(それ)俺がいただこうか?すげぇ旨い(・・)から」


その言葉に、(マオ)はグラスに残ったブランデーを喉へ流しウィスキーへと手を付けた。


「出された酒は貰うのが礼儀っつーモンだ。お前はお代わりおねだりしろよ」


旨いとは、混ぜ物が入っているという意味。ニュアンスからして(なにがし)かのドラッグ…サービスだかトラップだか知らないが。どちらにせよ(アズマ)(あお)るなら毒ではない。普段の暮らしぶりはさておき、そういった面ではコイツは信用に(あたい)する。わかったと頷く(アズマ)は調子よくおかわりを頂戴してまたそれもペロッといった。この眼鏡、薬も酒もかなりザル。


適当な頃合いで、花街をチョロついていた老鼠(ネズミ)のネタを振る。アイツにはほとほと困っていた、どこのチームかわからないが捕まえてくれて感謝してるとオーバーリアクションで述べる(アズマ)に半グレ連中はどこか自慢気。(アズマ)は続けて自然(・・)ワザと(・・・)らしく問う。


「あら、もしかしてオタクらがやってくれたのかしら」

「たまたまな。そこらじゅうウロつき回って鬱陶しかったからよ、女もなかなか連れて来ねぇし」


向かいに座るリーダー風の男が返答。聞くにこいつら、ドラッグのルートが思うように開拓出来ず、新事業にも手を広げていた様子。(マオ)が口を開く。


「上手くいってんのか?人身売買(しんじぎょう)は」

「ボチボチだな、アイツも情報は持ってくるけど女はほとんど持ってこねぇから(さら)う手間がかかっちまって。子持ちならガキもトバせつってんのに置いてきやがるし」

「…あそぉ。んじゃーあんま使えなかったっつう訳だ、その老鼠(ネズミ)は。もう()ったのかよ」

「いや、次の人身売買(しごと)で一緒に売っ払っちまおうと思って海濱道の倉庫にしまって(・・・・)ある。()るよかはちっとでも金になるだろ」


海濱道。すぐそばの海沿い、この水圍二巷と同区域。そうかと短く了解する(マオ)の横で‘薬もそのへんにしまってんの?’と(アズマ)、架空のビジネスの構想をツラツラ乗せる。よく舌が回る詐欺師。リーダーの回答は(イエス)


さて…用事は済んだ。酒も質問ももう(から)だ。あとは燈瑩(トウエイ)がとっとと来れば───と、真後ろでタイミングよく開いた入り口の扉。(マオ)はバックレストに(もた)れたまま仰向けに首を反らせた。上から覗き込んできた燈瑩(トウエイ)へ渋面。


「遅過ぎんだろ燈瑩(おまえ)、ちょうど良かったけど。終わった?」

「どっちよ。終わった、そっちは?」

「終わった」


燈瑩(トウエイ)が仲間だとはわかっているが話の内容はわかっていない半グレが、説明を求めるような雰囲気を(かも)す。(マオ)は首を正面に戻し部屋を見渡した。ハンッと鼻を鳴らし足を組む。


「おい、倉庫の鍵持ってんのどいつだ?とっとと寄越せ」


顎で指図する仕草。横柄な態度、輪をかけて横柄。男達が‘何を言いだすのか’とキレ気味にがなる。心底(わずら)わしそうに返す(マオ)


「トレジャーハントが面倒じゃねぇか」


言葉が終わった時には既にふたつほどの銃声、次いでソファから蹴落とされ床に転がる(アズマ)の悲鳴が室内に響いていた。


男が発砲音に気を取られた一瞬(いっしゅん)の隙に、眼前にはローテーブルの上でしゃがみ込んだ(マオ)の顔。少し血が跳ねた金色のポニーテールが揺れる。血が跳ねた?男の脳内で生まれた疑問を遮り、両脇で出来上がっている噴水(・・)より勢いよくふきだした赤い液体がフロアに降り注いだ。


「やっぱお前が持ってんの?リーダー(づら)してんもんなぁ」


ニタリと()む閻魔。慌ててキョロキョロ周囲を確認する男の視界には地べたに倒れる仲間の死体、首を掻っ捌かれたものとデコに穴があいたもの、合わせてよっつ。部屋の奥に居た残りの2人が焦ってピストルを構えた。薄く硝煙を立ち昇らせている燈瑩(トウエイ)のベレッタと射線が重なる。(マオ)は男の髪を引っ掴んで、血塗れの脇差しを首筋にあてた。


「早く出せよ、鍵。後ろの奴のポッケか?それとも死体のか?」


人質というつもりでは全く無かったが、それを見た仲間がトリガーに指をかけたまま躊躇した。誰も動かず暫しの沈黙───を破る、気の抜けた‘いってぇ’という声。


(マオ)にゃんなんで蹴っ飛ばすのよぉ…」


言いながらモサモサ起き上がった(アズマ)燈瑩(トウエイ)が顔を向ける。好機と(とら)えて引き金を絞りかけた1人の鼻っ面が、それより早くパンッという音と共に弾けた。崩折(くずお)れる身体へ見向きもせず照準を隣の1人へ合わせ直した燈瑩(トウエイ)は、パーカーの埃を払う(アズマ)へ溜め息。


「邪魔だからでしょ。なんで起きてくんの」

「そんな冷たい言い草あるぅ!?」

「ちげぇよ、親切心。危ねぇからどけてやったんだわ感謝しろ」

「嘘でもちょっと嬉しい」


てゆーか、とズリ落ちた眼鏡を整えて胸元のドックタグを指差す(アズマ)


「俺ピッキング出来るよ、鍵無くても。道具(これ)あるし」

「あぁ?早く言えや薬中」


んじゃあコイツらにゃ用ねぇなと(マオ)が肩を(すく)めるのと同時に、再度燈瑩(トウエイ)のベレッタが吠えた。(またた)く間に味方が全滅し取り残されたリーダーは視線を泳がせる。


「お前ら…何の恨みがあって…」

「ねぇよ別に。テメェらは売り飛ばした人間(しなもの)に恨みあったのか?同じだわ。要するに───」


花街のイザコザ。薬物。人身売買。全合圖。シマの奪い合い。老鼠(ネズミ)捕り。各々ドローしたカードはランダム、そして出来た(ハンド)をオープンした…それだけ。要するに。


「───たまたまだよ」


平坦な(マオ)の声と共に、脇差しの刃先が、男の喉元をスルリと滑った。

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