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九龍懐古  作者: カロン
待宵暁鴉
421/492

老鼠と黄猫

待宵暁鴉11






老鼠(ネズミ)を捕まえた。




酔った席での与太話。与太を耳にした女は(アズマ)が通う飲み屋の嬢、偶然居合わせた席であがった話題。口を滑らせた泥酔客をそれとなく誘導し、‘ネズミ捕り’をしたチーム名を上手い具合に引き出してくれた。客自体はそのグループのメンバーではなく、城砦によくいるチンピラの1人。大陸側の人間の動向を窺っているうちにフンワリと流れてきた情報が(もと)(マオ)はすぐさま、新規にドローしたカードと手元にあるカードを照らし合わせた。


AA(エーシーズ)






「水圍二巷らへんが拠点だと思うのよね」


虎柄の絨毯にゴロゴロ転がる(アズマ)が言う。他人(ひと)様の部屋でデカい図体を転がされては非常に鬱陶しいが、知らせを持ってきてくれたのは有り難い。(マオ)は自身もベッドでゴロゴロ転がりつつ白煙を吐いた。


「よく知ってんじゃねぇか眼鏡」

「あそこって、前にちょっと大きめの売人グループが住処にしてたとこなの。海近いから仕入れが楽で。でも香港との取引でミスってメンバーほぼ全員警察(サツ)にパクられちゃって」


以降()いていたその場所に、なにやら新規のチームが住み着いたとの噂を聞いたと(アズマ)。窓際に(もた)れ紙巻きを(くわ)える燈瑩(トウエイ)が眉をあげる。


「あれ?そのへんの人達、小規模だけど台灣とドラッグのBUY(バイ)やってない?」

「あら、そうなの」

「港で最近ちょこちょこ見かける小型船舶がいて。台灣と行き来してるやつで、荷物が薬っぽいんだよね…俺もしっかりは把握してないけど…」


九龍(こっち)での拠点は水圍二巷じゃなかったかな。言いながら煙をふかす左手には、綺麗に整った包帯。


あの日、(カエデ)(ハル)が帰ったあと。前日の買い物の際、(マオ)預けた(・・・)財布を返してもらうのを忘れていた(アズマ)が【宵城(みせ)】に顔を出し、‘このままでいい’と断る燈瑩(トウエイ)を‘駄目だ’と押し切り傷口をキチンと縫って治療した。以降、逐一(ちくいち)経過を気にしてくる藪医者(アズマ)患者(トウエイ)は終始面倒そうな表情。先程も取れていたまま放っておいた包帯をきっちり巻き直されたうえ、ちゃんと薬を塗れだの傷口を保護しろだの小言をボヤかれた。‘(おまえ)ただのジャンキーじゃなかったんだな’と(マオ)が感想。


閑話休題。その捕まった老鼠(ねずみ)が、恐らく、(タマキ)


あちらこちらの連中へ良い顔をしていれば、遅かれ早かれそう(・・)なる。たまたま(くだん)のグループが1番先に痺れを切らしただけ。しかしこの界隈の小チームは小競り合いの真っ最中、潰し合ったり全合圖(クジラ)に飲まれたり、プレイヤーは着々と減っている…そのうち手駒(チップ)が無くなればテーブルは勝手に静かになるはず。今BETをするのは好手ではなかった。


(マオ)は仰向けで天蓋を見上げる。


例えば俺達が仕掛けてフルモンティにしたとして───相手は後ろ盾も無い小団体、報復もなく(いさか)いはそこで終了。やれないことはない。ないが、正直、得もない。

傍観者に徹して事が終わるのを待てば済むのだ、もしもわざわざ仕掛けるとすれば、その理由は‘(タマキ)を助けに行く’1点のみに絞られる。(ハル)の母親はどのみち(かえ)らない、もう1度探すとは告げたが実際それは売り飛ばされたルートを特定するという意味に過ぎないし、事後に周辺を洗えば片が付くことだった。


「どうしよっか?」


燈瑩(トウエイ)があまり気の無い調子で訊いた。(マオ)は天蓋を見上げたまま煙をポポッと吐き出す。続けて‘逃がしたければ’との声が聞こえ、首を回して燈瑩(トウエイ)へ視線を移した。


「何とかするけど、今日なら」

「手間だろ」

「別に。今夜ちょうど中国(むこう)から俺の取引先のタンカー来る予定あるし。乗っけて送り返せばとりあえずバレないんじゃない?」


(マオ)は吸い殻を揉み消し起き上がると、黙って枕元の酒瓶を傾けた。


燈瑩(こいつ)はきっと本音では、何もせずに(タマキ)の処理を半グレに任せておけば、花街及び【宵城】周辺の状況は収まりがつきメデタシだと思っている。もちろん口にしないが。そして、その選択肢が正しいと、心胸では自分でも感じている(マオ)がいた。

(タマキ)を逃がしたとてどうなる?燈瑩(トウエイ)に面倒をかけさせる意味はあるのか。そもそも九龍(ここ)の女を売り飛ばしていた輩を助ける必要は?


「まぁ、行ってみようよ。(ハル)ちゃんにも約束したし」


逡巡する(マオ)に笑う燈瑩(トウエイ)。真相は判明していないのだから本人に聞けばいい、結果、逃がすにしろ逃さないにしろ───‘60kgくらい増えたって超過料金とらんないしね’と軽口。


「ネズミを取るのが良いネコでしょ」


茶化すように言って口角をあげる燈瑩(トウエイ)(マオ)はフッと()む。


「わりぃな、燈瑩(オメェ)もガキ2人抱えてんのに」

「子持ちみたいな言い方に聞こえるね」

「はぁ!?どの()との子供だよ!?」

(おまえ)はどういう思考回路してんのほんとに」


燈瑩(トウエイ)となんやかんや言い合った(のち)(アズマ)は‘で何時に行くの?’と疑問符。暗くなったらかなとの返答にオーケーサイン。(マオ)が怪訝な顔をした。


「あ?テメェも来んのか」

「薬ネタでしょ。蜻蜓(トンボ)の気配がするもん」

斯芬克斯(スフィンクス)だったけど」

蜻蜓(トンボ)だってば」

「同じだろーが」

「こーゆーのは、危なそうなほうが美味しいモンなの。女の子と一緒(いっしょ)♪」

「あっそ」


シシッと笑う(アズマ)をあしらう(マオ)。さりとてこの眼鏡、相手がドラッグ絡みの組織ならば自分がいたほうがスムーズではとの見解もあって同行するのだろう───おこぼれ(・・・・)を狙う下心が大部分だとしても。


やはりそういうところも、嫌いではない。(マオ)は唇の端を吊る。


「てゆーかドンパチやっても燈瑩(おまえ)はなるべく左手使わないでよ」

「何その無茶振り、もう縫ったんだからいいじゃん」

「治るまでは俺の患者ですぅ。他のケガにも注意して下さい」

「…ダルっ…」

「ダル!?」

「うるせぇなお前ら、酒でも飲んで静かにしてろ。ラベイ開けてやる」

(マオ)にゃんは俺にツケる気でしょう!!」


(やかま)しいヤブ医者の叫びを右から左へ流し、(マオ)は時間潰しの1万香港ドル(ラベイ)を取りに、スタスタとバックヤードへ向かった。

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