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九龍懐古  作者: カロン
待宵暁鴉
420/492

披瀝とペティナイフ

待宵暁鴉10






「じゃあ、その男の子に話聞きに行くのね」

「連絡取れねぇんだけどな。まぁ、もうちょい調べりゃ足取り掴めると思うわ」


露台で棒雪糕(アイス)を囓る(カエデ)へ頷く(マオ)。花街がようやく朝の(・・)挨拶を始めた夕間暮れ。【宵城(みせ)】は店休日、ネオン看板の電飾の明かりはいつもより控え目。

日中に(カエデ)と外で遊んできた(ハル)は、部屋へ来るなり早々にベッドへとダイブし昼寝を始めてしまった。昨日オマケで貰った熊猫(パンダ)曲奇(クッキー)をやろうと思って呼んだのだけれど…帰りがけに渡すとするか。(マオ)はスヤスヤ眠る幼い横顔を眺める。


母親は見付からないだろう。推測するに既に大陸側へ売り飛ばされており、そして、売り飛ばしたのは───(タマキ)だ。九龍の女を販売(トバ)している女衒(ぜげん)。それだけでは確証に足りないものの…以前(タマキ)(カエデ)の話をした時、‘長安路辺りの銀麗宮’という単語に浮かない表情を見せた。(ハル)について思うところがあったせいにしろ、どうにもその方向性が、こちらの予想とは違っていたらしい。


現在、(タマキ)の所在はわからない。先日のチンピラが吐いたチーム名に全合圖(オッサン)が抑えているグループを照らし合わせて怪しそうな箇所を探ってはいるが、どこかと突出して繋がりが固かったということもなさそうだ。‘(アイツ)は四方八方にイイ顔をしていた’とのチンピラの供述(・・)もある。こうなると、行方不明は本人の意思ではないかも知れない。


(わり)ぃな、迷惑かけて」

「なにが?(マオ)君は(ハル)のお母さん、探してくれてるのに」

「いや…」


虎柄の絨毯の上、胡座の膝に片肘をつき、(マオ)はこめかみをおさえた。


確かに花街(ここ)での範囲は狭かったな。俺の周辺が妙にバタついてたのも、火元が(アイツ)であるなら納得出来る。バックがデカいなどとは詭弁(きべん)だ、股にかけているのは大陸のはぐれ者が作った小団体。九龍へやってきたはいいが全合圖の影響もあり燻っている野郎共。最近【宵城(ここ)】に来る回数が増えていたのは諸々を探る為…と仮定すれば…。


「俺のせいっつーのも、あるかも知れねぇから。(ハル)の親がいなくなったのは」


(タマキ)がいつから大陸(むこう)の輩と徒党を組んでいたかは知らないが。俺の周りをウロついて得られる情報や、俺自身から聞いたネタを参考に動き回っていた可能性は否定出来ない。直接の原因ではなくとも間接した因子にはなったのかも。

‘みんながみんな、(マオ)みたいに出来る訳じゃないからさ’。その言葉も、今はやけに耳に残る。

しかし───(タマキ)は性格的に、女をヨソへ売り飛ばす(たぐい)の人間ではないように見えていた。(ハル)の親は重度の中毒者(ジャンキー)だった…人身売買にはそこいらの事情も絡んでいたのでは?例えば…否、全ては憶測だけれど。


(マオ)の説明へ狼狽の気色を漂わせた(カエデ)が返答に(きゅう)し、何か言いかけては口を閉じる。居た(たま)れなさから彷徨わせた視線をベッドの方角へ向けた途端。


(ハル)、っ…」


瞼を見開いて呟いた。(マオ)も視線の先を追う。凝視しているのは、いつの間にやらベッドで立ち上がっていた(ハル)諸手(もろて)で握り締めて構える、銀色の物体。

あれは───ペティナイフか。しばしば寝酒で作るカクテルの檸檬や何某(なにがし)を切る用途で枕元に常備してある1本。(ハル)が持っていると随分大振りの刃物に見えるな…どこから話を聞いていたんだ…?けれど隠すようなこともない、この子は1番の当事者、経緯(いきさつ)を知る権利があって然るべき。(マオ)(ハル)に向き直る。


「まおが」


震える声が響いて(カエデ)が息を呑んだ。誰も耳にしたことが無かった(いとけな)いそれは、確実に、(ハル)から発せられたものだった。


「まおが…わるいの…?」


目尻の端、決壊ギリギリまで溜まった涙。(こぼ)すまいと懸命に力を込め眉根を寄せる(ハル)(マオ)は短く肯定を返した。


「かもな」


聞くやいなや、(ハル)の身体が(マオ)をめがけて駆ける。もちろん速くなんてない。(カエデ)が露台を降りて制止に来るのは間に合わないとしても、どうとでも(かわ)せるし()なせるスピード…なものの。(マオ)は胡座をかいたまま動かなかった。

対応を決めかねていた。あの程度の刃渡り、1箇所や2箇所を刺されてやっても異存はないが、うっかり重大な事になったら(ハル)によくない。どうするかな。考えるうちにも詰まる距離。


と───ベッドと(マオ)(あいだ)(ハル)の進行ルート脇にある入り口の扉から、やにわに、スッと腕が1本伸びた。


唐突に現れたその(てのひら)へ、音も無くナイフはサックリ刺さった。(ハル)は瞳をパチクリさせ腕の(ぬし)を見上げる。目が合った燈瑩(トウエイ)は、もう片方の手で(ハル)の頭を撫でると、そっとナイフから指を離させ(かが)み込んだ。(ハル)の顔を優しく見詰める。


「ごめんね。邪魔しちゃった」


微笑む燈瑩(トウエイ)に反して(ハル)双眸(そうぼう)へ溜まる水量はどんどん増し、ついには(あふ)れて、紅潮した頬をポロポロ伝う。‘なんで’と掠れた声。


「とーえーは……いいひとじゃん……」


しゃくりあげる(ハル)へ、燈瑩(トウエイ)は‘俺のほうが(マオ)よりよっぽど悪い人だよ’と悪戯に眉尻を下げた。刃物が生えたままの左手はさりげなく隠し、所在なさ気な(ハル)の小さい両手を右手で包む。


(ハル)ちゃんの気持ち、ちゃんと受け取ったから。ママのことは俺達がもう1回探してくるよ」


(ハル)は唇を引き結び、しばらく黙りこくったのち、わずかに首を縦に振った。


どんな人物だとしてもどんな扱いを受けたとしても、この子にとっては母なのだ。絡まる各々の思惑しかりネグレクトしかり、理解をしたり客観的に割り切れる年齢などでは到底ない。

それでも…どうにか頷いた。その(ハル)の肩を、(カエデ)が抱き締める。彼女も泣いていた。


(マオ)は土産の熊猫(パンダ)曲奇(クッキー)(ハル)へと渡し、(ハル)は袖口でグシグシ涙を擦ると可愛らしいラッピングのそれを受け取る。申し訳なさを滲ませながら同じく目元を拭う(カエデ)の背を叩き、‘お前のせいじゃねぇ’と再三の言葉をかけ、暗くなる前に帰路へつかせた。


角を曲がるまで何度も振り返る(カエデ)(ハル)に手をヒラヒラさせる燈瑩(トウエイ)。2人の姿が見えなくなってから、(マオ)はポケットに突っ込まれているヒラヒラさせていない方の手へと目線を向けた。


「つうかテメェ、いつ来たんだよ」

「普通にさっき」

「いつまで刺しとくんだ?それ」

「今とるよ、2人が帰るの待ってただけ。目の前であんまり血が出たら(ハル)ちゃんビックリしちゃうでしょ」


ポケットから抜かれた左手に(いま)だ突き立っているペティナイフ。あんまり血が出たらもなにも、もはや相当赤くなっていたが。呑気な(げん)へ不機嫌に舌打ちする(マオ)を見て、燈瑩(トウエイ)は目を細める。

この舌打ちは…心苦しさの反映なのだ。非常にわかりづらいが。素直に表せない天邪鬼なネコちゃん…内心で愉快に思う燈瑩(トウエイ)の雰囲気を感じ取り、金色の毛並みの小柄な(ネコ)は、面映(おもは)ゆそうに顔を(しか)めた。

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