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九龍懐古  作者: カロン
待宵暁鴉
417/492

ジャンケンとストレートアップ・前

待宵暁鴉8






(じゃん)(けん)(ぽん)…あ。また(アズマ)の負けだ」

「ヤダァ!連チャンじゃん俺!」

(チョキ)選び過ぎなんだよ(テメェ)は」

「まぁ普通は(グー)だよね、出しがちなのって。なんで(チョキ)なの」

「だって平和的でしょ、ピース☆」

「パンチと平手打ちなら目潰しが1番暴力的だろ。いいから酒屋行くぞ酒屋」

(マオ)にゃん、包剪揼(じゃんけん)の概念おかしくない?つうか酒屋はマズいマジで!!」


濁った水溜まりに乱反射する午下の日差し。雨ではなく水道管の破損が原因のそれを跨ぎつつ、(マオ)の買い出しに誘われた(アズマ)燈瑩(トウエイ)は晴れでも湿度の高い城砦をダラダラ歩く。道中はじまった包剪揼(ジャンケン)のルールは至ってシンプル───‘次に行く店舗の会計を、負けた者が全額負担’。


「てか燈瑩(トウエイ)が負けの時は頼むの葛菜茶(おちゃ)なのにさぁ、俺には景徳鎮(アルコール)なのズルいよぉ」

「自然の摂理ってやつだわ」

「その前に煙草屋さん寄っていいかな、吸いきっちゃった」

「あっじゃあ酒屋やめて煙草屋に変更しましょぅグッファ」

「とっとと行って来い。待ってっから」


戯れ言をぬかす(アズマ)に光速で肘鉄をブチ込んだ(マオ)は、(はす)向かいの煙草屋を指差す燈瑩(トウエイ)を見送り路地の壁へと背を(もた)せ掛ける。結わえていないロングの金髪をかきあげ欠伸。

‘買い出し’と称しはしたが実際ただの散歩。別に目的もない。ここまでで寄ったのは冰室(カフェ)餅家(ベーカリー)、涼茶スタンド…【宵城(みせ)】用の菓子を1000香港ドルほど購入し──た際に店員のオバちゃんに‘靚女(べっぴん)さんにはオマケ’とキュートな熊猫曲奇(パンダクッキー)をプラスでもらい、支払っている(アズマ)と隣に並んでいた燈瑩(トウエイ)のどちらと(ねんご)ろなのかをソワソワされ──たが、それだけだ。煙草屋店主の老婆と談笑中の燈瑩(トウエイ)の後ろ姿を見詰めた。




───やっぱり、大陸側と九龍(こっち)のゴロツキが組んで(うるさ)くしてるみたい。いくつか絡んでるグループがあるけど、全合圖も動いてるし段々静かになるとは思う。俺も手ぇ回しとくから一段落(いちだんらく)ついたら報告する。


数日前の夜半。‘会長と話をした’と電話を入れてきた燈瑩(トウエイ)に淡々と語られた(マオ)は、相槌の合間、何となしに尋ねた。


「そのへんの情報、大老(オッサン)がくれたのか」

「ん?や………(セリ)


思いがけない名前が、思いがけないトーンで返ってきた。その場は‘わかった’と答えて通話を終え、昨日遅くに改めて受けた着信。‘こっちはある程度片付いた。花街でウロチョロやってるのは別の人間っぽいね’。声音はもはや普段と何ら変わらなかったが、とりあえず明日買い物に付き合えと誘った。


燈瑩(アイツ)にはあまり友達がいない。と評すると誤解を生むがそういうことではなく…容姿や権力や金に人々は飽きもせずいつだってワラワラ群がり、そして燈瑩(アイツ)の場合は群がられ方がちょっと顕著だからだ。そのせいで、交友関係自体は広いものの1人1人との深度は常に浅い。本人が瑣末(さまつ)を気にする(たち)ではない為こちらも言及はしないけれど。


───そんな中でも。(セリ)って奴は、それなりに友達(・・)だったはずだ。




‘てかさぁ’という呑気な声が聞こえ、(マオ)鳩尾(みぞおち)をさする(アズマ)へ意識をうつす。


「社公街の角の酒屋(みせ)行く?品揃えイイし」

「値段もだいぶイイぞ、あそこ。太っ腹だな眼鏡」

「今日はけっこう手持ちあるからね。いつものとこ行ったって燈瑩(トウエイ)楽しくないでしょ」


その科白(セリフ)に、(マオ)は流した前髪の隙間から(アズマ)を見上げた。(アズマ)はキョトンと(マオ)を見下ろす。


「わかってたのかよ」

「だって珍しいじゃない、(マオ)が出掛けようって言いだすの。何があったかまではわかんないけど」

「俺も詳しくは訊いてねぇ」


首を(かたむ)ける(マオ)(アズマ)も‘そっか’と壁に寄りかかり話を切り上げた。特に追求するでもなし。(こいつ)のこういうところも嫌いじゃない、思いながら(マオ)燈瑩(トウエイ)へ視線を戻す。


もうひとつ、気にかかっている部分がある。先の電話で話題にあがった‘別の人間’。細かに把握していない(ゆえ)アバウトな表現を使ったという見解も(さだ)めし正しいが…含みがある物言いにも感ぜられた。裏付けるように、俺もここ何日か、どうも連絡が取れない(・・・・・・・)


天気が急激に崩れる直前に漂う、あの独特の湿(しめ)った匂い。立ち込める暗雲の気配が、晴天が続いているはずの九龍で…いかんせん鼻をくすぐっていた。


「まぁ、だからよ。とりあえず(おめぇ)は有り金全部出せや」

「えっ!?‘だから’で繋がるの今の話!?」

「繋がるだろ。大人しく財布渡せ、酒買って余ったらツケの返済に充ててやる」

返済(それ)はもう少し猶予ちょうだいよぉ」

「うっせボケ。おいテメェなに曲奇(クッキー)食おうとしてんだ」


ピィピィ騒ぐ債務者(アズマ)のパーカーを半分ひん剥き、熊猫(パンダ)のつまみ食いを目論む胸元へ再び肘鉄をかましてやろうとした矢先───




パンッとどこかで破裂音が鳴って、同時に、鼻先のコンクリ壁が小さく(えぐ)れた。

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