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九龍懐古  作者: カロン
待宵暁鴉
416/492

火花とダイヤル・後

待宵暁鴉7






淡く、月灯りの降る城砦。




「待たせちゃいましたね」

「んーん。毎回俺が待たせてるから」

「勝手に待ってるだけっすよ、俺は」


人気(ひとけ)のない広場の隅。ベンチに座る燈瑩(トウエイ)へ冷えた港式奶茶(ミルクティー)のペットボトルを差し出す(セリ)は、あれ?と目を見開く。燈瑩(トウエイ)の両手に既に同じボトルが握られていたからだ。


燈瑩(トウエイ)さんも買ってたんすか」

「うん、(セリ)のぶんも。急に呼んだし手ブラで来るかなぁと」

「俺が手ブラだったことあります?」

「無いかな」

「でしょ。俺も2本買ったのに、どうすんすか4本も同じ商品()で」

「余ったやつ持って帰っていいよ。好きだよね?これ」


微笑む燈瑩(トウエイ)に、(セリ)はほんの一瞬(いっしゅん)(まぶた)を細め…すぐに戻し、礼を述べつつ隣へと腰掛けた。手持ち無沙汰に港式奶茶(ミルクティー)をベンチへ1列に並べ、肩を竦めてポツリ。


「俺もちょうど…燈瑩(トウエイ)さんに用事あって…」


(うつむ)(セリ)のフーディーを、燈瑩(トウエイ)は瞳の動きだけでさり気なくなぞる。ゆったりしたマフポケット。二の句を継ぎ(あぐ)ねる(セリ)のオーラに、こちらから口火を切った。


「さっき、全合圖に話しに行ってきた」

「誘われてんすもんね。入るんです?」

「入りはしないけど」


けど。(あと)は続けなかったが、続きを理解した(セリ)がペットボトルの隊列から目を離し燈瑩(トウエイ)を見た。短い沈黙。それからフッと()み、困ったように眉を曲げる。


「ヤメにしましょ。聞かなかったことにしとくんで。タダじゃ済まなくなります」

「済まないから来てるんだけどね、こっちも。(セリ)もそうじゃない?」


燈瑩(トウエイ)は笑いながら言って、視線を外した。


(セリ)は…一連(いちれん)の騒動に1枚噛んでいる。全合圖の情報網はそれなりに目が細かい。組の人間が何人か()られた、その実行犯かはわからずとも、ボヤを起こしている火花の一端(いったん)である事実に間違いはないだろう。いつから大陸(むこう)の組織と絡んでいたのか?もうこの状況では、詮索する意味もないけど。


俺へ矛先が向いたのは予定外だったのかも。察するに、時期もごく最近。照準が定まった決め手は全合圖からの勧誘か。しかし恐らく(はな)から予感はあって、多分全合圖(それ)はきっかけに過ぎなかった。自分で言うのもなんだが、裏社会の有象無象と捨て置くには俺はどうにもこうにも目立ちすぎている。結局どのグループも狙いは同じ…味方につけるかさもなくば消すか。そのせいで(セリ)事毎(ことごと)に‘気を付けて’と(こぼ)していたのだ。

尋ねたとて、きっと(セリ)は口を割らない。そういう男だ。だから、ツルんでいた。今だって(セリ)のそんな所が好きだ。


この港式奶茶(ミルクティー)を、持って帰りはしないとも、わかっている。わかっているけれど───


「ぬるくなっちゃうね、港式奶茶(それ)

「そっすね…」

「持って帰らないの?」

「…そっすね」


───持って、帰って(・・・)くれれば、いいなと。少し願っていた。




燈瑩(トウエイ)は立ち上がり数歩あるいて、(セリ)になかば背を向けたまま、おもむろにパッケージから煙草を取り出し1本(くわ)えた。場の雰囲気にそぐわず楽しげな(セリ)の声が耳へ届く。


燈瑩(トウエイ)さん」

「ん?」

「前に、みんなで射的で遊んだことありましたよね。なんかの祝いの祭りがあって、九龍(ここ)でもテキ屋とか出してて」

「うん」

「俺は全然景品取れなかったけど。燈瑩(トウエイ)さんデケぇロボットのおもちゃゲットして、そんで通りすがりの子供にあげてて」

「そうだね」


その頃にいくらか共に仕事をこなし、いくらか共に馬鹿をやった‘みんな’は、今は残っていない。九龍(ここ)に残らずどこかで幸せにやっている、などというお伽噺(とぎばなし)ではない。会話が途切れ、ポケットを漁りライターを探す仕草を見せる燈瑩(トウエイ)に、(セリ)も自分のポケットをまさぐった。


燈瑩(トウエイ)さん」

「ん?」


もう1度(セリ)が名前を呼んで、マフから何かを出した。ライターではなかった。闇の中で鈍く光る…トカレフ。(かす)かに、‘すいません’という呟きが、湿った風に乗って流れる。銃口が持ち上がった。

だが───それより速く、燈瑩(トウエイ)がベルトから抜いたベレッタの弾丸が(セリ)の眉間を捉える。響いた発砲音はやけに軽かったうえに乾いていた。例えるなら、生日(たんじょうび)にでも鳴らす大きめのクラッカーとか、そんな感じ。


(セリ)の身体が──ちょうどあのいつかの祭りで見かけたチャチい作りの──発条(ぜんまい)仕掛けの人形のように、ぎこちなく横ざまに倒れる。トリガーにかかったままの指が本人の意思とは関係なしに引かれて1発弾丸が飛んだ。燈瑩(トウエイ)は別に避けなかったが、特に当たりもしなかった。当たっても構わないと思っていたけれど。


ベレッタをおろし、煙草に火をつけ、紫煙を燻らす。ノロノロと、ふたくちほど吸った。微妙に足が重い。灰を落としつつ、ベンチに寝転ぶ(・・・)(セリ)へ近付く。額にあいた穴、後頭部から(あふ)れる液体がボロい木製の座板を伝い地面へ(したた)っている。手に握られたトカレフを眺めた。以前、銃のひとつでも(ふところ)に無いと不便かと案じ、自分が渡しておいた物のように見えた。まだ硬直しておらず温かい指を外し回収する。置いて行っても、誰かが持っていってしまうだけなので。死体はそのままにした。置いて行ったら、誰かが持っていってくれるので。


───(セリ)が。俺よりも、新たに出来かけた家族(・・)を取るのは当然のことだ。こちらだって本音を言えば、最初から、(なにがし)か情報が入るかもとの打算で手を差し伸べたフシもある。お互い様だった。それでも(セリ)は迷ってくれ、結果…その迷いが、致命的なものになった。

銃と共に拾った携帯の連絡先やメールの履歴を、申し訳なくも確認。会長や(マオ)の懸念…ここに端緒(たんしょ)が見付けられるはず。


アドレス帳を開き、ふと、短縮に登録されている名前に目が留まる。




“燈瑩哥”




(そび)える違法建築に四方を囲まれた暗夜の中。吸い込んだ紙巻きの先の火種が、密やかに、赤く燃えた。

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