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九龍懐古  作者: カロン
待宵暁鴉
411/492

銘々と四方山話・後

待宵暁鴉3






ヤクザとクソ眼鏡を追い出してほどなく。


「見つかりそう?」


部屋に来るなり問い掛ける(カエデ)(マオ)は小首を傾け仕草で返答。了解した(カエデ)も肩を竦め、鎖骨に遊ぶ黄味がかったロングの茶髪がたわんだ。


「上がれよ、雪糕(アイス)でも食ってけ。このあとシフト入ってんだろ」

「うん。短時間だけど」


(ぬる)い夜風が窓から抜ける。露台に腰掛けた(カエデ)は、(マオ)が冷凍庫から出した棒雪糕(アイス)を1本頂戴した。シャクッと齧ると、真横に切り揃えた前髪のかかる丸い目を余計丸くし、頬を(ゆる)める。


「美味しいね、これ」

「あそぉ。気に入ったなら次はチビ連れて食いにこい、ぬいぐるみもやる」

「ぬいぐるみ?」

「老人会のじーさん、商店街のクジ引きで熊猫(パンダ)の人形当てたんだと。そのうち燈瑩(トウエイ)が持ってくるつってた」


ぶっきらぼうな態度とは正反対の気遣いに、(カエデ)はクスリとして頷く。城主から‘何だよ’という不機嫌な声。


見つかりそう?とは───幼い娘を置いて、忽然と消えた知人の女性のこと。(カエデ)は置き去りにされてしまった子供をひとまず預かり母親の行方探しに尽力していた。(カエデ)自身は、現在九龍での夜の仕事を辞め、香港側での昼の仕事に就こうと検討しているさなか。それにあたり出勤はランダムな店での派遣業のみに切り替えていた為いくらか手が空いており、タイミングが良いといえば良かった。

バイトに出ている(あいだ)は水商売専門の託児所へ子供の世話を頼んでいる。繁華街にはそういった施設が点在する。夜間に働くシングルマザーへの助け舟、色とりどりの原色ネオンに混ざって輝く‘保育’の電光看板。


「で、いつ引っ越すんだよ」

「まだちゃんと決めては無いけど…この件が落ち着いたらすぐ、にしよっかなって。ズルズルしちゃうのもアレだし…」


(マオ)の言葉に(カエデ)は歯切れ悪く答えた。


彼女は以前在籍していた店で毎月それなりの売り上げを作っていた。とりたてて美人、というわけではないが、心の(おり)(すく)うのが上手い女なのだ。家族に恵まれず早くから(おのれ)の身ひとつで生きてきた。人の弱さや寂しさを知っていて、寄り添うことができる。しかし本人はずっと違和感を持っていたらしい。


(マオ)は煙草に火を点け、雪糕(アイス)を齧る(カエデ)の横顔を見詰める。


───嘘だもん、全部。作り物だよ。ほんとの私なんて全然優しくないし、心の中ではいつも悪態ついてるし、くだらない!馬鹿みたい!って思ってる。嫌われたくないから嘘ついて、でもそれが疲れちゃって、でもやっぱり嫌われたくないし、でもそんな自分も馬鹿みたいで…だから…。


1度、そう愚痴られた事がある。聞いていた(マオ)は返答に窮した。あまりにも、純粋過ぎる煩悶(はんもん)だったからだ。彼女の悩みは、対人関係では多かれ少なかれ付き纏うオーソドックスな問題。昼だろうが夜だろうが──夜職の方がそりゃ手練手管(・・・・)が求められるにせよ──根本(こんぽん)は同じ。まぁ、要は、生い立ちに反して彼女は真っ直ぐな人間ということ。水の業界には向いていない。(ゆえ)に人に寄り添え、(ゆえ)に嫌気がさしてしまった。


「あっ、けどそんなに急いでるってことはないよ!心配ってゆうのはもちろんあるけど…ごめんね、せかしてるみたいで…」

「お前が謝ることじゃねーだろ別に」


ハッとした様子でパタパタと手の平を振る(カエデ)(マオ)も紙巻きを振る。

香港への移住にあたって、彼女は例の子供をどうするか決めかねていた。母親が帰らないのであれば自分が(しばら)く手を貸し育てていくのは(やぶさ)かではない。けれど帰ってくるのなら…環境がどうあれ、やはり本物の家族と居るべきなのでは…。どちらにせよ出来る限りの助力はしてやりたい。そういう心づもり。幼い頃に亡くした妹とダブらせてるだけ、偽善だよ、などと本人は皮肉るが。


「他ん奴らにも聞いてもらってるとこだからよ。もうちっと待っとけ」

「ん…ごめん、ほんとに…」

「だからお前が謝ることじゃねーって」


(マオ)の台詞に(カエデ)は口をつぐみ、‘ありがとう’と言い直す。(マオ)は軽く()んで、‘礼は解決したあとでいい’とまた煙草を振った。











───それから更に数刻後。月明かりが差し込む部屋に白煙がふたつ漂う。ひとつはポワポワ整った円環、ひとつはウニャウニャ妙ちきりんな形。


「全然丸く出来ない…(マオ)どうやってんの?」

「ポポポって」

「全然説明になってない…」


ウニャウニャの(ぬし)(タマキ)がボヤきつつ不満気に天井を見上げる。同じく天井を見上げる(マオ)は首を左右に寝かせコキコキ鳴らした。


「んな事よりタマ、スカウトの調子どうよ」

「んー?ぼちぼち?当たったりハズレたり」

「そりゃそうだろ。身になる意見出せや」

「ポポポの人に言われたくない」

「あぁ?」


眉間に(しわ)を寄せる(マオ)(タマキ)は悪戯に笑う。快活そうな顔立ちに似合う黒いショートカットをつまみ、‘俺も金パにしよっかな’と唇を尖らせた。


「黒がいいんじゃねぇか、業種的に」

「真面目そうには見えるよね。あとお姉さんに好かれる」


(タマキ)は割と童顔だ。人懐っこい性格も手伝い弟のように可愛がってくれる歳上女性が多いらしい。そのあたりを考慮し上手くキャストをスカウトしてくる。(マオ)は煙をいくつも輪にしつつ、燈瑩(トウエイ)のもとで居候中の兄弟について少し思案。弟はまだ幼いが兄は何かを始められる年齢ではある。花街で働くなら、さしあたりスカウト業はどうだろうと考えていた。こちら(・・・)側の職業の中では安全なチョイス、現に今もタマは水面下でのゴタつきと関係なく仕事をやれている。イイ女を連れてくれば【宵城(ウチ)】や周りの店で使ってキックバックをくれてやったらいい。とはいえ、特に燈瑩(トウエイ)へ発案した訳では無いが。


「で、今日は俺も相談したいことあってさ。この子お仕事どうにかなんないかなぁ」


甘えた声に(マオ)(タマキ)へ意識を戻すと、ズイッと突き付けられるスマホの画面。写真の中ではにかんでいるのは。


「…シャ…」

「シャ?」

「…シャイな感じの女だな」


海外ニュースで見かけたゴリラの名前をうっかり口走りかけた。ギリギリで飲み込むと、(マオ)は真顔で(しばら)く静止し言葉を絞り出す。


「俺は…どうだとは言わねぇけどよ…難しいんじゃねぇか、店探すの」

「そうなんだよね、夜の仕事したいみたいなんだけどなかなか勤め先が決まらなくって。イイコなのに」

「そうか…」


直接は言いづらい、言いづらいが、ルックス的に水商売はちょっとどうだろう。されど、この()が‘イイコ’だというのも、既に写真の初々しさからヒシヒシ伝わってくる。誤魔化すのも可哀想だな…どうする…。


「あー…ちと…俺の知り合い、紹介するわ。そいつならうめぇことやるかも」


まったくもって専門外だが、(アズマ)に話を振ってみよう。アイツなら綺麗にとりまとめる気がする。(マオ)(タマキ)から貰った写真を若干コントラスト調整し、ほんのり──本当にほんのり──可愛らしく見えるように仕上げ、連絡先を添えると色事師(アズマ)へ手早く微信(チャット)で送った。

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