表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
九龍懐古  作者: カロン
喧嘩商売
41/492

最終戦と「倍あげる」

喧嘩商売4






「えーっと…(イツキ)、なんでそっち側にいるの?」


燈瑩(トウエイ)が戸惑いながら話し掛ける。

(イツキ)は実は【獣幇】のメンバーだった、という訳ではないはずだ。驚いた(アズマ)が煙草を口から落として手の甲を燃やし()()ち言っている。

(イツキ)はこの上なくイイ顔をしながら答えた。


「お金貰った」


普通に買収されていた。




明快な理由に燈瑩(トウエイ)はそっかと頷き、吸いかけの煙草をくわえたまま(イツキ)に歩み寄る。

(アズマ)が慌てて叫んだ。


燈瑩(トウエイ)お前、(イツキ)にケガさせんなよ!!お前ほんとに…ほんとに!!ケガさせんなよ!!」

「うるっさいな」


(アズマ)の過保護な発言にため息混じりに笑い、俺がケガするっつーのと呟いて歩いていく燈瑩(トウエイ)を見て大地(ダイチ)(マオ)に耳打ちする。


「なんで(ゴー)がケガするの?(ゴー)のほうが強くない?」

「ん?そりゃ、銃撃戦ならな。武器無しなら話は別だ。今までの喧嘩の感じから見立てると、こういうステゴロだったら…」


言葉を切って、(マオ)は広場中央の2人に視線を向け、続けた。


「多分、(イツキ)のほうが強い」


燈瑩(トウエイ)は煙草を弾いて捨て、(イツキ)は大きく伸びをする。もはやお馴染み鶏蛋仔(ワッフル)屋が今日一番張り切った声で告げた。


「それでは【獣幇】対【東風】【宵城】、大将戦────始め!!」


開幕と同時に、パァン!と大きな音が鳴る。目にも止まらぬ速さで繰り出された(イツキ)のハイキックを燈瑩(トウエイ)が瞬時に上げた腕で受け止めたのだ。

(イツキ)はハイキックの脚を引き体勢を低くして足払いをかけた。燈瑩(トウエイ)はそれを飛んで(かわ)し、着地で身を(かがめ)て追撃の蹴りも避けるとバク転して少し距離をとる。

一歩で間を詰めてきた(イツキ)が、恐ろしい速度で打撃を加えた。それを全て見切り対応していく燈瑩(トウエイ)。パパパパパンと小気味良い音が響く。

ラッシュが続き、ほんの(わず)かの隙に踏み込んだ燈瑩(トウエイ)が回し蹴りを入れるよりも先にそれを察知した(イツキ)は3メートル程後ろに跳ね、再び距離があいた。


その間ほんの十数秒。呆気にとられていた観客達が、爆発したように歓声をあげる。


「待って、全然見えない」


(アズマ)が眼鏡のレンズをゴシゴシ擦るが、おそらくそういう問題ではない。スピードが早過ぎるだけだ。


(マオ)はガリガリと頭を掻いて考えた。


まさかこうなるとは…完全に計算外だ。まぁ(イツキ)燈瑩(トウエイ)を本気で負かしに来ることは無いと思うし、燈瑩(トウエイ)(イツキ)相手にガチの殴り合いはしないはずだが。

しかしこの勝負、落とし所が見付からない。こちらも負けるつもりはないし、向こうもそうだろう。

解決策が不明である。


もう仕方ねぇ、どうにかして上手くやってくれ燈瑩(トウエイ)。そう思い(マオ)は、がーんばーと熱のこもらない声援を送った。







「がーんばーって何よ…」


それを聞きながら燈瑩(トウエイ)(イツキ)を見詰めて思案する。

ケガをさせるなと言われても、(イツキ)が相手では加減が難しい。あまり手を抜くとこっちが大ケガをしかねない……単純な喧嘩では(イツキ)の実力のほうが上回っているのだ。


一呼吸置いて(イツキ)が前進し、勢いよく風を切る左後ろ回し蹴りを放つ。それを掻い潜り、燈瑩(トウエイ)は2発目の右ハイキックをその足を掴んで止めた。

と、(イツキ)は掴まれた右足を軸に飛び上がり左足を燈瑩(トウエイ)の首に絡め、フランケンシュタイナーよろしく身体をバク宙のような形で回転させる。

同じタイミングで地面を蹴って跳んだ燈瑩(トウエイ)は、その回転に合わせて前宙をしてロックを振り切り、着地すると共に即座に(イツキ)に向き直った。

既に起き上がっていた(イツキ)燈瑩(トウエイ)に連打を叩き込み、またはじまるラッシュ。


無数の打撃を全てさばくと今度は燈瑩(トウエイ)が回し蹴りをいれ、それを伏せて回避した(イツキ)は横に跳躍して壁を足場に高く駆け上がり真上から踵落としをお見舞いする。

額で交差させた腕でガードした燈瑩(トウエイ)はそのまま腕を払って(イツキ)を数メートル後ろへと飛ばした。いや、(イツキ)が自分から跳んだのか。

再度距離をとる2人。


「なんなのアレ?やばくね?」


息つく間もない攻防戦に(アズマ)が目をしばたたかせつつこぼした。訳のわからない早業だ。


オーディエンスからは止めどない声援が聞こえている。最初はほとんど【獣幇】側だったであろう観客たちも、今や【東風】【宵城】を讃え始めていた。


(マオ)も心の中で親指を立てる。いいぞ燈瑩(トウエイ)…大将戦に相応(ふさわ)しいぜ。

なんなら相手が(イツキ)で逆に良かった。そこいらの人間じゃこんな試合は出来なかっただろう、素晴らしい盛り上がりだ。

(マオ)はギャラリーに混ざってもう一度、がーんばーとエールを送った。







「また言ってる…」


(マオ)の声にそら笑いしつつ、燈瑩(トウエイ)は状況を打開すべく悩んでいた。

決着をつけなければ話にならないのだがお互い降参するわけにもいかない。


…いや、(イツキ)はそうでもないのか?


お金貰ったって言ってたな。【獣幇】に肩入れしているというより、いつもの雇われの喧嘩屋バイトをしているだけか?(アズマ)に言った‘予定’ってバイト(これ)のことだったのか。

【獣幇】の為じゃなく小遣いの為なら、(イツキ)は最終的に金が入れば別に負けてもいいのでは。


そう考え付いた燈瑩(トウエイ)()えて(イツキ)(ふところ)に入り、話しが出来る近さでの戦闘へと切り替えた。手数は自然と多くなるが、油断せずいなせばいいだけだ。

攻撃を避けながら小声で聞いてみる。


(イツキ)…いくら貰う予定?」

「3万香港ドル」


返事をしつつ(イツキ)が右腕を振りかぶる。燈瑩(トウエイ)はそれを寸手のところで掴み、そのまま(イツキ)を引き寄せて耳元でボソッと囁いた。




「倍あげる」





(イツキ)の動きが止まる。



完全なフリーズ。燈瑩(トウエイ)は、その額にピンッと、軽くデコピンをした。

(イツキ)がフィルムのコマ送りのようにゆっくりと後ろに倒れていき────ドサッ、という音と共に地面で大の字になる。


無言の時が流れた。


鶏蛋仔(ワッフル)屋は2人の顔を交互に見て……どうやら(イツキ)が起き上がらないことを認めると、思い切り腕を振り上げて宣言した。


「そこまで!!勝者──────────

【東風】【宵城】!!!!」



静寂。だが勝敗が決まったことを飲み込むと、ギャラリーからは割れんばかりの喝采が沸き起こる。



「なんだそりゃ、燈瑩(トウエイ)何か言ったな」

(イツキ)ぃ!!」


ケラケラ笑う(マオ)と、(イツキ)に駆け寄る(アズマ)

最後のあまりのあっけなさに首をかしげつつ、それでもここまで楽しんだ観客達は皆一様に拍手をしていたが、納得が出来ない様子の【獣幇】の下っ端がわらわらと出てきて怒鳴った。


「おい、お前らグルだったのか!?元からそういう手筈だったんだろ!!!!」

「あ?んな訳あるか、こっちも知らねぇで参加してるっつーの。そもそも【獣幇】のメンバーじゃねぇ奴がなんでチームに入ってんだよ?金で雇ってねぇでテメェらだけの力で勝負しろや」


(マオ)も下っ端たちに向けてがなる。

口は悪いがもっともな言い分。互いの威信を賭けての決闘のはずなのに、部外者に頼るなどもっての外である。


「おいレフェリー、2勝で俺達の勝ちだよな?観客にも楽しんでもらえてたみてぇだしなぁ。約束通り【獣幇】のシマ貰うぜ」


周囲からの【東風】【宵城】コールの中、(マオ)が結果の発表をうながすと鶏蛋仔(ワッフル)屋はなぜか気まずそうな顔をしている。

(マオ)は眉をしかめたが、ふと先程の大地(ダイチ)の言葉を思い出した。



‘光明街の鶏蛋仔(エッグワッフル)の店長だ’─────。



光明街の鶏蛋仔(エッグワッフル)(イツキ)もよく行く店だ。

さては、鶏蛋仔屋(こいつ)…助っ人を探していた【獣幇】の半グレに(イツキ)を教えたな。

(イツキ)は店主と仲良くしていると言っていた、何でも屋の一環として喧嘩商売をやっている事も話していただろう。紹介とまではいかずとも、繫がりの一部になっていることは間違いない。


(イツキ)に目をやると(マオ)の考えを察したようで、だいたいそんな感じ、といった表情を見せていた。

関係性を知らず特に悪意は無かったにせよ、鶏蛋仔(ワッフル)屋は気まずいだろう。


「…全部とは言わねぇよ。1・2店舗で手打ちだ、プランもあるからまずは話を聞け。それと【獣幇(おまえら)】、レフェリー(こいつ)イジメんじゃねぇぞ。グルだとか金だとか文句あんならまたいつでも勝負受けてやるよ。正々堂々だ」


(マオ)にしてはあり得ないほど優しい発言に、(イツキ)は驚き燈瑩(トウエイ)はヒュウと口笛を鳴らした。


そんなにおかしなことではない、(マオ)は身内には甘いのだ。この判断も(イツキ)大地(ダイチ)のお気に入りの鶏蛋仔(エッグワッフル)屋を守っただけの話。

それに領地に関してはもともと、半グレの縄張りの店舗を少し戴ければ良いと思っていた。無闇に手を広げても面倒事が増えるだけだ。

つまり、譲歩したと見せかけてその(じつ)、当初の予定通りなのである。


「え?なんや、終わったん?」


目を覚ました(カムラ)が散り散りになる観客を見てキョロキョロした。とりあえず今日は解散、半グレたちも渋々引きあげていくようだ。

(マオ)(カムラ)の肩をどつき、【宵城】に帰んぞ、呑もうぜと言って歩き出す。


祭りが終わり、静けさを取り戻す九龍。

日が沈んだ街に月が輝きはじめていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ