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九龍懐古  作者: カロン
待宵暁鴉
407/492

てるてる坊主とトレジャーハント

偶にふと思い出すような昔話

待宵暁鴉1






「まぁた増築するの?」


【宵城】裏手。組まれた竹の足場を見上げ(アズマ)が茶化すと、勝手口から顔を出した城主(マオ)は適当にくくった金色のポニーテールを揺らして欠伸。


「ちっとだけだよ。入んなら入れ、帰んなら帰れ」

「入るよね、ミノムシ慰労会なんだから。食べ物持ってきたし」


テイクアウェイの袋をかざす(アズマ)(マオ)は顎で中へ促し、気怠げに首を回す。億劫そうに階段を登る背中に浮かぶ‘(ねみ)ぃ’の文字。


「んっとにどいつもこいつも、どーせ勝てねんだし突っかかってくんなよな…ダリィ…」

「勝てると思ってくるんでしょ、(マオ)にゃんちっちゃくて可愛いかっゲボァ」


余計な事をぬかした(アズマ)は鋭い蹴りを鳩尾に喰らい、危うく階下へ転げ落ちかけた。なんとか手摺りを掴んで踏ん張り、胸元を(さす)ると涙目で抗議。


「ちょっとぉ、(ねぎら)って!頑張ってミノムシしたんだから!」

「ツケ減らしてやったじゃねぇか」

「ほんと俺様で閻魔様ですね」

「あぁ?」

「ナンデモナイデスぅ。でもさ、これでまたライバル減ったじゃん」


(アズマ)の声に舌打ちする閻魔───(もと)い【宵城】城主は、再び欠伸をしつつ、九龍へ来てからお話し合い(・・・・・)になったチンピラ連中のことをチラリと思い返す。


城砦で水商売を始めそれなりの年数が経ち、【宵城(みせ)】もいくらか大きくはなった。イチャモンをつけ対立してくる輩は仕事上でもプライベートでもわんさか居たが、商売の手腕と単純な腕っぷしで片端からねじ伏せてきた。今回の増築も近隣店舗の吸収合併。【宵城】の外観はだんだんとその名の通り、宵の街にそびえる城の様相を呈してきている。

ミノムシとは…先日因縁をつけてきた半グレ共を返り討ちにした際、ブッ飛ばしたあと簀巻(すま)きにして興発楼の屋上から全員吊るした件のこと。重そうだったので吊り下げの実行役に(アズマ)を呼んだ。


ちなみに(アズマ)は1年程前、何だか知らんが出会った黒縁眼鏡。【宵城(ウチ)】へフラリと飲みに来て、気付いたら常連になり、気付いたら営業外でも顔を合わせるようになっていた。(ふところ)に入るのが上手い男。気風(きっぷ)も良くサッパリした性格で、女とギャンブルに目が無い。まぁ嫌いなタイプではなかった。


部屋で腰を落ち着けヴーヴ・クリコを並べていると階段を上がってくる足音が聞こえ、扉からハーフアップの黒髪が覗く。


「あれ、(アズマ)来てたの」

「んだよ燈瑩(おめぇ)まで勝手に来やがって。まーいいや、好きに飲んでけ。(こいつ)が開けた分は(こいつ)の奢りだから」

「そうなんだ。多謝(ありがと)

「俺は一応(いちおう)約束してました!てか(マオ)にゃん、ちゃんと順番こで開けてよね!燈瑩(トウエイ)も来たからには開けてくれてもいいのよ?」


気の無い礼を述べる燈瑩(トウエイ)は、ワァワァ騒ぐ(アズマ)を微塵も意に介さず手荷物を掲げた。


「ここの棒雪糕(アイス)、美味しいらしくて買ってみた。老人会の人が教えてくれて」

「お前ほんとジジババと仲良いな。今日も老人ホーム行ってきたのかよ」

「急に興発楼からてるてる坊主が下がったっておじいちゃん達が驚いてて、様子見に」

「ミノムシだっつの」


肩を竦めて酒を啜る(マオ)燈瑩(トウエイ)は花柄生地の愛らしいてるてる坊主を手渡す。興発楼の物に比べ、こちらはなんとも平和なお品。


「でもちょうど雨止んだじゃん、下げたら。だからおばあちゃん達が‘私らも作ってみよう’、って提案しだしてさ。出来たやつ妮娜(ニナ)さんがひとつくれたよ」

「やだ可愛い!俺もまたてるてる坊主してあげよっか?鎮痛剤の需要増えれば儲かるし」

「え、(マオ)がボコボコにした奴らに(アズマ)が治療薬売ってんの」

「知らねぇ」


花柄の人形を呆れ顔で受け取る(マオ)燈瑩(トウエイ)はマッチポンプじゃんと笑い、雪糕(アイス)を空いているシャンパンクーラーへザカザカさした。氷を用意しようとした(アズマ)が隣のアイスペールを(いじ)る。パイプへ火をいれ白煙を流す(マオ)


「そういや全合圖のオッサンが呑み来たぞ、俺指名で」

(マオ)、身請け?恭喜發財(おめでとう)


燈瑩(トウエイ)が軽口を叩くのとほとんど同時に(マオ)から小刀が光速で飛ぶ。軽く首を曲げて避ける燈瑩(トウエイ)の後ろ、運良く前屈みになっていた(アズマ)の頭上を過ぎて朱塗りの窓枠へと豪快に突き刺さった。ヒュッと喉を鳴らす眼鏡。


「は!?あっぶな!!今死んでた俺!!」

「生きててラッキーじゃん、馬券買おっか」

「当たってねぇのにかよ。3連複167」

「当たってたら死んでんのよ!!4連単7196」

「攻めるね(アズマ)

「つうか俺じゃなくてテメェの身請けだわ、燈瑩(トウエイ)

「ん?俺?」

「モテるね燈瑩(トウエイ)ちゃん」


シシッと口元へ手を当てる(アズマ)退()かし、卓へついて携帯を──馬券を買う為──開いた燈瑩(トウエイ)は画面を見詰めたまま呟く。


「どっかに入るのはあんまりなぁ…」


最近、様々なチームからお誘い(・・・)が増えてきていた。それなりの力があるにも(かかわ)らず独りでフラフラしているせいだろう。しかしこちらからすれば、ただ淡々と仕事を(こな)していたら今の立ち位置が出来上がってしまっただけ。上を目指すだの組織を作るだのそんな野心は持っていない。持っていなかったからこその結果なのかも知れないが…とにかく。


「まぁ今度挨拶行っとくよ、全合圖」

「そういや大道西通りでやってた裏カジってその系列よね。あそこ好きだったなぁ、結構稼げたから」

「イカサマだろ。燈瑩(トウエイ)、顔出しついでに(こいつ)チクっとけ。身柄(ガラ)渡せば飯代くれぇにはなる」

「やめてぇ!?」

「バイト手伝ってくれたら黙ってよっか」

「トレジャーハント系でしょ、それ」


トレジャーハントと聞くと楽しそうなものの実際は解剖(・・)業。前回のミッションは、あるチンピラグループが別のゴロツキグループと争った折、争いの発端だったデータチップを誰かが飲み込んで体内に隠していたのが抗争終了時に発覚した事件のこと。燈瑩(トウエイ)に現場へ呼ばれた(アズマ)は転がっている20体程の死体の腹をカッ(さば)いて、内臓(たからばこ)を漁りチップ(トレジャー)回収(ハント)した。


「お腹とかも普通に撃ってたから、チップ割れちゃってたらどうしようと思ったよ」

「俺は胃に留まってくれてなかったらどうしようと思った。腸まで(さば)くの嫌過ぎぃ」

「どっちもどっちな心配だな」

「てか燈瑩(トウエイ)、あん時ウロついてた売人どこ行ったか知らね?持ってたラムネ欲しいんだけどぉ」

「俺は麻薬(そっち)は専門外だから…でもあのクスリ倦怠感強めじゃない?」

燈瑩(おめぇ)も喰ったのかよ」

(アズマ)がどうしてもって言うんだもん」

「だって俺、あれキメたら周りで動いてる物全部蜻蜓(トンボ)に見えちゃってさ!人とか車とか!みんなもそうなんのかなって気になって」

「ぁんだそりゃ…気持ち(ワリ)ぃ…で?燈瑩(テメェ)蜻蜓(トンボ)見えたの?」

「んーん。俺は全部、斯芬克斯(スフィンクス)になった」

「だいぶマシだな」

「本家に比べたらミニサイズだものね」

「そうじゃねぇよ」


くだらない話をつもらせ、つまみをつつき、吸い殻と空瓶を増やす。泡モノのみでは飽き足らず紹興酒を呷っていた(マオ)がパイプの先で(アズマ)を示した。


「つかよ。お前も路上でヤク撒いてねぇで漢方屋でも構えろや、暇なんだろ薬中」

「薬中はやめてぇ?」


暇…は、間違ってもいないが…思考しつつ(アズマ)は新しいボトルに手を伸ばす。

九龍にきた目的を(マオ)燈瑩(トウエイ)に特段語りはしていないものの、なんにせよ、それなりの基盤は整ってきた。そろそろ拠点を作ってもいい頃合かも。スラム街近辺が有力候補かしら。1番好都合なのは───あれやこれや考え、スポンとコルクを抜く。やたらと手元を見てくる燈瑩(トウエイ)。不審に感じ、(アズマ)も視線を追った。張り付いているラベルの表記。


「…あら?」


ドン・ペリニヨン・レゼルヴ・ド・ラベイ。


「嘘ぉ!?たっか!!」

「まいど。ツケとくわ」

「わざと混ぜといたよね!?ズルい!!」

「うるっせぇなトレジャーハント行けや」

「ヤダァ!!」


ピィピィ喚く(アズマ)から瓶を奪い各人のグラスに注ぎだす(マオ)。静かに爆笑する燈瑩(トウエイ)。伝票には既にいくつものゼロが列をなしていたが、夜はまだ、始まったばかりだった。

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