てるてる坊主とトレジャーハント
偶にふと思い出すような昔話
待宵暁鴉1
「まぁた増築するの?」
【宵城】裏手。組まれた竹の足場を見上げ東が茶化すと、勝手口から顔を出した城主は適当にくくった金色のポニーテールを揺らして欠伸。
「ちっとだけだよ。入んなら入れ、帰んなら帰れ」
「入るよね、ミノムシ慰労会なんだから。食べ物持ってきたし」
テイクアウェイの袋をかざす東を猫は顎で中へ促し、気怠げに首を回す。億劫そうに階段を登る背中に浮かぶ‘眠ぃ’の文字。
「んっとにどいつもこいつも、どーせ勝てねんだし突っかかってくんなよな…ダリィ…」
「勝てると思ってくるんでしょ、猫にゃんちっちゃくて可愛いかっゲボァ」
余計な事をぬかした東は鋭い蹴りを鳩尾に喰らい、危うく階下へ転げ落ちかけた。なんとか手摺りを掴んで踏ん張り、胸元を擦ると涙目で抗議。
「ちょっとぉ、労って!頑張ってミノムシしたんだから!」
「ツケ減らしてやったじゃねぇか」
「ほんと俺様で閻魔様ですね」
「あぁ?」
「ナンデモナイデスぅ。でもさ、これでまたライバル減ったじゃん」
東の声に舌打ちする閻魔───元い【宵城】城主は、再び欠伸をしつつ、九龍へ来てからお話し合いになったチンピラ連中のことをチラリと思い返す。
城砦で水商売を始めそれなりの年数が経ち、【宵城】もいくらか大きくはなった。イチャモンをつけ対立してくる輩は仕事上でもプライベートでもわんさか居たが、商売の手腕と単純な腕っぷしで片端からねじ伏せてきた。今回の増築も近隣店舗の吸収合併。【宵城】の外観はだんだんとその名の通り、宵の街にそびえる城の様相を呈してきている。
ミノムシとは…先日因縁をつけてきた半グレ共を返り討ちにした際、ブッ飛ばしたあと簀巻きにして興発楼の屋上から全員吊るした件のこと。重そうだったので吊り下げの実行役に東を呼んだ。
ちなみに東は1年程前、何だか知らんが出会った黒縁眼鏡。【宵城】へフラリと飲みに来て、気付いたら常連になり、気付いたら営業外でも顔を合わせるようになっていた。懐に入るのが上手い男。気風も良くサッパリした性格で、女とギャンブルに目が無い。まぁ嫌いなタイプではなかった。
部屋で腰を落ち着けヴーヴ・クリコを並べていると階段を上がってくる足音が聞こえ、扉からハーフアップの黒髪が覗く。
「あれ、東来てたの」
「んだよ燈瑩まで勝手に来やがって。まーいいや、好きに飲んでけ。東が開けた分は東の奢りだから」
「そうなんだ。多謝」
「俺は一応約束してました!てか猫にゃん、ちゃんと順番こで開けてよね!燈瑩も来たからには開けてくれてもいいのよ?」
気の無い礼を述べる燈瑩は、ワァワァ騒ぐ東を微塵も意に介さず手荷物を掲げた。
「ここの棒雪糕、美味しいらしくて買ってみた。老人会の人が教えてくれて」
「お前ほんとジジババと仲良いな。今日も老人ホーム行ってきたのかよ」
「急に興発楼からてるてる坊主が下がったっておじいちゃん達が驚いてて、様子見に」
「ミノムシだっつの」
肩を竦めて酒を啜る猫へ燈瑩は花柄生地の愛らしいてるてる坊主を手渡す。興発楼の物に比べ、こちらはなんとも平和なお品。
「でもちょうど雨止んだじゃん、下げたら。だからおばあちゃん達が‘私らも作ってみよう’、って提案しだしてさ。出来たやつ妮娜さんがひとつくれたよ」
「やだ可愛い!俺もまたてるてる坊主してあげよっか?鎮痛剤の需要増えれば儲かるし」
「え、猫がボコボコにした奴らに東が治療薬売ってんの」
「知らねぇ」
花柄の人形を呆れ顔で受け取る猫に燈瑩はマッチポンプじゃんと笑い、雪糕を空いているシャンパンクーラーへザカザカさした。氷を用意しようとした東が隣のアイスペールを弄る。パイプへ火をいれ白煙を流す猫。
「そういや全合圖のオッサンが呑み来たぞ、俺指名で」
「猫、身請け?恭喜發財」
燈瑩が軽口を叩くのとほとんど同時に猫から小刀が光速で飛ぶ。軽く首を曲げて避ける燈瑩の後ろ、運良く前屈みになっていた東の頭上を過ぎて朱塗りの窓枠へと豪快に突き刺さった。ヒュッと喉を鳴らす眼鏡。
「は!?あっぶな!!今死んでた俺!!」
「生きててラッキーじゃん、馬券買おっか」
「当たってねぇのにかよ。3連複167」
「当たってたら死んでんのよ!!4連単7196」
「攻めるね東」
「つうか俺じゃなくてテメェの身請けだわ、燈瑩」
「ん?俺?」
「モテるね燈瑩ちゃん」
シシッと口元へ手を当てる東を退かし、卓へついて携帯を──馬券を買う為──開いた燈瑩は画面を見詰めたまま呟く。
「どっかに入るのはあんまりなぁ…」
最近、様々なチームからお誘いが増えてきていた。それなりの力があるにも拘らず独りでフラフラしているせいだろう。しかしこちらからすれば、ただ淡々と仕事を熟していたら今の立ち位置が出来上がってしまっただけ。上を目指すだの組織を作るだのそんな野心は持っていない。持っていなかったからこその結果なのかも知れないが…とにかく。
「まぁ今度挨拶行っとくよ、全合圖」
「そういや大道西通りでやってた裏カジってその系列よね。あそこ好きだったなぁ、結構稼げたから」
「イカサマだろ。燈瑩、顔出しついでに東チクっとけ。身柄渡せば飯代くれぇにはなる」
「やめてぇ!?」
「バイト手伝ってくれたら黙ってよっか」
「トレジャーハント系でしょ、それ」
トレジャーハントと聞くと楽しそうなものの実際は解剖業。前回のミッションは、あるチンピラグループが別のゴロツキグループと争った折、争いの発端だったデータチップを誰かが飲み込んで体内に隠していたのが抗争終了時に発覚した事件のこと。燈瑩に現場へ呼ばれた東は転がっている20体程の死体の腹をカッ捌いて、内臓を漁りチップを回収した。
「お腹とかも普通に撃ってたから、チップ割れちゃってたらどうしようと思ったよ」
「俺は胃に留まってくれてなかったらどうしようと思った。腸まで捌くの嫌過ぎぃ」
「どっちもどっちな心配だな」
「てか燈瑩、あん時ウロついてた売人どこ行ったか知らね?持ってたラムネ欲しいんだけどぉ」
「俺は麻薬は専門外だから…でもあのクスリ倦怠感強めじゃない?」
「燈瑩も喰ったのかよ」
「東がどうしてもって言うんだもん」
「だって俺、あれキメたら周りで動いてる物全部蜻蜓に見えちゃってさ!人とか車とか!みんなもそうなんのかなって気になって」
「ぁんだそりゃ…気持ち悪ぃ…で?燈瑩も蜻蜓見えたの?」
「んーん。俺は全部、斯芬克斯になった」
「だいぶマシだな」
「本家に比べたらミニサイズだものね」
「そうじゃねぇよ」
くだらない話をつもらせ、つまみをつつき、吸い殻と空瓶を増やす。泡モノのみでは飽き足らず紹興酒を呷っていた猫がパイプの先で東を示した。
「つかよ。お前も路上でヤク撒いてねぇで漢方屋でも構えろや、暇なんだろ薬中」
「薬中はやめてぇ?」
暇…は、間違ってもいないが…思考しつつ東は新しいボトルに手を伸ばす。
九龍にきた目的を猫や燈瑩に特段語りはしていないものの、なんにせよ、それなりの基盤は整ってきた。そろそろ拠点を作ってもいい頃合かも。スラム街近辺が有力候補かしら。1番好都合なのは───あれやこれや考え、スポンとコルクを抜く。やたらと手元を見てくる燈瑩。不審に感じ、東も視線を追った。張り付いているラベルの表記。
「…あら?」
ドン・ペリニヨン・レゼルヴ・ド・ラベイ。
「嘘ぉ!?たっか!!」
「まいど。ツケとくわ」
「わざと混ぜといたよね!?ズルい!!」
「うるっせぇなトレジャーハント行けや」
「ヤダァ!!」
ピィピィ喚く東から瓶を奪い各人のグラスに注ぎだす猫。静かに爆笑する燈瑩。伝票には既にいくつものゼロが列をなしていたが、夜はまだ、始まったばかりだった。