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九龍懐古  作者: カロン
陰徳陽報
405/492

後宴とユアオフ

陰徳陽報17






「で!(アズマ)さん、超ばっちりキマってたって訳ですよぉ!」

「薬がね、薬が。てゆーか何回目よアンタ?それ話すの」

「わ、私は…聴くの好きだから…」


おやつ時の食肆(レストラン)、バタバタ身振り手振りで解説をする瑪理(マリ)を呆れ顔で眺める(スイ)(ネイ)がオズオズ(あいだ)に入る。


あれからいくばくか経ち、(くだん)のオーナーはどうやら九龍城砦から出て行ったとの噂──と呼ぶには信憑性の高い筋からの情報だったし実際あのフロアは空き店舗になっていたが──を聞いた。イベント(・・・・)が開催しやすい無法地帯を棄てどこへ向かったかというと…なんのことはない、お隣の香港島らしい。

どうも(イツキ)の警告が‘カタコト’だったのが効いたようで、一連(いちれん)の事件は広東語地域の人間の仕業ではない───つまり大陸や台灣の奴らの画策だと支配人は考えた。このまま九龍に居ても再び襲撃に遭ってしまう、されど敵は大陸ないし台灣の者、かといって澳門(マカオ)はまた勢力図が異なる、とくれば、逃亡先は消去法でおのずと香港島側になる。もちろん城砦外ではキチンと警察が機能しているため従来通りのショー(・・・)の運営は厳しくなるが、国家権力が目を光らせていれば逆に我が身も守りやすい。苦渋の決断。


「上手いことやったわね、月餅」

「演技派ですね(イツキ)君も」

「ん?んー…うん…」


(スイ)瑪理(マリ)の賛辞へ曖昧に返す(イツキ)。あの時の喋りは全然そういうつもりではなく、普通に言い淀んだだけだったので。けれど後で聞いたら、アズマ(イツキ)のカタコトを耳にした時点でこの結末を予測し北京語(マンダリン)を使ったとのことだった。商売上の利害関係で九龍(こちら)を目にかけている近隣諸国の黑社會(マフィア)、とでも印象づけば成功。製薬系か売春系か人身売買系か不明瞭だが、そこは好きにとっていただければ別にいい。これなら城塞内の住人は疑われもせず安泰である。(アズマ)の正体も特にバレてはいない様子、‘道中寡黙(かもく)にしてたもんね!’と山田は得意気。物静かな(アズマ)というのは、どうにも不思議な感じだが。


話し終えた瑪理(マリ)は、壁際で紫煙を燻らす藍漣(アイラン)をソワソワと見る。(スイ)もその視線を追った。気付いた藍漣(アイラン)は灰皿で吸い殻を揉み消し、2人に近寄るとワシャワシャと両方の頭を撫でた。


「よしよし。頑張ったな(スイ)瑪理(マリ)

「えへへ…藍漣(アイラン)さんイイ匂いしますねぇ…」

瑪理(アンタ)毎回これ目当てでこの話してんでしょ───ってちょっと!なに姐姐(ジェジェ)の胸に埋まってんのよ、セクハラやめなさいよ!」


藍漣(アイラン)の胸元に顔を(うず)める瑪理(マリ)を押し退()け、腰に抱きつく(スイ)。羨ましそうに見詰めていた(アズマ)藍漣(アイラン)は‘お前は夜にな♡’と悪戯(いたずら)に笑う。白目を剥く妹分。


山田(アンタ)なんて腎臓売っ払ってきたらよかったのに!!」

「やだぁ、提示額低かったもん。売るならもうちょい高値で売りますぅ」


腎臓は相場が意外に高いんだと微妙に方向性のおかしい反論をする(アズマ)の後ろ、厨房から(レン)がオヤツを持って登場。


薑汁撞奶(ミルクプリン)出来ましたよぉ、糖水と芋圓と涼粉も!皆さんどうぞ!」


色とりどりのスイーツをドシドシ卓へ並べ、せっかくのお見送り会なので!と鼻息を荒くする。手厚い歓待を受けて、来週でも再来週でもいつでも戻ってきますよと瑪理(マリ)は照れて頬をかく。


騒動が起きている最中、動物関係の仕事がしたいとの瑪理(マリ)(げん)から(マオ)が市内の知り合い──いつものジジィ、(もと)【酔蝶】オーナー──をあたってくれていた。すると以前瑪理(マリ)が保護した鳥を引き渡した人物が顔見知りに居たらしく、バードガーデン近辺のペットショップの仕事を紹介してもらえたのだ。仕入れた動物には最後まで責任を持つ優良店、顧客からの評判も良い。そしてそれに伴い瑪理(マリ)は城砦を出て新しい職場の近くへ宿を移す運びに。瑪理(マリ)(おこな)ってきた‘慈善事業’については鳥好きのオヤジ連中の(あいだ)で話題になり、愛好家達は孫娘を迎え入れる気分さながらに瑪理(マリ)の到着を待ち侘びているとのこと。


「私の知識なんてまだまだですから、先人の方々に色々ご教授いただかないとですね」


控え目に意気込む瑪理(マリ)


金魚街、花墟道、雀仔街…あの辺りに店を構えたり集ったりしている中高年は、基本的に世話好きだ。ネガティブではあるものの素直で性根が優しい瑪理(マリ)は可愛がってもらえるだろう。そのネガティブさだって、環境を変えてみれば払拭していけるかも知れない。勤め先へと縁を繋いでもらった瑪理(マリ)(マオ)にペコペコ頭を下げたが、‘今回の件で手を借りた礼だからペコペコすんのはやめろ’と怒られた。ついでに‘(マオ)にゃん俺には何お礼してくれるの’と訊ねた(アズマ)はボコボコ殴られたが、ツケが一旦(いったん)チャラになった。だったらもっとツケときゃよかったと(アズマ)は密かに思った。




菓子を食べ終え、名残惜しいので結局夕飯も皆で囲み、食べて、呑んで、酔って転んだ瑪理(マリ)はピンヒールを折り、それがすっ飛んで(アズマ)のデコへ見事に刺さり、(レン)が‘ヒール片っぽじゃ歩けないでしょう’と犬耳のついたサンダルを貸してくれ、さらにダラダラ喋り、日付けがかわる少し前、やっと城砦外の大通りまで数人で見送りに出た。


「お世話になりました。本当に」


言いながらバックパックを背負い直す瑪理(マリ)。送りに来た人間も瑪理(マリ)の荷物も──荷物は所持品ほぼ全てを教会へと寄付したせいだが──少なかった。付き添いは(イツキ)(スイ)(ネイ)の3人だけ。大袈裟な事にはしたくないという瑪理(マリ)たっての希望もあったけれど、まずそもそも大袈裟な引っ越しでは全く無い。九龍と雀仔街など目と鼻の先だ。

それでもやっぱり寂しさを拭えない(ネイ)が、しかし、新たな門出を祝いたい想いとの狭間で気の利いた言葉を選び取れず、瑪理(マリ)の上着をギュッと握る。瑪理(マリ)は微笑んで言った。


(ネイ)ちゃん。ご相談なんですが、私のバイト先で、(ネイ)ちゃんの作った曲をBGMに流してもいいでしょうか?」

「え…その…大丈夫なんですか、私の作った歌なんかで」

「もちろん!とびきり素敵ですよ、(ネイ)ちゃんの曲は!」


はにかむ(ネイ)が頷くと、瑪理(マリ)はおもむろに十字のネックレスを外して(ネイ)の首へとかけた。


「じゃあ、こちら。お代です」


使用料など貰えないと目を丸くする(ネイ)へ、瑪理(マリ)はどうか受け取って欲しいと小さな両手を自分の両手で包む。


「お下がりなんて嬉しくないかも知れませんが…覚えていてほしいんです。いつも、どこにいても、私は(ネイ)ちゃんを応援していると」


まぁすぐ遊びにくるんですけどね、と犬耳のサンダルをパタつかせて(まなじり)をさげる瑪理(マリ)。まごつく(ネイ)の背を(スイ)がポンと叩き、(イツキ)も肩に手を置いた。瑪理(マリ)は‘ありがとう’と()(ネイ)を抱き締め、(スイ)に飛びつこうとして()けられ、(イツキ)とハイタッチを交わすと、的士(タクシー)に乗り込み夜更けの街へ走り去っていった。

テールランプが見えなくなるなり、すぐさま魔窟にUターンする(スイ)


「ほらぁ、ちゃっちゃと食肆(レストラン)戻ろ!(アズマ)姐姐(ジェジェ)置いてきちゃってるから!吉娃娃(チワワ)じゃ番犬になんないもん」

(アズマ)藍漣(アイラン)もそんなに食べないと思うけど」

「料理が残るかどうかの心配してるんじゃあないのよ」


ハンッと片眉を曲げる(スイ)へ首を傾げる(イツキ)。またもや違ったらしい…(スイ)に対しての回答をことごとくハズしてしまうな、俺は…?正解はわからなかったが、とにもかくにもハズレだったので、大人しく(スイ)の跡をついていく。足早に路地を進む(スイ)に腕を引かれる(ネイ)がクスクスと口に手を当てた。




その胸元で。ささやかな願いと約束を(たた)えた十字架が、柔らかに注ぐ黄金色の月明かりを浴びて、淡くあたたかな光を放っていた。

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