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九龍懐古  作者: カロン
陰徳陽報
403/492

テイクバックとイーグルアイ・中

陰徳陽報15






足早に屋上へ。秉燭(へいしょく)、花街のネオン、違法建築スレスレを横切る飛行機。湿度を多分に含んだ空気が流れ、所狭しと無数に並ぶアンテナ群がキシッと揺れた。普段ルーフトップまで足を運ぶことはさほどないのか、瑪理(マリ)が物珍しそうに(へり)から下を覗き込み…高さに(おのの)くとすぐさま(スイ)の傍へ戻ってくる。


(イツキ)の携帯が鳴った。微信(チャット)(アズマ)


「今度は何よモサメガネ」

「‘腎臓えぐれる☆’って」

「は?」


どうやらショーで(アズマ)解体(とりだ)してみせる部位は腎臓に決定した模様。2個あるから1個とっても平気じゃないのと(スイ)、画面には再び踊るメガネのGIFスタンプ。なんか(アズマ)ハイテンションだな…思いつつ(イツキ)は踊る月餅GIFを返す。スマホを仕舞い数回屈伸。


「急ぐけどいい?」

「当ったり前!ナメないでよね!」


(イツキ)の問いに(スイ)は鼻を鳴らし、足首を回すと髪をまとめ直して不格好な魔窟を睨んだ。

日常の買い物や何でも屋の配達バイトなど、(イツキ)が単身で動く際には(ほとん)ど地表を通らないことは(スイ)も織り込み済み。屋上を渡っていく理由は至極単純、‘その方が速いから’。毎回外壁を駆け上がってくるので(マオ)は部屋の窓の鍵を常に開けているらしい。【宵城(あそこ)】のカベをどう登るのかはさておき───この足場であれば、ついていけるはず。(スイ)だって爸爸(パパ)の弟子なんだから。


「負けないからね」

「ん?うん」

「え、あの、屋上通るんですか?早速足手まといで申し訳ないのですが、わっ、私は走れませんよ?」

「うん。俺が走る、掴まってて」


(スイ)の宣言と瑪理(マリ)の発言に頷くやいなや、(イツキ)瑪理(マリ)を横抱きにして駆け出した。フワリと柵を飛び越え隣のルーフトップへ。トタン屋根の上を風の如く過ぎ去り、ジャンプして次のマンションに着地。配水管を斜めに滑り降り、掘っ立て小屋のような家々を抜け、また次のマンションに着地。看板、室外機、ハミ出た鉄骨。あるようでないようなスペースを踏み台に、どんどん目的地へ向かっていく。時折聞こえる瑪理(マリ)の叫び声。


跡を追う(スイ)は歯噛みした。ついてはいける、いけるが、正直ギリギリだ。なのにこれが(イツキ)の最高速ではないことを感じていた。合わせて(・・・・)くれている。現段階でこのスピードなら、本気を出されてしまえばてんで追い付けないだろう。ルートだってそう。(イツキ)1人であれば──例え、瑪理(マリ)を抱えていたとて──もっとキワどい道を進めるに違いない。時折チラチラ後方を振り返る(イツキ)の気遣いが、今は悔しかった。


いくつかエリアを突っ切り富裕層地域。目的の建物のいくらか手前で、あまり目立たない路地を選び地面に降りる。(イツキ)はビルの非常階段の手摺りをスルスル(くだ)り、湿ったアスファルトに足をつけた。瑪理(マリ)を降ろすとワンテンポ遅れて(スイ)も到着。驚きを隠さず述べる(イツキ)


(スイ)、すごいね。めちゃくちゃ速い」


もちろん(スイ)ならやれるとの予想からこの手段にしたのだが、それにしても、思った以上にスムーズな移動が出来た。完全に本音の称賛だったけれど、(スイ)から聞こえた‘まぁね’がどうにも不満気だったので(イツキ)は首を傾げる。いいから行くよと先頭に立ち歩き出す(スイ)の跡を今度は(イツキ)が追った。またも覚束ない足取りで付いてくる瑪理(マリ)、乗り物酔い。


(くだん)の建物は普通のビル。外観から想像するとあまり内部は広そうに見えない、ごくノーマルな1棟。正面入口側には人通りが割合とあり警備員も立っていた。このセキュリティは恐らく常駐、イベントとは関係なさそう…まぁどのみち正面突破は選択肢外。コッソリ裏手を調査。物陰から様子を(うかが)うと、薄暗い道で男が数名、非常口を固めている。こちらはショーの為のガードマンか。タンクトップに三角筋。


「ムキムキですね」

「ヤダってば、あんな筋肉見せつけてるような奴!ゴリマッチョより細マッチョのほうが女子ウケいいに決まってんでしょ」

「私はゴリマッチョ、好きですよ?」

「モサメガネといいゴリマッチョといい趣味合わないわね瑪理(アンタ)とは。早くやっちゃお、イツ…月餅!」

「ん?うん」


(スイ)がつけてきたコードネームへ曖昧(あいまい)に答え、月餅(イツキ)は壁を蹴り宙を舞う。上空からの奇襲へ男達が反応するより早く、手前の輩の脳天に(かかと)がメリ込んだ。続けて身体を半回転させ隣の男の顎へスコンと爪先を掠める。倒れた男達を踏みつけ残りの1人を確認するとそいつは既に(スイ)が地べたへと沈め終わっていて、ヒュンヒュン振られた三節棍がホットパンツから伸びる太腿のホルスターに収められるところだった。


「うわ、強っ!すご!」


瑪理(マリ)は目をパチクリさせた。唖然(あぜん)としてしまいロクな感想が出てこない。(スイ)ちゃんもかなりの身体能力なものの、(イツキ)君は化物か?そもそもここまで人間を手荷物(・・・)として持って走ってきた時点で異常である…(スイ)ちゃんがお泊り会で言った‘いつか(イツキ)倒す!’の謎解明…思い返して(ほう)ける瑪理(マリ)の横、ゴリマッチョ連中の所持品をガサゴソ漁る(イツキ)


「あった、鍵束。とナイフ。いる?」

(スイ)はいらない。瑪理(マリ)に貸しとけば?」

「わかった。はい瑪理(マリ)

「いやいやいや!!私はケンカは、その」

「とりま手ブラよりはいーでしょ」


オタオタする瑪理(マリ)のベルトへ(スイ)は小振りなコンバットナイフを差し込む。扉を開けた(イツキ)が顎で奥を示した。中に入って少し行くと分かれ道、左右をキョロキョロ見ていた瑪理(マリ)が‘あっ’と閃く。


「ここわかります。あっちに行くと地下の店舗のメインエントランスじゃなくて、裏手に繋がる階段があるんですよ。そこ登ったら、店内が見渡せる中2階みたいなところへ出れたはずです」

「へぇ、詳しいじゃん!やるわね!」

「私キャストとして使えなさすぎて…ボーイからも雑用押し付けられて、そういう部分の掃除とかさせられてたんで…」

「アンタまじでどこ行ってもそんななわけ?まぁ今回は役に立ったから良しとしましょ」


(スイ)の評価に瑪理(マリ)は微笑。お馴染みのネガティブさからくるしょうもない経験、だが逆に、それが役に立った。‘役に立った’───ニヤニヤしながら(スイ)に擦り寄る。


「さっきの月餅ってコードネームですか」

「ていうほどのもんじゃないけど、本名呼ぶのも微妙でしょ」

「うふふ、そうですね。そしたら(スイ)ちゃんはシスコンとかでどう痛っ!!」

「なら瑪理(アンタ)はボブね」

「えぇ!!」


言い切らないうちに(はた)かれたうえ変なアダ名をつけられ慌てる瑪理(マリ)。ボブは嫌ですぅ、じゃマーリー、ほぼ本名じゃないですかぁ、などとワチャワチャしながら中2階へ。スタッフオンリーのドアは先程の鍵束でクリア、狭い通路を過ぎると若干(ひら)けた1角に出た。眼下に見えるのはステージ、客席、ひしめき合う人々。ショーは開演前…体勢を低くする3人。


瑪理(マリ)は舞台近くのVIPテーブル、ロージェへ目を凝らし支配人を探す。右奥?居ない。右手前、も居ない。左奥は?


「居ました!アイツ!」


瑪理(マリ)が指したのは褐色で小太りの妙に顔が濃い中年。仕立ての良いスーツを着込み、髪はペッタリ後ろへ撫で付けている。いかにも金持ち(ぜん)。‘前はもっと痩せててこざっぱりしてたんですけどね’と瑪理(マリ)。儲けで私腹(・・)を肥やしているのか。

さて…どうやってアイツに忠告(・・)をするか…。(イツキ)はフロアを眺め、ステージやや斜め上、緞帳(どんちょう)の脇に配電盤を認めて親指を向けた。


「あのさ。あれ壊せないかな」


片眉をあげた(スイ)が、ニヤリとして瑪理(マリ)の腰にくっついたコンバットナイフを叩く。


瑪理(ボブ)、出番よ。これ投げて配電盤(あれ)壊して」

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