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九龍懐古  作者: カロン
陰徳陽報
402/492

テイクバックとイーグルアイ・前

陰徳陽報14






「きた」


イベント当日、宵の口。


食肆(レストラン)で液晶を眺めていた(イツキ)は、短く発するとスマホをテーブルに置いた。四方から微信(チャット)内容を覗き込む面々。(アズマ)が寄越したメッセージに記載されていたのは建物の住所、どうやら祭りはそこの地下で開催されるようだ。顎へ手を当てる(マオ)


「やっぱ富裕層地域だな。あの辺、んなデケェ会場あったか?」


サンプル画像に映っていたフロアはそれなりの広さだった、地下というのだから普段は隠されているのだろうけれど───続けてもう1通受信、〈未找到龍頭(ボスがわからん)〉。断片的な情報を繋ぎ合わせるに、ホールの管理人とイベントを取り仕切っている主催者は同じ人物らしいが…それが誰かまでは判明していない様子。もう1通受信。追加情報かと思いきや、眼鏡に手足の生えた妙ちきりんな生き物が陽気に踊っているGIFスタンプ。全然いらない。(マオ)があからさまにムカついた顔をした。


「あれ?その場所知ってるかもです」


(イツキ)が踊る月餅のGIFスタンプでも返そうかと悩んでいると、ビル名を目に留めた瑪理(マリ)が身を乗り出す。


「SMキャバクラの変なオーナーが使ってた店舗では」

「お前SM(んなトコ)にも居たのかよ」

「フッ、伊達にクビになりまくってる訳じゃありませんよ」

「ドヤんねぇでいいから早く話せ」


炒魷魚(クビ)を得意気に語る瑪理(マリ)へ説明を(うなが)(マオ)。聞くに、瑪理(マリ)は容姿を買われてそのSMキャバクラへ──女王役ではなくあくまで客に酒を注ぐ普通のキャストとして──スカウトされたものの、富裕層地域の客には当然の事ながら医者や金持ちがめっぽう多く、雰囲気に怖気づき上手く対応が出来ず、なかなか馴染めなかったので首を切られたと。‘インテリこわいです’と下唇を出した。


「だけど私がクビになったあと、お店自体もけっこうすぐ畳んだって聞きました。過激さがウリでもあり非難されてもいまして。でもハコは残ってるはずです。もともとショーの為の舞台とかありましたから、ちょっと改装して使ってるんじゃないですか?オーナーも変わらずに」


SM趣味のオーナーは店舗経営者からVIPだけを招待するイベントのオーガナイザーへと華麗に転身したようだ。写真はねぇのかと訊ねる(マオ)瑪理(マリ)は首を横に振り、名前や髪型は変えていると思うけど顔自体にきっと変化は無い…見ればわかるはず…などとブツブツ悩みはじめた。


「どうしましょう私も行けばどの人かお教え出来ますが明らかに足手まといなので(イツキ)君にお手間かけさせる訳にはいきませんしどうにか伝えられる手段はありませんかねでも似顔絵ヘタなんですよね私本当に役立たずですいませんもう玉砕覚悟で共に乗り込んだらいいでしょうか用が済んだらお役御免ですから(イツキ)君は有事の際には私を盾に」

「うぅるっさいわねアンタはグチャグチャと!!(レン)なの!?」

「痛いっ!!」


読経の途中で(スイ)瑪理(マリ)の後頭部へと手刀を喰らわす。(レン)が大層ビックリ及びショッキングな表情をみせるも特にそこへは意識を向けていなかった(スイ)は、‘グジグジしてんのは吉娃娃(チワワ)だけで充分なの’と非情な追い討ちをかまし瑪理(マリ)に詰め寄った。


「行くなら行く!ハッキリしなさいよ!」

「だって…お供が私なんかじゃ荷厄介で…」

「だからぁ。瑪理(アンタ)が行くっていうならさぁ」


まごつく瑪理(マリ)の襟首を両手で掴んで、鼻先をくっつける。やれやれといった雰囲気は全く隠さず、しかし、励ますように告げた。


(スイ)も行ったげる」


そしたらダイジョブでしょ、と強気に放つ(スイ)瑪理(マリ)は目を白黒させる。


「え、いや、でも、そんな」

「大丈夫。(スイ)は頼れる」


東風(いえ)】から持参していた(アズマ)のフーディーをダブダブと羽織りながら返答する(イツキ)(マオ)がクツクツと笑った。


「面倒見いいじゃねーか、(スイ)

「当たり前でしょ猫目(ネコめ)(スイ)姐姐(ジェジェ)の妹なんだから」


得意気に言って、(スイ)藍漣(アイラン)を見やる。紫煙を燻らせつつ一連(いちれん)の流れを見守っていた藍漣(アイラン)は口角を吊り頷いた。


「そうだな。イイ報告楽しみにしてるよ」

「当然!姐姐(ジェジェ)は安心して待ってて!」


(レン)の着ていた上着をガッと()いで袖を通す(スイ)、‘XO醤の匂いがついてませんか’とアワアワする吉娃娃(チワワ)を無視してフードをかぶる。(イツキ)はついでに持ってきておいた(アズマ)のキャップを真理(マリ)の頭へと乗せた。ヅラとまではいかないがフーディーも帽子もささやかな変装だ。入口を出る(イツキ)の後ろ、颯爽と歩き出す(スイ)に手を引かれて瑪理(マリ)も覚束ない足取りで付いていく。


(スイ)


扉を閉める直前、(スイ)藍漣(アイラン)に呼ばれ振り返った。目が合うと藍漣(アイラン)はニッと笑って悪戯に依頼。


(アズマ)のこと、よろしくな♪」


1番頼まれたくなかったお願い。愉しそうな藍漣(アイラン)とは正反対に(スイ)は悲壮な面持ちで数秒固まり、唇をへの字に曲げると、‘交给我(まかせて)’と喉の奥から苦々しく絞り出した。

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