スプラッタと出演オファー
陰徳陽報12
「お前…随分な趣味してんな…」
「違うよ!!」
【東風】カウンター、PCの画面を見詰めて渋面を作る猫へ東はプルプル首を振る。
画面に羅列されている文字は、あまり出来の良くないスプラッタ映画のような宣伝文句。貼り付けられたサンプル画像群にはぼかしがかかっているものの、それらが‘切り取られた身体のどこか’であることは判断がつく。猫の肩越しに覗き込んでいた燈瑩がページをスクロールしいささか不思議そうな顔。
「こんなに取ったら死んじゃわない?」
写真にうつるのは液体漬けの目玉、フックに下がった片腕、調理台へと乗せられた太腿、ウインナーのように盛られた指エトセトラ。肉片以外には血液だけの瓶詰めもあったが。1人から全て取り去った物ではないにしろ、仮にひとつだけだとしたっておいそれと捥いで平然としていられる物でも到底無く。東もスナップを拡大して頬杖。
「直後の処置がだいぶしっかりしてんのかなぁ、イイ器具と医者揃えて。イベントの最中に死なれちゃ盛り下がるから」
イベント。
ハードラックボブ事変から数日、不運なボブが持っていた情報を漁ると、中に面白い話が混じっていた。富裕層地域の医療関係者との繋がりだ。そこから洗っていけば病院関連のバイヤーやコネクションがチラチラと散見。生首うんぬんで治験がうっすら表沙汰になったせいで、此度は製薬会社は引っ込んでいたようだが…代わりに別の医療機関が参戦中なご様子。入れ代わり立ち代わり無法地帯へやってくる烏鴉の群れ。そして探り当てた、招待制のイベント。ネットに載っている紹介ページはチャチな作り。
隅にヒッソリと添えられたリンクをクリックすれば始まる短いムービーでは、モザイク越しでも一定の容姿レベルであることがわかる少女がサックリいっていた。髪をなんて平和な話じゃない。手首。所謂リストカットとも異なる。切り落とすのだ、丸ごと。コロンと転がった白く小さな手指は物好きな観客がその場で落札。購入時、フロアがオークションの様相を呈し、金額が六合彩ばりにつり上がった。歓声。
「酔狂だな」
猫が片眉をあげて紫煙を吐く。
イベントとはこれのこと。金持ちの間で流行っている遊び、ショーといったほうが正しいか。観衆の前でリアルタイムに行われるスプラッタ劇場。解体されたパーツで気に入ったものがあれば即買い取りも可能、下限は1万香港ドルからお気軽にどうぞ。
ボブはもともと医療用大麻を扱っていたらしい、スプライはおおかた精神科処方薬の焼き直し。イベントに携わるようになってからは個人的にも金になる出演者を探し始めた。狙うのはスプライ常習の陰キャ。コントロールが簡単だからだ。ドラッグ依存でも誰かに入れ込んでいるからでもギャンブル狂だからでも何でもいいが、金が欲しい者。そういった人間は大抵交友関係がボロボロなのでネタが漏れたり面倒な事になったりする可能性も低い。というかまぁ───イベントのあとは失血や感染症で死んでしまうので要らぬ心配といえばそうだけれど。運良く生き残ったとして、の場合。
「目の付け所は悪くなかったんじゃね?ボブ」
こういったショーをする場合、演者が女のほうがどうしても映える。見た目が良ければ尚◎。‘エロとグロは儲かるからな’と呆れ顔の城主。
挪亞はもともと明るい性格だったことが幸いした。スプライにもハマらず、それほど金にも困っておらず、友人も多い。舞台に上がるキャストとしては不適格。なのでバラ撒く側に任命されたのであろう。地下格闘に流れているのは、バラ撒き係たちの手からこぼれた文字通りの‘おこぼれ’。他の薬とチャンポンすると相乗効果があるのは──【東風】きってのジャンキーが身を挺して──把握済み。
「花街の綺麗どころ捕まえてたのはボブちゃんが独断でやってたことなのかね」
「かもな。他のシマと揉めたかねぇから、上流階級の奴らは」
腕組みする東に猫は欠伸。
富裕層地域の人間はテリトリー外での行動を避ける傾向にある。ゆえに出演者の選定にも慎重だったはず、されどそれを承知でボブが動き回っていたのは、やはり金銭面での旨味のせいだろう。
このショーは win-win。
演者は解体を魅せる対価として、主催者側からまずまずの額をもらうのだ。出演料。それでも熱狂した観客達から得られる収入と比べれば微々たるもの、元締めのプラマイは大幅にプラ。システムは上々、報酬を設けることにより演者が‘強制’ではなく‘自主的’に参加する為そう騒ぎにもならない。そも、ただでさえ秘密主義で尻尾の掴みづらい富裕層地域の問題───なかなか全容が見えなかったのも頷ける。
「好きでやってんなら本人の自由だけどよ。クスリ流して女ぁ誘うのは良くねぇわ」
ボブが死んだ今、スプライを巡った影響は一定期間収まるだろうが…第2第3のボブは現れる。花街や界隈にちょっかいをかけると痛い目にあう、という噂を流布させてもいいけれど。
「手っ取り早くオーガナイザーに‘警告’出せりゃ楽だな」
「俺行ってこようか。王さんも困ってたし」
テーブルで月餅をパクついていた樹が菓子を持ったまま挙手。‘行ってくる’とは主催者へ直接物申しに向かうということ───な、ものの。続けて首を傾げる樹。
「どこ行けばいい?」
「それなのよ。確実なのはショーの会場な気はするけど、開催場所がわかんないからね」
「燈瑩、富裕層地域の知り合いとかお客さん居ないの」
「居ないことはないけど…この関係者を選んで、そこからイベントに潜り込むってなると時間掛かるかな…」
「あるじゃねーか簡単なヤリかた」
各々の言を聞いていた猫はニタリとすると、パイプの先で東を示した。
「応募しろよ眼鏡。出演者で」
「嘘でしょ?」
慄く東は慌てて燈瑩を指差す。
「俺は映えない!!燈瑩とかでいいじゃん」
「ガタイ的には映えんだろお前」
「顔面が映えないの!!てゆうか女顔がいいなら猫にゃんエントリーすればゴッファ」
言い切らないうちに鳩尾へ重たい猫パンチを喰らい崩れ落ちる東。せっかくボブの時に出動回避したのに…嘆きつつ床へと転がる不運なプッシャーへ降ってくる閻魔の声。
「俺ぁそれなりにツラが売れてるからパス、燈瑩もナリが良過ぎて金に困ってるようにゃ見えねぇよ。お前はジャンキーなんだから信憑性あんだろ。ついでに薬でもギってくりゃ役得じゃねーか」
別に参加者は女性限定というわけでは無い。見目麗しいほうが盛り上がるというだけで、本来、役目を果たしてくれるならば男だって子供だって老人だってなんだっていいのだ。
「…まぁ、じゃあ…行こうかしら…」
はたして役得なのかは甚だ疑問だが、‘ついでに薬でもギってくりゃ’は素敵なキャッチフレーズ。樹が来るなら安全面の保障もなんとかなる。頑張ったらネコちゃんもツケ減らしてくれるだろうし?むしろ今あるやつ1回全部チャラにしてくれてもOKよ?フロアで大の字のまま親指を立てるジャンキー。その手を容赦無く踏んづけて、閻魔はピッと親指を下へと向けた。