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九龍懐古  作者: カロン
陰徳陽報
397/492

ボブとマーリー・後

陰徳陽報11






北金楼。治安が悪いといえば悪い、悪くないと言えば悪くない、半端な1角にあるビル。入居しているのも特筆すべき点はない雀荘。


(マオ)がドアを押して入ると、中にいたギャンブラー達の注目がにわかに集まった。箱はまずまずの広さ、卓数も充分。ヤニで薄茶けた壁に貼ってあるルール表、‘口約束の借金は各々キチンと自分で処理を’。ひとまず店内を見渡してみたが───すぐに視線は最奥の卓へ釘付けに。連れらしき2人と牌を囲む、長めのドレッドヘアで葉巻の浅黒い男。


いやいやいや。あれじゃねーか絶対。露骨にボブ(エム)過ぎる、あそこだけジャマイカの風が吹いてんな。主張が激しい割に(すみ)の席なのは助かるけど…それとも、だからこそ席は(すみ)なのか…。半分どうでもいい事を考えつつ(マオ)が振り返れば燈瑩(トウエイ)は唇を横に結んで天井を仰いでいた。若干揺れている肩、堪らえる笑い。その腹を肘で小突いて、(マオ)はズカズカとドレッドのテーブルへ近寄るとひとつ空いていた椅子へ雑に座って横柄な打診。


三麻(サンマ)じゃしょーがねぇだろ。混ぜろよ」


怪訝な表情のボブとその他2名だったが、‘レート何でもいいぜ’と吐き捨てた(マオ)(ふところ)から500香港ドルの束を出すと眉間の皺を消した。

仲間内3人で打っている卓にピンで突っ込むなんてカモになりに来たようなものだ、よっぽど打ち筋に自信があるのか?金を凝視する男達の疑問はそんなところ。(マオ)(さつ)を指で(はじ)き‘余ってんだわ’とかったるそうに放つ。牌を混ぜて積み込み終わる頃、カウンターでコーヒーを貰っていたらしい燈瑩(トウエイ)がのんびりご到着。手近なソファに腰掛け、愉しそうに場を覗き込んだ。(マオ)も口角を上げると1打目を切る。


摸打の(あいだ)に無駄話。お薦めの裏カジ、お薦めのヘルス、お薦めの────


「クスリは?」


サラッとした(マオ)の問いに反して、どうにも、空気がピリついた。(マオ)は意に介さず打牌しおもむろに煙草をふかす。合ってるっぽいな…眼鏡(アズマ)の見立て…そう踏んで、ドラッグの話題は局と一緒に早々に流した。

ゲームをこなすうち、また、段々とピリつく空気。けれど今度はネタ(・・)のせいではなく。



勝てないせいだ。1戦も。



3人がグルになっているにも(かかわ)らず、1度も(マオ)に勝てない。しかし誰かが大きく負けている訳でもなく、スコアは開始からここまでひたすら横這い。互いにイカサマを仕掛けているのだから文句はいいっこなしだが、こんなに上手く調整されてしまうと…苛立つボブが貧乏揺すり。


(マオ)は後ろで(くつろ)燈瑩(トウエイ)へ煙草の(カラ)パッケージを振る。‘俺ももう無いよ’との声と共に口元へ出された吸い差しを銜えて受け取り、目の前のドレッドを見詰めた。

この男がボブ───は、そうだとして。接した所感、胴元にしちゃ言動が雑魚(ザコ)い。まだ上が居んのか?面倒だな。さしあたり、この場はこんくれぇで切り上げるか。唇の端から煙を吹いて自摸(ツモ)


「俺ぁ抜けるわ、煙草もきれたしな。(あがり)


宣言した(マオ)がさらした手牌は一色雙龍会。驚愕するボブとその他へ(マオ)(わり)ぃねと口先で謝り、人懐っこい笑顔。テキパキ金を回収し腰を上げる。場代を相場の数倍カウンターへ置いて店を出て、(アズマ)微信(チャット)。〈(あたり)〉。いくらかするとホットコーヒーのおかわりを持った燈瑩(トウエイ)が遅れて付いてきた、紙コップから昇る湯気。


「おっせぇよ燈瑩(テメェ)、呑気か」

「ゆっくりしてあげたほうが向こうも追ってきやすいでしょ」

「俺が煙草吸えねぇだろ」

「え、ほんとに持ってないの?」

「お前と違って(マオ)様は正直者なんだよ」

「もう嘘じゃん」


言いながら燈瑩(トウエイ)は上着から新しい箱を出し(マオ)にパス。煙草が無いは卓を抜ける口実…ボブを穏便(・・)デート(・・・)へ誘う為だ。

ダベりつつ歩いて5分かそこら。貧困街区、ひいてはスラム方面へと向かう途中、敢えて選んだ陰気臭い路地裏で足を止めると(マオ)は後ろを見やる。


「お疲れサン。来てくれてどーもね」


声を飛ばす先には予想通りの3人組、ボブと右左(みぎひだり)。ヤツらとしてはイカサマや煽りへの文句等々がメインかも知れないが…こちらとしてはそれはただの餌なので論点ではない。白煙と言葉を吐き出す。


「撒いてんだろ、スプライ。胴元ん奴のこと聞きてぇんだけど。あとなんだっけ、パーティー?イベント?」


ボブの表情が曇る。訊かれたくない(・・・・・・・)話題ということ。スプライを辿りボブまで行き着く相手はまず居ないのだろう、ましてや伏せてあるはずのイベントにヌケヌケ言及してくる一見(いちげん)客などは議論の余地なく厄介者。教えることは無いとの意思表示か、右側の輩がせっかちに殴りかかってきた。

燈瑩(トウエイ)はその足を軽く払う。地面に倒れ込んだ男の側頭部を靴底で踏み付ければ、ペキッと頬骨あたりが折れる音。同時に向かってきていた左側の輩へコーヒーをかけた。目にでも入ったのか普通に熱かっただけなのかは知らないが、男が両手で顔を覆ったので、髪を引っ掴んで真横の石壁にブチ当てる。そのまま50cmほど(こす)ると耳から頬らへんの肉がザリザリ削れ、コンクリートが刷毛(ハケ)でペンキを塗ったように赤くなった。悲鳴をあげる男を地面に捨てると、中身の消えたカップを残念そうに見る。足元に転がった2人にはまるで興味を示さない(マオ)燈瑩(トウエイ)へと肩を竦めた。


「あとで新しいの買ってやるよ。つうか下っ端には用ねぇんだわ、んな詳しく知らねぇんだろ?ボブ以外は」


ボブに視線を移し気怠げに発する。狼狽したボブがゴニョゴニョと何か口走り、(マオ)は羽織の下の脇差しへ手を添え低く唸った。


「ハッキリ喋れっつの。使えねぇんならベロ引っこ抜くか?現世(こっち)で抜くか彼世(あっち)で抜くかの違いだろ」


確かにどっちみち抜くのは閻魔(・・)である。吹き出す燈瑩(トウエイ)の腹を(マオ)が再び肘で小突いた。と、その一瞬(いっしゅん)()を好機と見たのか、ボブが(きびす)を返し路地の向こうへと全力疾走。


「おい待てコラ!」


(マオ)は瞬時に鞘から出した刀をボブへ(ほう)る。太腿にザックリ刺さり、よろけたボブは道の脇のゴミ山の中へツッコんで埋まった。余計な世話かけんなと愚痴りつつボブへ歩み寄る閻魔(マオ)。周りのゴミ袋を少し足でどかし、首根っこを引っ張って起こそうとしたものの───起こせなかった。どこかが引っ掛かっている。燈瑩(トウエイ)も近くへ来た。もう少しゴミ袋をどかす。頭が全部見えた。




ドレッドの(あいだ)から、ニョキッと、細い鉄の棒が生えていた。




建物の外壁よりハミ出した鉄棒がゴミに隠れていた所へ、ちょうど倒れ込んでしまったらしい。ハードラック。左こめかみから反対側まで見事に貫通し、血こそ殆ど出ていなかったが、正直…どう見てもアウトだった。


「はぁ?死んでんじゃねーか!ちゃんと答えて死ねよ!」

(マオ)がやったんでしょ」

「コイツが勝手にコケたんだろ」

「刺したからじゃん」


ニャアニャア文句をつける(マオ)の後ろ、‘死んでんじゃねぇか’に反応したボブの連れ達が慌てて起きあがり逃げ出そうと身を翻す。燈瑩(トウエイ)は振り返りざま、その後頭部をふたつとも撃った。こうなったらもう要らない(・・・・)ので…目撃者は居ないほうが吉。ボブのポケットを(まさぐ)りスマホを拝借。


「まーいいじゃない、本人より携帯(こっち)のほうが喋ってくれるよ」


甘やかに微笑。(マオ)は‘そういうツラは俺じゃなくて瑪理(マーリー)でも(なだ)める時に使え’と茶化し、吸い殻を揉み消すと、小さく喉を鳴らした。

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