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九龍懐古  作者: カロン
陰徳陽報
396/492

ボブとマーリー・前

陰徳陽報10






挪亞(ノア)がくれた情報はスプライを扱う売人達のもの、くわえて、胴元らしき人物の特徴。しかし重要(・・)な役どころの人間は表立った場所には出てこない、挪亞(ノア)に対しても何人かクッションを挟んでいた様子。元締めはどこに潜んでいるのか───彼女から得た話をもとに方々(ほうぼう)より足跡を辿っていく。






挪亞(ノア)ちゃん、新しい(とこ)で頑張るってなったみたいで良かったです」


夕方の食肆(レストラン)、いつものメンツへ花茶を淹れながら瑪理(マリ)()んだ。(カムラ)は首を(かたむ)ける。


「ん…上手く行くかは本人次第やけど…」

「お薬関係のトラブルのことですか?九龍を出れば平気なのでは?」

「あ、いや、色々大変やん新生活っちゅーのは…せやから…」


尋ねる瑪理(マリ)にまごつく(カムラ)。心配したのは、トラブルというより薬をやめられるか否かの部分なのだが…挪亞(ノア)は‘瑪理(マリ)にはジャンキーとは言っていない’とのことだった。返答に窮しオタオタする(カムラ)にそれとなく空気を読んだ瑪理(マリ)は、踏み込まず、‘みんな色々ありますしね’と頷く。


「上手くいくといいな。挪亞(ノア)ちゃんは明るくて、可愛くて、一緒にいると元気になれる素敵な子だから」


その瑪理(マリ)の台詞に、(カムラ)の記憶へ浮かぶ挪亞(ノア)の姿。アタシのどこが良いんだろね。そうボヤいていたが…彼女は、本人が思うより魅力的な女性なのだ。周りの人々を元気づけてくれる明朗さがある。だからこそ、真面目クン(・・・・・)な彼も腕をとったのだろう。同じく‘上手くいくといい’と胸中で願う(カムラ)の隣、(マオ)が気怠そうに首を回した。


「で、いいネタ掴んだんだろ?メガネ」

「どーかしら。ハズレでも怒んないでね、(マオ)にゃん」

「怒んねぇよ」

「殴るけど?」


調理の手を止め厨房から出てきた(アズマ)へ、(マオ)はポワッとパイプの煙を丸く吐き出す。マル、つまり‘正解(なぐる)’。やだぁ…(ネコ)パンチ、なかなか痛いのよね…(アズマ)は唇を尖らせながら解説。


「んとね。あの薬、ジャンルは確かにテンション上がる系なんだけど、どっちかってとメンヘラっぽい子に効きそう」

「っちゅうと…なんや?どないなん」

「普段は軽い雰囲気でも実は病んでますぅ、みたいなタイプのさ。まー、強くなった気になれるっちゃなれるのかな…地下格闘(あっち)の奴らは他とチャンポンして使ってるのかも…あ、成分わりかしイイけど、製薬会社は絡んでないと思う。生首ヤったばっかだし」


(アズマ)の説明に(カムラ)は理解したようなしてないような表情。ぽやんと疑問を口にする。


「よぉ細かい効能わかったやん、自分」

「喰ったもん」

「やろな。聞いた俺がアホやったな」

「身を挺してるの!(いたわ)ってもらえます?」


スンとした目付きの饅頭をあしらい、(アズマ)は話を続行。

先日(おこな)われた酒のイベントで撒かれていなかったのはターゲットが絞りきれないせいと推測。アルコールとドラッグの相性はもちろん抜群なので売り(さば)くだけならどこでも支障は無いが、恐らく陽キャ(・・・)を釣り上げたい訳ではないのだ。ゆえに最初にあたったガールズバーでは概要が掴みづらかった。とはいえ、狙いの獲物が回遊するのはやはりネオン街。餌に食いつき捕まった魚を(おろ)す先───そのなかのひとつがパーティー?


「そっち系統の薬扱ってるルートとスプライのルート照らし合わせて、怪しいヤツ見付けてみた。挪亞(ノア)ちゃんからの情報が役に立ったね♪」

「んじゃそいつ押さえてみっか」


タバコを揉み消す(マオ)の後ろで入り口の扉が開く。振り返った視界に、貴州茅台を持った燈瑩(トウエイ)が映った。


「お?燈瑩(おまえ)良いタイミングで良い(モン)持ってきたな?よこせ」

「え、(レン)君にあげるつもりだったんだけど。老人会で貰ってさ。食肆(みせ)で出すかなって」

「あそぉ。あぁ瑪理(マリ)いらねぇよグラスは、このままいく」

「いきなり全部飲む気じゃん」


カップを用意しようかと動いた瑪理(マリ)を制して酒瓶の封を切る(マオ)は‘会計つけてやりゃいいんだろ’と袖口から札束を抜き、数えもせずテーブルに置いた。燈瑩(トウエイ)はそれをレジスターまで運ぶ途中、所在なさげ───というより挙動不審な瑪理(マリ)の肩を叩く。


「ありがと、座ってて大丈夫だよ」

「ギャッ!!すみません、靚仔(イケメン)(かた)はもう少し離れて!!」


悲鳴とともに飛び退()(アズマ)の後ろへ回り込む瑪理(マリ)、警戒態勢。パチパチまばたきをする燈瑩(トウエイ)へ‘陽キャも近寄っちゃ駄目なんだぜ’と(タクミ)が助言し、‘俺は近寄れる’と(イツキ)がまたもやしたり顔。腕を組んで瞑想する(アズマ)

(イツキ)は無口なだけで陰キャということもないが…てか瑪理(マリ)ちゃん、燈瑩(トウエイ)にはキョドるのに俺には俄然寄ってくるな…やっぱ‘カッコいい’ってのは外見じゃなくてスロとか料理の技術についてですね。いいけどね?俺は藍漣(アイラン)にさえ褒めてもらえればね?


「それに(マオ)にゃんも言われてないし!!」

「なにをだよ」

(マオ)さんは美人なので(わく)が違います」

瑪理(マリ)ちゃん、頭の中読めるのぉ?」


片眉をあげる(マオ)を示してチチッと指を振る瑪理(マリ)、ピィピィ鳴く(アズマ)(マオ)が呆れた視線を投げる。


「いーから、メガネはそのプッシャーの名前と居るトコ教えろ」

「夜ならだいたい北頭道寄りの雀荘。北金楼とかじゃないかしら、名前はボブ(エム)

「は?」

「うははっ!ウケる!麻薬でボブで(エム)って、マーリーの(エム)だろ」

「えっ私ですか」


(アズマ)の回答を聞き返す(マオ)(タクミ)が笑って挟んだ言葉に‘私プッシャーじゃないです’と瑪理(マーリー)は手の平をブンブン振り、違う違うと(タクミ)も手の平を振り返した。


「レゲエのほうじゃね」

「でもレゲエのボブ大哥(アニキ)は大麻でしょ。ボブ(エム)さんったら、ボタニカルとケミカルごっちゃにしないでほしいですぅ」

「ぁんだよフザけた名前使いやがって。ボブ居るか、って訊くのか?」


謎のこだわりをみせる(アズマ)を横目に(マオ)は心底ダルそうなオーラ。閃いた!といわんばかりに(イツキ)が発案。


「じゃあ【宵城(みせ)】のBGM、レゲエに変えよっか」

「したら看板もラスタカラーにしよーぜ」

「くはっ」


‘じゃあ’にはどう足掻いても繋がらない不可思議アイデアに(タクミ)が乗っかり、イメージした燈瑩(トウエイ)が失笑。城主の鋭い眼光が刺さる。


「黙れヤクザ、とっとと行くぞ」

「黙ってたじゃん。ていうかもう行くの?今来たのに」

「良いタイミングつっただろ、どっちみちテメェ呼ぶつもりだったんだわ」


飲みかけの酒瓶を持って立ち上がり顎をしゃくる(マオ)燈瑩(トウエイ)はクスリとし、‘ご指名いただき光栄です’と軽口を叩いて会釈。

もしかしたら行ってこいと蹴り出されるかも知れないと案じていた(アズマ)は、【宵城】の新装飾をどうするかで勝手に盛り上がる(イツキ)(タクミ)を眺めつつ、静かに胸を撫で下ろした。

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