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九龍懐古  作者: カロン
陰徳陽報
395/492

ドタキャンと‘もう1回’・後

陰徳陽報9






「すまん(イツキ)、店案内してもろて」

「んーん。俺も何か食べるつもりだったし」


お昼のピークを過ぎて客足が落ち着いた茶餐廳(チャーチャンテン)、ボックス席。向かい合わせで餐牌(メニュー)に視線を落とす(イツキ)(カムラ)


挪亞(ノア)ちゃん何時に着くの」

「や…もうそろのはずやねんけど…」


早々に西多士(フレンチトースト)蛋撻(エッグタルト)を胃袋に収めシェフお薦めケーキセットを狙っている(イツキ)へ、(カムラ)は歯切れ悪く返答。

挪亞(ノア)の指定した時間がおやつ時だった為、(グルメ)オススメの茶餐廳(チャーチャンテン)で落ち合うことに決めたのだが───まだ彼女の姿は無い。今回は来てくれる、なんて甘い考えだろうか。情報を教えるなどとは方便かも。はぐらかして、店に呼びたいだけかも。けれど…そんな嘘をつくような子だとは感ぜられなかった。経験値の浅い自分が言うのもなんだが。ポツポツ胸中を吐露する(カムラ)(イツキ)はデザートの写真を眺めながら頷く。


(カムラ)がそう思うなら、来るよ。俺も一緒に待つ」

「うん…ありがとうな…」

「時間あるから平気。今日バイト無いし」

「あ、それもそやねんけど、そこやのうて」


キョトンとする(イツキ)(カムラ)は少し笑う。


自分が感じただけのこの上なく不確かな印象を、肯定し支持してくれる。仮に挪亞(ノア)が現れなかったとしても(イツキ)は特に何も言わないし、次回も(とも)に待ってくれさえするだろう。‘(カムラ)がそう思うなら’と。その当たり前の何気なさがいつも嬉しいのだ…そう(カムラ)が説明づける前に、入り口のドアを押して挪亞(ノア)が店内へ入ってきた。すぐに(カムラ)を見つけ同じテーブルへ着席すると(イツキ)と軽く挨拶を交わし‘遅くなってごめん’と謝罪。


「来ないと思ったでしょ」

「思わへんかったよ」

「嘘だぁ」

「ほんと。(カムラ)、来てくれるって信じてた」


(イツキ)が挟んだ台詞に挪亞(ノア)は瞳を丸くして、‘(カムラ)くんマジで優しいね’と微笑。抑えたトーンで話始める。


「昨日来られなかったのは…プッシャーからドラッグ買ってたからなんだよね。手持ちのやつ全部ヤっちゃって、どーしよもなくて。アタシ、ジャンキーだから…」


乾いた笑い。(カムラ)は震えていた腕を思い出し、そうかと相槌を打つだけにとどめた。


「アタシのことって、前のお店の誰から聞いたの?瑪理(マリ)ちゃんとか?」

「え?ん…ちゃう、とも…言えやんけど」

「あははっ!(カムラ)くん正直過ぎ!」


手を叩いて笑う挪亞(ノア)は‘アタシ瑪理(マリ)ちゃん割と好きだったよ’と口角をあげる。


(カムラ)くんが探してるのってスプライだよね。あれ、パーティードラッグはパーティードラッグなんだけど、ちょっと()なの」

「変?」

「いっぱい使ってるとマジでパーティー?イベント?に誘われるんだって。噂があるの」


意味がよくわからない。頭上へはてなマークを出す(カムラ)へ肩を竦める挪亞(ノア)


「アタシもよくわかんなくて。バラ撒いてるだけだし…けどバラ撒くだけで結構イイお金貰えるんだ、胴元の人に。その人は詳しく知ってるみたい。(カムラ)くん達がなんかさぐってるなら、どんな人か教えてあげよっか。でも」


踏み込むなら危ないよ。そう呟いてうつむく彼女は、続けて、言っちゃったからアタシも危ないかもと零す。


「ほんとは迷ってたんだよね、話すの。仕入れ先のこととかイベントのこととか、やっぱそーゆーのって、秘密みたいだから。裏関係のトラブルで追い込みかけられちゃった子とかもいたし」

「せやったらなんで俺らに()うてくれてん」

「んー…そっちは全部断ち切って?真面目にやるのもいいなぁって。(カムラ)くん見てたら」


挪亞(ノア)は注文した紅茶をストローでかき回し、中の檸檬をガシガシ潰す。


「前からさ。九龍(ここ)を出て、新しい(とこ)で頑張ろってゆってくれてる人が居るんだよね。彼氏じゃないけど。付き合うのはアタシが断ってるの、こんなジャンキーなのにマトモな暮らしなんて出来ないもん。でも、俺が支えるからって。やり直せるから2人でやってみようって。アタシは‘無理だよ’ってゆっててさ、ずっと。(カムラ)くんみたいな真面目クンなんだぁその人。アタシのどこが()んだろね」


ピッチの上がった口調。かき回された檸檬茶(レモンティー)のグラスの中を、果肉と種がフワフワ泳ぐ。


「アタシ、(ドラッグ)やめらんないの。何回もやめようとしたことあったけど駄目だった。結局買っちゃうの。だから、勇気出ないの。また駄目なんだろなって思っちゃうの。親もそんなよーな揉め事で死んじゃってるし、もぉ、アタシもどーせそんな感じなんだなって。瑪理(マリ)ちゃんてさ、こーやってアタシがウジウジ…ジャンキーなことはゆってないけどさ。とにかくウジウジしてると、気にかけてくれるんだよね。‘私ネガティブなんで気持ちわかりますぅ’とかって。嬉しかったなぁ…」


───どうしたらいいんだろ。聞き取れないほど微かに発した挪亞(ノア)、その横顔を見やり(カムラ)は思案。出会った際の‘真面目クン、嫌いじゃないんだぁ’及び、昨日の質問の意図はこれか…自分が()のあるアドバイスを出来るということもないが…携帯にブラ下がる深藍(あお)い毛むくじゃらのストラップを(いじ)る。相も変わらずケタケタと愉しげなスマイル。(しばら)く考え、口を開いた。


「行ったらええんとちゃうか」


振り向いた彼女と真っ直ぐ目線を合わせる。


「何回失敗してしもても…次は成功するかもせん。上手くやれるかもせん。やり直せるかもせん。諦めんかったら、ちょっとずつでも前に進める。もう1回やってみよか、て気持ちがあんなら、行ったらええと俺は思うで」


挪亞(ノア)が唇を噛み、でも、と瞼を伏せた。


「そんなのズルくないかな。アタシだけさ。イイヒト見つかったからってホイホイついてって。今まで一緒に馬鹿やってきた友達とか九龍(ここ)のこととか捨ててさ」

「そんなことない。そんな風には思わない」


(イツキ)が即座に反応し、ハッキリと言い切る。わずかに驚く(カムラ)の正面、挪亞(ノア)と同じく目を伏せた。

あの時───(シュウ)の出来事があった時、(アズマ)が言ってくれた事だった。皆それぞれの過去があり現在(いま)があり未来がある。今まで選んできた、そして、これから選んでいく選択肢は、自分だけのものなのだ。視線を上げて言葉を紡ぐ。


「もしそう思う人が居たとしても、きっと…わかってくれる」


もしも…怒りをぶつけてくる人が居たとしても。わかり合いたいと願い、心を尽くせば…届くはず。届いた、はず。そう信じている。


老豆(パパ)も、‘誰でも受け入れてくれて出ていくなら足も引かないのが九龍だ’って」

老豆(パパ)(イツキ)のお()んが言うててん?(うせ)やんいつ()うたん、平気やったんか」

「あ、(チャン)おじちゃんのこと」

「なんやねん!ビビったわ!俺も老豆(パパ)て呼ぼかな」


(イツキ)(カムラ)のやりとりを目で追う挪亞(ノア)が、そのホンワカした雰囲気に緊張を和らげた。彼女へ‘大丈夫だ’と眼差しで訴える(イツキ)挪亞(ノア)は、噛み締めた唇をほどいて笑みを浮かべる。


「ありがと(カムラ)くん、(イツキ)くん。アタシ…頑張ってみるね…もう1回」


いくらか朗らかな表情。(イツキ)は追加の蛋撻(エッグタルト)を半分に割って差し出す。それを受け取り笑う彼女へ、(カムラ)も‘おおきに’と笑顔を返した。

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