表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
九龍懐古  作者: カロン
陰徳陽報
394/492

ドタキャンと‘もう1回’・前

陰徳陽報8






ネオンの(とも)り始めた花街。




メイン通りから離れて、ちんまりした広場。ベンチにぽつねんと座る(カムラ)は独り言。


「…()やんな…」



待ち合わせに挪亞(ノア)が来ない。



仕事前に時間取ってくれるて言うとったけど。微信(チャット)が返ってこん、既読もつかん。昨日までやり取り出来ててんから安心しとったが…ドタキャンかな、これは…どないしよ。店に行ってみよか?ウザいやろか。でも話ぃ聞かんとやし。困った。

悩みながら1時間、1時間半、2時間。押し掛ける形になるため気は進まなかったものの、他の手立ても無いのでやむなく馨檳大廈へ足を向ける。


階段を登って4階、ネオンの電飾がついた扉を(ひら)けばブースの中に前回とは違う受付係。在籍の女の子のパネル、ショコラは出勤───してる。しとるやん。すぐに(はい)れますよとのスタッフの(げん)(カムラ)は迷った末、指名。仕切られた小部屋へ赴きカーテンを引く。


「こんにち───…っ…!」


現れた顔に挪亞(ノア)は挨拶を途中でやめ、目を見開き、それからバツの悪そうな表情。(カムラ)は彼女が二の句を継ぐよりも先に‘来てもうてすまん’と謝った。


「ううん、アタシこそごめん」


うつむく挪亞(ノア)。その腕はなぜか震えている。空調きき過ぎててんか?そない寒いゆうことも無い気ぃするけど…寒ないのは俺が太っちょやからなんか…思いつつ(カムラ)は、ベッドで縮こまる彼女の肩へストールを羽織らせる。か細い挪亞(ノア)の声。


「アタシ、待ち合わせ行くつもりだったよ。ほんとに行くつもりで…ほんとごめん…」

「気にせんでええよ、俺も大人しく待っとったら良かってんけど。なんかあったんか思て心配してしもて」

「んーん…すっぽかしたみたいになっちゃったから、既読つけづらくなっちゃったの…」

「さよか。うん、わかるで。あるわなそういうことも」

「やさしーね」


優しいというよりはいつもの過保護が出てしまっているせいだが…(カムラ)は曖昧な返事をし、立っているのもなんなので、さしむきベッドの端に着座。適切な距離感。けれど、そんな心境はガン無視の挪亞(ノア)一瞬(いっしゅん)でピッタリと身体を寄せてきた。押し付けられるたわわな乳房。さっそくテンパる(カムラ)の腕をガッチリ掴んで甘えた目付き。


「ね。ね。今日はさ、プレイしてくよね」

「いや、やらんやらん!やらんよ!」

「せっかくきたのに?」

「ええねん話聞かせてくれれば」

(ここ)じゃ話しづらいもん。だからとりあえずさ?しよ?」 

「いやいやいや!挪亞(ノア)ちゃんやって仕事やし、やりたいわけちゃうねんから。な?前も言うたやん」

「アタシじゃ不満ってことなの」

「ちゃうちゃうちゃうちゃう」

「ならいーでしょ」

「それもちゃう!ほんま気ぃ遣わんでや!」


視線がカチ合って、静寂。近隣のブースから漏れる芝居がかった喘ぎ声に気まずさだけが加速する。と、突然立ち上がった挪亞(ノア)(カムラ)へタックルの如き勢いで抱きついた。受け止めきれずそのままマットレスへ倒された(カムラ)の鼻先に迫る童顔。ほんのり紅い唇の(あいだ)から覗く八重歯、口元の黒子(ホクロ)


「じゃ───(カムラ)くんとマジでヤりたい。って思ってたらヤってくれんの?」


安っぽいペラペラの寝具の下、安っぽいスチールの骨組みが軋んだ。また静寂。薄暗い部屋に途切れ途切れに響く古臭い店内BGM、AVさながらの喘ぎ声。動くに動けず真顔でフリーズしている(カムラ)とのにらめっこに負けた挪亞(ノア)がふきだした。


「っ、あはははは!嘘だよ!超からかいがいあるね!」


体勢を変え、(カムラ)の隣へ仰向けに寝転ぶ。(カムラ)はとてつもなく長い溜め息を吐くと、‘せやろ’と喉の奥からしぼり出した。ひとしきり笑った挪亞(ノア)が目尻の涙を指で拭いつつ(カムラ)へ向き直る。


「ほんと、真面目クンだぁ。なんでそんなに一生懸命なの?」

「すまんな…必死さ見えてしもて…もっとスマートにやれたらええんやけど。ダサいんは見逃してもろてええか」


再度溜め息を吐き、ひとつずつコツコツやるしかないからと(カムラ)。器用でもなく、要領が良くもなく、口も上手くない。ならばせめて誠実に。嘘をつかず直向(ひたむ)きに。そうすれば応えてくれる人は必ずいる───返答を静かに聞いていた挪亞(ノア)がゆっくりと発した。


「損しちゃわない?今日もそうだし…嫌じゃん、損したら…」


それは(カムラ)に向けての発言だったが、どこか、異なるニュアンスを含んでいた。(カムラ)は唸って腕を組む。


「まぁ、損せんて()うたら嘘やけど。(かめ)へんねん別に。俺がやりたくてやってんから」


バカをみてもいい。損や得の問題でもない。自分に出来ることを精一杯やりたい。モニュモニュ言って‘つまらない事を喋り過ぎた’と頬を掻く(カムラ)へ、挪亞(ノア)は小さく懇望。


「明日さ。もっかい待ち合わせしよ?外で。必ず行く。絶対、絶対に行くから。お願い」


(カムラ)が首を向けると彼女は両の(てのひら)を合わせ、お願い、と繰り返す。逡巡の(のち)、提案を了承する(カムラ)。安心したように目尻を下げる挪亞(ノア)といくらか世間話をし、此度(こたび)もたっぷりと時間を残して退店。受付係は何も訊いてこなかった、得la(よし)得la(よし)…‘早く終わった’言うんは恥ずかしいからな…スマホに集中するフリでそそくさとビルを(あと)に。






そして翌日。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ