まじないとお泊り会・後
陰徳陽報7
「めちゃくちゃ買ってきたわね匠」
「〈彗の家みんなお願い月餅〉みたいな微信きたから」
玄関のドアを開けた彗の呟きへ、パンパンに月餅が詰まった袋を両手に提げた匠が首を傾げる。
奥から見ていた樹はショモっと申し訳なさそうな顔。よかれと思いプラスしたオマケの絵文字がこんな事になるなんて…お代を払わねば…考えつつポケットの財布へ伸ばしかけた手に匠は月餅を2袋とも預け、‘いいよ土産だし’と笑う。樹は蓮に持たされた龍蝦料理の1番美味しい部分は匠に取り分けてあげようと決めた。
食事をつつき、ダーツで遊び、チビチビ酒を呷りながら無駄話。チビチビどころではなくガブガブと青島を喉に流し込む瑪理が瓶底をテーブルへと叩きつける。
「いいなぁ【東風】の皆さんは!!優しくて楽しくて…陰キャには眩し過ぎる…ううっ」
「なんなの瑪理、泣き上戸?」
匠に近距離から覗き込まれた瑪理はギャアと叫んで両腕を眼前でクロス。
「やめてください、オーラで焼け死ぬ!!陽キャの方はもう少し離れて!!」
「えっごめん」
「そんなこと言ったらウチら全員近寄れなくなるでしょ」
予想外の言い分に謝る匠とハンッと鼻を鳴らす彗。樹は‘俺は近寄れるはず’としたり顔、寧が‘私もです’と便乗し、2人の眼差しを受けた彗はハの字眉。
「いや、そこは胸張れることでもないのよ」
「どうしてですか!?陰キャは胸張っちゃいけないっていうんですか!?」
「そーじゃなくて!喚かないで瑪理、面倒ねアンタ!」
「すみませんでした嫌わないで下さいうっ、う…うぁぁん…」
「泣くな!」
律儀に距離を保って手酌する匠からボトルを引ったくった彗は、ベソつく瑪理のグラスへ酒を注ぐ。
「元気出しなさいよ。アンタ美人なんだから、って姐姐も褒めてたじゃん」
「見間違いでしょうそんなの…美人さんは藍漣さんです…」
「それはそうだけど」
「ですよねそうですよね見間違いですよね」
「え?そこに同意したんじゃないわよ!」
「すみませんでした獅子山にでも埋まってきますうっ、う…うぁぁん…」
「泣くな!」
やり取りを聞いていた大地が、ドリンクの缶底を瑪理と同じくテーブルに叩きつけた。
「そぉゆうときはぁ、イッキだよイッキ!!呑んで忘れるの!!」
拳を天井へと突き上げ声を張る。彗は大地が握り締めている飲みかけの缶へ視線を移し…ラベルに度数の表示を発見。お酒だ、あれ。ジュースっぽいイラストのせいで間違えたな大地?
「大地まで酔ってんじゃん」
「酔ってないよぉウフフフ」
「酔っ払いは大体酔ってないっていうのよ」
大地の鼻を指で弾き、弾いた指で今度は寧をさす彗。
「寧、膝でも貸してやったら」
「え!?いややややそそそそれは!!」
「そーだよ、足痺れちゃうもんねぇ…肩借りよっかな…」
首をブンブン振る寧に若干ズレた同意をしつつ、大地は肩に頭を乗せた。カチコチ固まる寧。瑪理が‘青春’、と茶化し口笛を鳴らす。
「私も彗ちゃんの膝借りてもいですかねぇ、ちょっとだけでいいんで。膝の先だけで」
「セクハラオヤジか」
こちらの鼻も指で弾き、‘寝るなら布団に行け’と寝室をさす彗。大地からは既に寝息。メソメソやりつつ寝床へ這っていく瑪理の後ろ姿に‘月餅とっておくから明日食べて’と樹が親切心を投げた。
時計の短針がてっぺんを越えた頃。大地をソファベッドへと運び、雑談を交わす樹と匠をリビングに残して、寧も瑪理の隣へソロソロと潜り込む。瑪理が密やかな声を出した。
「お開きですか?」
「あ…ごめんなさい、起こしちゃった…」
「起きてましたよ」
慌てる寧へ瑪理はクスリと笑うとおもむろに髪をかきあげる。アンニュイな雰囲気が煽情的で、寧はその仕草を凝視。小首を捻る瑪理。
「どうしました?」
「や…瑪理さん綺麗だなぁって…」
「そんなことないでしょう。みんな優しいですね、ほんとに」
「そんなことありますよ」
「だとしても…中身がこれじゃあ…」
寝返りをうち、弱々しい笑み。
「上手くいかないんですよ、何をやっても。能力が無いんでしょうね。小さい頃から、ひとつも成功した試しがなかったな…親にもドヤされてばっかりで…‘使えない子’って」
怒られないように。嫌われないように。穏便に済ませられるように。下手に出れば、罵倒されても我慢すれば、周りの機嫌を損ねなければ…平穏なのだ、この世は。仕方がない。私が駄目な人間だから。出来が悪いから。要らない子だから。
────要らない子。寧は黙って瑪理の横顔を見やる。
過去の自分と、重なるところがあった。
「まぁた暗くなってんの?瑪理は」
シャワーを終えてやってきた彗がバフッと掛け布団へダイブし、明るい話しなさいよと枕を抱えた。口籠る瑪理に寧が助け舟、たどたどしく会話を繋げる。
「えと、あの…私は、音楽が好きで…将来、曲とか歌とか、作りたいんです。瑪理さんは何が好きですか?」
「ん、うーん…動物ですかね。捨てられちゃってる子とか叩き売りされちゃってる子とか、そういう子を拾ったり買ったりして…ちゃんと面倒を見てくれる、欲しがってる人のところに届けたりしてるんですよ。自己満足だけど」
お給料は大体そのへんに使っちゃってますと眉を下げた。彗がニヤリと笑う。
「いーヤツじゃん、アンタ」
「自己満足ですって。でも…動物関係、の…仕事が出来たらいいな、とは思います。思ってるだけなんですが」
「出来ますよ!」
気弱な瑪理の返答に寧が息を巻く。ピッと立てた小指を瑪理へと差し出した。
「おまじないです。お互いに、やりたいことが叶うように」
自信の無さから返答しあぐねている瑪理の手を布団を弄り引っ張り出した彗が、‘じゃあ彗はもっと強くなっていつか樹倒す!’と宣言し無理矢理3人の指を絡める。リビングから聞こえる樹のクシャミ。
小さな約束と、小さな笑い声が、湿度の高い城砦の風に乗って、フワフワと温かく部屋を流れた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「飲んだ飲んだ♪気分イイな♪」
夜更けの【東風】、イベント帰りで上機嫌な藍漣が東のベッドへと転がる。鼻歌交じり。パーカーを脱いで洗濯カゴに放る東は、煙草へ火を点け紫煙を燻らす藍漣に問い掛けた。
「お腹空いた?ツマミくらいしか食べてないし夜食作ろうか?」
「んー…そうだな…てか、パーティードラッグが流行ってるんだろ。けど今日の会場では撒かれてなかったんじゃないか」
「俺も思った。方向性が違うのかねぇ。まぁ明日あたり、またカムカムが例の女の子と会うみたいだから何かわかるでしょ」
「瑪理ちゃんの友達だっけ」
「そうそう」
東もマットレスへ腰を下ろし、藍漣の指に挟まる煙草をかすめ取る。ひとくちふかして形の良い唇へと返した。その手の平を掴んだ藍漣は、グッと腕を引っ張り東を自分の上に引き倒す。
「瑪理ちゃん、‘東さんカッコいい’って」
「外見じゃなくてスロの腕ね…藍漣も思ってないじゃない…」
「思ってないとは言ってないよ」
藍漣の台詞に、東は食肆での会話を反芻。確かに‘思ってない’とは言ってない。‘言ってない’と言っただけで。
「超カッコいいぜ?ウチ的には」
いうが早いか藍漣は身体をクルリと半転させ東を組み敷いた。眼鏡を取りさり枕元に置くと、吸い差しの紙巻きを灰皿で潰し、素面の目元を撫でて顔を近づける。サラサラした黒髪が東の頬にかかった。唇を重ねたまま借問。
「東は腹減ってんの」
「そんなでも」
「だったら」
シャツのボタンを外して囁く。
「デザートにしたらどうだ?」
悪戯な笑みに、東も破顔。‘そうね’と頷くと細い腰を抱き寄せる。豪華で素敵なデザートは甘ったるいラムの香り。回る酔いと回らない思考、すべてをアルコールのせいにして、仄白く滑らかなうなじに口付けながらベッドサイドの灯りを落とした。




