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九龍懐古  作者: カロン
陰徳陽報
393/492

まじないとお泊り会・後

陰徳陽報7






「めちゃくちゃ買ってきたわね(アンタ)

「〈(スイ)の家みんなお願い月餅〉みたいな微信(チャット)きたから」


玄関のドアを開けた(スイ)の呟きへ、パンパンに月餅が詰まった袋を両手に提げた(タクミ)が首を傾げる。

奥から見ていた(イツキ)はショモっと申し訳なさそうな顔。よかれと思いプラスしたオマケの絵文字がこんな事になるなんて…お代を払わねば…考えつつポケットの財布へ伸ばしかけた手に(タクミ)は月餅を2袋とも預け、‘いいよ土産(みやげ)だし’と笑う。(イツキ)(レン)に持たされた龍蝦(ロブスター)料理の1番美味しい部分は(タクミ)に取り分けてあげようと決めた。


食事をつつき、ダーツで遊び、チビチビ酒を呷りながら無駄話。チビチビどころではなくガブガブと青島を喉に流し込む瑪理(マリ)が瓶底をテーブルへと叩きつける。


「いいなぁ【東風】の皆さんは!!優しくて楽しくて…陰キャには眩し過ぎる…ううっ」

「なんなの瑪理(おまえ)、泣き上戸?」


(タクミ)に近距離から覗き込まれた瑪理(マリ)はギャアと叫んで両腕を眼前でクロス。


「やめてください、オーラで焼け死ぬ!!陽キャの(かた)はもう少し離れて!!」

「えっごめん」

「そんなこと言ったらウチら全員近寄れなくなるでしょ」


予想外の言い分に謝る(タクミ)とハンッと鼻を鳴らす(スイ)(イツキ)は‘俺は近寄れるはず’としたり顔、(ネイ)が‘私もです’と便乗し、2人の眼差しを受けた(スイ)はハの字眉。


「いや、そこは胸張れることでもないのよ」

「どうしてですか!?陰キャは胸張っちゃいけないっていうんですか!?」

「そーじゃなくて!喚かないで瑪理(マリ)、面倒ねアンタ!」

「すみませんでした嫌わないで下さいうっ、う…うぁぁん…」

「泣くな!」


律儀に距離を(たも)って手酌する(ようキャ)からボトルを引ったくった(スイ)は、ベソつく瑪理(いんキャ)のグラスへ酒を()ぐ。


「元気出しなさいよ。アンタ美人なんだから、って姐姐(ジェジェ)も褒めてたじゃん」

「見間違いでしょうそんなの…美人さんは藍漣(アイラン)さんです…」

「それはそうだけど」

「ですよねそうですよね見間違いですよね」

「え?そこに同意したんじゃないわよ!」

「すみませんでした獅子山(ライオンロック)にでも埋まってきますうっ、う…うぁぁん…」

「泣くな!」


やり取りを聞いていた大地(ダイチ)が、ドリンクの缶底を瑪理(マリ)と同じくテーブルに叩きつけた。


「そぉゆうときはぁ、イッキだよイッキ!!呑んで忘れるの!!」


拳を天井へと突き上げ声を張る。(スイ)大地(ダイチ)が握り締めている飲みかけの缶へ視線を移し…ラベルに度数(・・)の表示を発見。お酒だ、あれ。ジュースっぽいイラストのせいで間違えたな大地(コイツ)


大地(ダイチ)まで酔ってんじゃん」

「酔ってないよぉウフフフ」

「酔っ払いは大体酔ってないっていうのよ」


大地(ダイチ)の鼻を指で(はじ)き、(はじ)いた指で今度は(ネイ)をさす(スイ)


(ネイ)、膝でも貸してやったら」

「え!?いややややそそそそれは!!」

「そーだよ、足痺れちゃうもんねぇ…肩借りよっかな…」


首をブンブン振る(ネイ)に若干ズレた同意をしつつ、大地(ダイチ)は肩に頭を乗せた。カチコチ固まる(ネイ)瑪理(マリ)が‘青春(せいしゅぅん)’、と茶化し口笛を鳴らす。


「私も(スイ)ちゃんの膝借りてもいですかねぇ、ちょっとだけでいいんで。膝の先だけで」

「セクハラオヤジか」


こちらの鼻も指で(はじ)き、‘寝るなら布団に行け’と寝室をさす(スイ)大地(ダイチ)からは既に寝息。メソメソやりつつ寝床へ這っていく瑪理(マリ)の後ろ姿に‘月餅とっておくから明日食べて’と(イツキ)が親切心を投げた。




時計の短針がてっぺんを越えた頃。大地(ダイチ)をソファベッドへと運び、雑談を交わす(イツキ)(タクミ)をリビングに残して、(ネイ)瑪理(マリ)の隣へソロソロと潜り込む。瑪理(マリ)(ひそ)やかな声を出した。


「お開きですか?」

「あ…ごめんなさい、起こしちゃった…」

「起きてましたよ」


慌てる(ネイ)瑪理(マリ)はクスリと笑うとおもむろに髪をかきあげる。アンニュイな雰囲気が煽情的で、(ネイ)はその仕草を凝視。小首を捻る瑪理(マリ)


「どうしました?」

「や…瑪理(マリ)さん綺麗だなぁって…」

「そんなことないでしょう。みんな優しいですね、ほんとに」

「そんなことありますよ」

「だとしても…中身がこれじゃあ…」


寝返りをうち、弱々しい()み。


「上手くいかないんですよ、何をやっても。能力が無いんでしょうね。小さい頃から、ひとつも成功した試しがなかったな…親にもドヤされてばっかりで…‘使えない子’って」


怒られないように。嫌われないように。穏便に済ませられるように。下手(したて)に出れば、罵倒されても我慢すれば、周りの機嫌を損ねなければ…平穏なのだ、この世は。仕方がない。私が駄目な人間だから。出来が悪いから。要らない子だから。


────要らない子。(ネイ)は黙って瑪理(マリ)の横顔を見やる。




過去の自分と、重なるところがあった。




「まぁた暗くなってんの?瑪理(マリ)は」


シャワーを終えてやってきた(スイ)がバフッと掛け布団へダイブし、明るい話しなさいよと枕を抱えた。口籠る瑪理(マリ)(ネイ)が助け舟、たどたどしく会話を繋げる。


「えと、あの…私は、音楽が好きで…将来、曲とか歌とか、作りたいんです。瑪理(マリ)さんは何が好きですか?」

「ん、うーん…動物ですかね。捨てられちゃってる子とか叩き売りされちゃってる子とか、そういう子を拾ったり買ったりして…ちゃんと面倒を見てくれる、欲しがってる人のところに届けたりしてるんですよ。自己満足だけど」


お給料は大体そのへんに使っちゃってますと眉を下げた。(スイ)がニヤリと笑う。


「いーヤツじゃん、アンタ」

「自己満足ですって。でも…動物関係、の…仕事が出来たらいいな、とは思います。思ってるだけなんですが」

「出来ますよ!」


気弱な瑪理(マリ)の返答に(ネイ)が息を巻く。ピッと立てた小指を瑪理(マリ)へと差し出した。


「おまじないです。お互いに、やりたいことが叶うように」


自信の無さから返答しあぐねている瑪理(マリ)の手を布団を(まさぐ)り引っ張り出した(スイ)が、‘じゃあ(スイ)はもっと強くなっていつか(イツキ)倒す!’と宣言し無理矢理3人の指を絡める。リビングから聞こえる(イツキ)のクシャミ。


小さな約束と、小さな笑い声が、湿度の高い城砦の風に乗って、フワフワと温かく部屋を流れた。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






「飲んだ飲んだ♪気分イイな♪」


夜更けの【東風】、イベント帰りで上機嫌な藍漣(アイラン)(アズマ)のベッドへと転がる。鼻歌交じり。パーカーを脱いで洗濯カゴに放る(アズマ)は、煙草へ火を点け紫煙を燻らす藍漣(アイラン)に問い掛けた。


「お腹空いた?ツマミくらいしか食べてないし夜食作ろうか?」

「んー…そうだな…てか、パーティードラッグが流行ってるんだろ。けど今日の会場では撒かれてなかったんじゃないか」

「俺も思った。方向性が違うのかねぇ。まぁ明日あたり、またカムカムが例の女の子と会うみたいだから何かわかるでしょ」

瑪理(マリ)ちゃんの友達だっけ」

「そうそう」


(アズマ)もマットレスへ腰を下ろし、藍漣(アイラン)の指に挟まる煙草をかすめ取る。ひとくちふかして形の良い唇へと返した。その手の平を掴んだ藍漣(アイラン)は、グッと腕を引っ張り(アズマ)を自分の上に引き倒す。


瑪理(マリ)ちゃん、‘(アズマ)さんカッコいい’って」

「外見じゃなくてスロの腕ね…藍漣(おまえ)も思ってないじゃない…」

「思ってないとは言ってないよ」


藍漣(アイラン)の台詞に、(アズマ)食肆(レストラン)での会話を反芻(はんすう)。確かに‘思ってない’とは言ってない。‘言ってない’と言っただけで。


「超カッコいいぜ?ウチ的には」


いうが早いか藍漣(アイラン)は身体をクルリと半転させ(アズマ)を組み敷いた。眼鏡を取りさり枕元に置くと、吸い差しの紙巻きを灰皿で潰し、素面の目元を撫でて顔を近づける。サラサラした黒髪が(アズマ)の頬にかかった。唇を重ねたまま借問(しゃもん)


(おまえ)は腹減ってんの」

「そんなでも」

「だったら」


シャツのボタンを外して囁く。


「デザートにしたらどうだ?」


悪戯な()みに、(アズマ)も破顔。‘そうね’と頷くと細い腰を抱き寄せる。豪華で素敵なデザートは甘ったるいラムの香り。回る酔いと回らない思考、すべてをアルコールのせいにして、仄白く滑らかなうなじに口付けながらベッドサイドの灯りを落とした。

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