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九龍懐古  作者: カロン
陰徳陽報
392/492

まじないとお泊り会・前

陰徳陽報6






真面目クン(・・・・・)のお仕事から、幾日かして。






「喰らえ!!大殺三方!!」

「何なのアンタそれ」


勢いよく振り下ろしたナイフをまな板の生姜へ突き立てる大地(ダイチ)。哀れなマンドラゴラを眺めて呆れる(スイ)の横、(イツキ)は大人しく薑汁撞奶(ミルクプリン)の出来上がりを待っている。本日も賑々しい食肆(レストラン)ホール。


物騒な叫び声を聞いた(アズマ)が厨房から顔を出した。


「誰の真似ぇ?」

「店長!鶏蛋仔(ワッフル)屋の!こうするとギャンブル勝てるらしいよ」


大殺三方とは賭け事で卓についた4人のうち1人が3人を打ち負かすことだが───とにかく、大地(ダイチ)が頼まれたのは香港式薑汁撞奶(ミルクプリン)に欠かせない具材のカットであって(まじな)いではない。‘スライスお願い’と指示をしキッチンに引っ込む(アズマ)へ、大地(ダイチ)は刃先に刺さった生姜を振る。(イツキ)が‘店長、(ワン)って名前らしい’と豆知識を披露した。


「私も手伝いましょうか、大地(ダイチ)君」

「ほんと?ありがと瑪理(マリ)!」

「いえいえ…喰らえ大殺三方!!」

「アンタもやんのそれ」

「スロット勝てるかと思いまして」


フロアの掃除を済ませ手持ち無沙汰にしていた瑪理(マリ)大地(ダイチ)と並んで生姜をブッ刺す。哀れなマンドラゴラを眺めて呆れる(スイ)の横、(イツキ)はナイフを入れた拍子に飛んでいった生姜の欠片を空中で素早くキャッチした。


キャバクラを無事にクビになった瑪理(マリ)は、当座、(レン)食肆(レストラン)へバイトでお邪魔することに。ホールが忙しい夕飯時のみのシフトだが、次の仕事が見付かるまでの繋ぎとしては申し分ない。常駐しているイツメン(・・・・)とも打ち解けすっかり仲間の1人となっていた。もちろん(レン)へと口を利き、取り次いでくれたのは(マオ)である。


(マオ)さんはスゴいですよね…色んな方面に気が遣えて、私の勤め先のことまで気にかけてくれて…やっぱりそういう人が仕事出来る人(シゴデキ)ってことですよね」


ザクザク生姜を刻む瑪理(マリ)が‘私とは大違い’と肩を落とす。(スイ)は片眉をあげ(いぶか)しげにその姿を見詰めた。


「マぁジで、なにかにつけて暗いわねアンタは…アンタもそうなりゃいいでしょ」

「なれませんよ私じゃ」

「はぁ?なんでなれないって決めてんの?」


決めているわけでは無いが、なにかを試みて上手く行った試しがないと笑う瑪理(マリ)。壁際で煙草をふかしていた藍漣(アイラン)瑪理(マリ)に歩み寄り髪を撫でる。


「んなことないだろ、とりあえず生姜は上手く切れてるぜ?シケたツラするなよ美人なんだから」

「生姜が切れるくらいじゃ…(レン)君とか(アズマ)さんは料理上手で羨ましい…」

「モサメガネはそんぐらい出来なきゃしょーがないじゃん、モサイんだから」

「え?(アズマ)さんカッコよくないです?スロットも凄腕だし」

「嘘でしょ!?姐姐(ジェジェ)瑪理(アンタ)もそんなこと言うわけぇ!?」

「ウチは別に言ってねぇけど」


厨房まで響くガールズトーク。聞こえてる聞こえてる…‘別に言ってねぇ’も聞こえてる…(アズマ)はこっそり唇を噛んだ。


「じゃあ藍漣(アイラン)さんって(アズマ)さんのこと(この)みじゃないんですか」

「いや、めっちゃ(この)みだよ♪」

「ヤダぁ姐姐(ジェジェ)!!もっとカッコいい人にしてよぉ!!」

(アズマ)さんカッコいいですってば」

「スロット上手いからでしょ!!じゃなきゃ眼科行って瑪理(アンタ)は!!」


えぇ…眼科(すす)めるほど…?でも‘めっちゃ好み’は嬉しいですね───煩慮している(アズマ)(もと)へ、切り終えた生姜を持った藍漣(アイラン)がやってきた。食材を(レン)へ渡すと(アズマ)の頬を両手で挟み‘やっぱウチは好みだな’と微笑。


様子をホールから窺っていた(スイ)は白目で天井を仰ぐ。

なんなのよモサメガネ…せめてモサい髪と服どうにかしてよ…てゆーか何か話してるな、姐姐(ジェジェ)のこと誘ってない?出掛けたいの、夜?そういや啟德(カイタック)のほうでイベントあるって(タクミ)が言ってたかも。お酒のだから(スイ)は興味なかったけど。あぁもう!!もうもうもう!!


「はぁ─────────────ぁ…」


長い溜め息と共に突然うなだれ、ゴンッとテーブルに額を打ちつける(スイ)。目を丸くする(イツキ)へ首を向けると大きめの声量で発した。


「今日ってさぁ、みんな(ウチ)で集まりたいんだったっけ?ねっ(イツキ)大地(ダイチ)!お泊り会しよーとかいってたじゃん。バイト終わったらアンタも来るでしょ瑪理(マリ)


(イツキ)が更に目を丸くした。‘そうなの?’と思いっ切り表情に出ている。(スイ)はその(すね)をテーブル下でインサイドキック、次いでウインク。なおも固まっていた(イツキ)だが、(スイ)が厨房へ視線を飛ばしたのを見て(ようや)く理解。習得したてのただの薄目(ウインク)を返す。


「なんだ、そんな約束してたのか?」

「うん!ごめん、姐姐(ジェジェ)にゆうの忘れてた!あと(タクミ)(ネイ)も来るんだよね」


喋り声を聞いてキッチンから戻ってきた藍漣(アイラン)へパンッと両手を合わせる(スイ)、普通に即座に理解していた大地(ダイチ)が頷きつつスマホを開く。(スイ)に再びインサイドキックされた(イツキ)は自分もさり気なく携帯を取り出した。みんなに連絡をしろ…ということだよな、これは。大地(ダイチ)は既に(ネイ)へとメールを打っている模様、それに(なら)って(イツキ)(タクミ)微信(チャット)。送信を急いだ為にほんのり怪文書の様相を呈してしまったが伝わるだろう。苦し紛れにプラスする月餅の絵文字。


「じゃウチは(アズマ)と遊ぼっかな♪」


厨房へ踵を返し、(アズマ)の首に腕を回す藍漣(アイラン)。後ろで(スイ)がものすごく歯を剥き出して自分を威嚇しているのを認めた(アズマ)は、藍漣(アイラン)に見えない位置で軽く片手を上げ‘多謝(ありがと)’の合図。


「いいでしゅね!!でしたら僕が皆様にたくさんおもたせ(・・・・)作りましゅ!!」


その隣で何ひとつ察せずお泊り会の単語だけを拾った吉娃娃(チワワ)が張り切って中華鍋を振りはじめ、(アズマ)はこちらにも‘多謝(ありがと)’と、これは口に出して礼を言った。

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