まじないとお泊り会・前
陰徳陽報6
真面目クンのお仕事から、幾日かして。
「喰らえ!!大殺三方!!」
「何なのアンタそれ」
勢いよく振り下ろしたナイフをまな板の生姜へ突き立てる大地。哀れなマンドラゴラを眺めて呆れる彗の横、樹は大人しく薑汁撞奶の出来上がりを待っている。本日も賑々しい食肆ホール。
物騒な叫び声を聞いた東が厨房から顔を出した。
「誰の真似ぇ?」
「店長!鶏蛋仔屋の!こうするとギャンブル勝てるらしいよ」
大殺三方とは賭け事で卓についた4人のうち1人が3人を打ち負かすことだが───とにかく、大地が頼まれたのは香港式薑汁撞奶に欠かせない具材のカットであって呪いではない。‘スライスお願い’と指示をしキッチンに引っ込む東へ、大地は刃先に刺さった生姜を振る。樹が‘店長、王って名前らしい’と豆知識を披露した。
「私も手伝いましょうか、大地君」
「ほんと?ありがと瑪理!」
「いえいえ…喰らえ大殺三方!!」
「アンタもやんのそれ」
「スロット勝てるかと思いまして」
フロアの掃除を済ませ手持ち無沙汰にしていた瑪理が大地と並んで生姜をブッ刺す。哀れなマンドラゴラを眺めて呆れる彗の横、樹はナイフを入れた拍子に飛んでいった生姜の欠片を空中で素早くキャッチした。
キャバクラを無事にクビになった瑪理は、当座、蓮の食肆へバイトでお邪魔することに。ホールが忙しい夕飯時のみのシフトだが、次の仕事が見付かるまでの繋ぎとしては申し分ない。常駐しているイツメンとも打ち解けすっかり仲間の1人となっていた。もちろん蓮へと口を利き、取り次いでくれたのは猫である。
「猫さんはスゴいですよね…色んな方面に気が遣えて、私の勤め先のことまで気にかけてくれて…やっぱりそういう人が仕事出来る人ってことですよね」
ザクザク生姜を刻む瑪理が‘私とは大違い’と肩を落とす。彗は片眉をあげ訝しげにその姿を見詰めた。
「マぁジで、なにかにつけて暗いわねアンタは…アンタもそうなりゃいいでしょ」
「なれませんよ私じゃ」
「はぁ?なんでなれないって決めてんの?」
決めているわけでは無いが、なにかを試みて上手く行った試しがないと笑う瑪理。壁際で煙草をふかしていた藍漣が瑪理に歩み寄り髪を撫でる。
「んなことないだろ、とりあえず生姜は上手く切れてるぜ?シケたツラするなよ美人なんだから」
「生姜が切れるくらいじゃ…蓮君とか東さんは料理上手で羨ましい…」
「モサメガネはそんぐらい出来なきゃしょーがないじゃん、モサイんだから」
「え?東さんカッコよくないです?スロットも凄腕だし」
「嘘でしょ!?姐姐も瑪理もそんなこと言うわけぇ!?」
「ウチは別に言ってねぇけど」
厨房まで響くガールズトーク。聞こえてる聞こえてる…‘別に言ってねぇ’も聞こえてる…東はこっそり唇を噛んだ。
「じゃあ藍漣さんって東さんのこと好みじゃないんですか」
「いや、めっちゃ好みだよ♪」
「ヤダぁ姐姐!!もっとカッコいい人にしてよぉ!!」
「東さんカッコいいですってば」
「スロット上手いからでしょ!!じゃなきゃ眼科行って瑪理は!!」
えぇ…眼科勧めるほど…?でも‘めっちゃ好み’は嬉しいですね───煩慮している東の元へ、切り終えた生姜を持った藍漣がやってきた。食材を蓮へ渡すと東の頬を両手で挟み‘やっぱウチは好みだな’と微笑。
様子をホールから窺っていた彗は白目で天井を仰ぐ。
なんなのよモサメガネ…せめてモサい髪と服どうにかしてよ…てゆーか何か話してるな、姐姐のこと誘ってない?出掛けたいの、夜?そういや啟德のほうでイベントあるって匠が言ってたかも。お酒のだから彗は興味なかったけど。あぁもう!!もうもうもう!!
「はぁ─────────────ぁ…」
長い溜め息と共に突然うなだれ、ゴンッとテーブルに額を打ちつける彗。目を丸くする樹へ首を向けると大きめの声量で発した。
「今日ってさぁ、みんな家で集まりたいんだったっけ?ねっ樹!大地!お泊り会しよーとかいってたじゃん。バイト終わったらアンタも来るでしょ瑪理」
樹が更に目を丸くした。‘そうなの?’と思いっ切り表情に出ている。彗はその脛をテーブル下でインサイドキック、次いでウインク。なおも固まっていた樹だが、彗が厨房へ視線を飛ばしたのを見て漸く理解。習得したてのただの薄目を返す。
「なんだ、そんな約束してたのか?」
「うん!ごめん、姐姐にゆうの忘れてた!あと匠と寧も来るんだよね」
喋り声を聞いてキッチンから戻ってきた藍漣へパンッと両手を合わせる彗、普通に即座に理解していた大地が頷きつつスマホを開く。彗に再びインサイドキックされた樹は自分もさり気なく携帯を取り出した。みんなに連絡をしろ…ということだよな、これは。大地は既に寧へとメールを打っている模様、それに倣って樹も匠へ微信。送信を急いだ為にほんのり怪文書の様相を呈してしまったが伝わるだろう。苦し紛れにプラスする月餅の絵文字。
「じゃウチは東と遊ぼっかな♪」
厨房へ踵を返し、東の首に腕を回す藍漣。後ろで彗がものすごく歯を剥き出して自分を威嚇しているのを認めた東は、藍漣に見えない位置で軽く片手を上げ‘多謝’の合図。
「いいでしゅね!!でしたら僕が皆様にたくさんおもたせ作りましゅ!!」
その隣で何ひとつ察せずお泊り会の単語だけを拾った吉娃娃が張り切って中華鍋を振りはじめ、東はこちらにも‘多謝’と、これは口に出して礼を言った。




