スプライと真面目クン
陰徳陽報5
そこそこ治安の良い区画の、そこそこ往来がある通りを折れた路地の隙間。セクキャバ、ヘルス、ピンサロ、ショーパブ…1棟丸ごとピンクな風俗の複合施設。目的の店は4F。
上は階段をゆっくり登り、ソワソワする気持ちと運動不足のせいであがっている呼吸を落ち着ける。ちゃちいネオンの電飾に彩られた扉を引いて中を覗けば、アクリルパネルの小部屋に受付係。前回と大体同じ。椅子に座っているスタッフは気さくなオーラ、店内も比較的明るめでライトな雰囲気。‘フリーですか指名ですか’と訊ねられ、上は‘初回なのでアルバムを見たい’と返答。瑪理に聞いていた容貌と合致する写真を探す。
童顔で八重歯…褐色肌、元気そうな運動部っぽい──俺は学校行ったことあらへんけどぉ──印象、1番のポイントは唇の右下にある黒子…居た。ショコラ。
「この娘、ショコラちゃん。ええな」
匠の物言いの真似をした。何や俺がやると頑張っとる感強いな…クソ…ちゅうかピンクい店ではスイーツ系源氏名が流行ってん?思いつつ指名、すぐに入れるとのスタッフの返答。
「お時間どうなさいますか」
「60分にしよかな」
料金トータル500香港ドル。前もそうだった気がする、やけどここは酷い中抜きも無さそやし、女の子にそれなりに給料残るんかな。スムーズにコトが運び、油断して枝葉的な事柄へ意識を割いていた上の耳へと唐突に飛び込む質問。
「オプションは?人気のものは全身リップやガン射、ごっくんなどありますけど」
「えっ!?いやノっノノーマルで!!」
噛んだ。
思っきし噛んだわ。ちょ、いきなしそないな単語並べよるから!オプションも受付で訊くんか、前は‘女の子に直接交渉’やったやん!心の中で叫び、されど表情は平然を装い──ゆうて噛んでしもてんけどな──スタッフの案内に従う。通路を左に曲がった小ブース、名札がかかっているのでそのまま入ってくださいとのこと。指示通りに歩を進めて奥からふたつめのカーテン、お菓子のシールでゴテゴテにデコられた【ショコラ♡】。控え目に布をスライド。
「あっ、はじめまして!ショコラでぇす!」
中に居た快活な笑顔の少女はベッドに転がったまま挨拶。俯せで上半身を起こし脚をパタパタ、衣服はダボついたカーディガンのみで‘部屋着のカノジョ’といった様相。上が歩み寄ると、少女もサイドテールの栗毛を揺らしてマットレスから飛び降り向かい合った。至近距離。上目遣い。
「60分かぁ。おにーさん、のんびりプレイが好きってこと?」
みんな30分でセカセカ帰っちゃうからぁ!と朗らかに笑う。
もう従業員にコース伝えてもろてんねんな…あれ?匠と行った時60分やったからそれが相場なんかと思っとったけど。2名分の時間にした、ゆーこと?色々話す事もあったし?でも綾ちゃん‘3Pは120分が多い’って…【楽山】は本番ありきやったんかな。抜きだけで2時間て変やもんな言われてみれば───思考をよそに向けていた上の眼前、ショコラが羽織ものをパッと大胆に脱いだ。現れた裸体には幼い感じの顔に全く合っていないサイズの豊満な乳房がくっついている。コラージュか?
「うぁ、待って!!すまん見てもうた!!」
「見ていいに決まってるくない?」
両手で顔を覆う上へショコラは不思議そうな声を出し、ノーブラの胸をムギュッと押し付けてハグ。
「あ、そーゆーシチュ希望ね。得啦得啦」
「ちゃうちゃうちゃうちゃう」
上は薄く開いた指の隙間からショコラと視線を合わせた。
「自分、挪亞ちゃんやんな」
「え?前のお店に来てた人?」
彼女の疑問にまた‘ちゃう’と首を振り、フゥと息を吐く上。
燈瑩さんとか、猫とか東とか匠とか──って殆ど皆やんこれ──みたいに上手いやり方が出来ればええけど…出来やんから。真摯にいくしかない。
「いきなり来て、ごめんやけど。聞きたいことあってな」
「えー?何?変なことだったらヤだ」
幼顔の眉間にシワ。そりゃそうだ、以前の源氏名で呼んでくる得体のしれない客の‘聞きたいこと’など警戒して然るべき。怪しい者ではないと否定した所で余計に怪しくなってしまう、なるべく正直にいこう。上はひとまず‘ドラッグんことやねん’とジャブ。
「自分、なんや薬、配っとらん?そーゆー噂あってな。俺それ探しててん」
「スプライ?」
「スプライっちゅーんか」
「うん。なんだぁ、おクスリ欲しい人かぁ。ビックリしちゃった」
軽い内容だったことに頬を弛め、ショコラは上のストールを外す。そのまま上着も剥がそうとする腕を上が掴んだ。
「接客はええから薬について教えてぇな」
「いーじゃん、とりま脱いでよ」
「よぉないよぉない!!俺は彼女も居るし、こっ、こういうんは駄目やて!!」
「なにそれ真面目なの?恋人居ても来てる人なんていっぱいいるよ、結婚してたってさ」
グイグイ迫り来るショコラに押され仰け反り気味になりつつも、どうにかこうにか身体をそっと引き離した上は、彼女の華奢な肩へとストールを巻いた。
「自分やって、やりたい訳ちゃうやろ。仕事やんな?やから無理せんでええよ。俺ホンマに話しにきただけやねん」
目をしばたたかせて見詰めてくるショコラの瞳を上も見詰め、頼み込む。
「薬も、欲しいんやのうて…んっと、知っとることを教えて欲しいねん。挪亞…ショコラちゃんには迷惑かけやん。約束する」
短い沈黙。ふぅん、と唇を尖らせたショコラが頷く。
「いーよ挪亞で。わかった、教えたげる」
「ほんま?」
「うん。わざわざ来てくれたんだし、おにーさんカワイイし」
アタシ、真面目クン嫌いじゃないんだぁ♡とニンマリ。それから上の手を離れ、簡易テーブルに散らばる名刺へ走り書きをしてピッと寄越した。電話番号。
「でもさ、今度お外で会った時にしよ。今日はフツーにお話しして帰って。ね?」
挪亞は唇の前に人差し指を立てた。ヘルスやピンサロでの連絡先交換は基本的にNG、店外で接客をされると店側がマージンを抜けないからといった側面が大きいけれど───今回は裏引という理由でもない。上は頷き名刺をポケットにしまう。
他愛ない雑談をし、それでも半分以上の時間を残して店をあとに。退店時、‘お気に召しませんでしたか’と受付係に声を掛けられ、上は‘最高だったので早く終わった’と苦笑。凄腕のショコラ。自分の持ち具合への評価は別にどうでもいい、ちょっぴり哀しいが。
かろうじてひと仕事終えた。まだ確実な情報を手に入れた訳では無いものの…貰った番号へSMSを送ろうとスマホを開くと大地からの微信。みんな待っているから早く来いとの連絡、連打された絵文字。上は再度フゥと息を吐き、食肆へとポテポテ足を向けた。




