表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
九龍懐古  作者: カロン
陰徳陽報
390/492

ガサ入れとラウダー

陰徳陽報4






トストスと(マト)に刺さるダートの音。






瑪理(マリ)ちゃん、上手(うま)ぁ!」

「ふふ…ありがとうございます。まぁ、これしかすることなかったんで」


薄暗い店内、カウンタースツールに座る(アズマ)がヒュゥと口笛。瑪理(マリ)は謝辞を述べつつ気怠げに矢を放った。Bull。


飲み会から数日。諸々の情報を店より抜いて(・・・)きたので報告しに行くとの連絡を瑪理(マリ)から受け、(マオ)は‘とりあえず飲んで待っとけ’と系列店のバー──かつて【獣幇】からいただいたキャッチーな1軒、マスコットキャラクターは(ネイ)です──を開けておいてくれた。本来の夜営業開始時刻まではまだだいぶある、静かなホールに響く話し声は(アズマ)瑪理(マリ)の2人分のみ。


交代、とダートを手渡してくる瑪理(マリ)(アズマ)は椅子から腰をあげ、受け取った矢を軽い動作で的に投げる。bull。設定したゲームはイーグルズアイだったものの、何ターンこなそうが両者とも真ん中から1回も外さない。瑪理(マリ)がクスリと含み笑い。


「勝負つきませんね」

「ね!ビックリ!俺、ダーツ負けたこと無いのになぁ?っていうとエラそうだけど」


悪戯っぽく笑い返し、ダートを瑪理(マリ)のロックグラスの(そば)へと置く(アズマ)瑪理(マリ)は杏露酒を(あお)り、朝から晩まで年がら年中遊んでましたから…親が唯一(ゆいいつ)家に置いてたオモチャがダーツ(これ)だったんで…と自虐的に語る。中身の減ったグラスへ手酌、どれを()いでも(マオ)の奢り。


「てゆーか、(マオ)さん超優しいですね。今日も奢りだしこの前のお会計もサービスで」

「優し、い…うん…瑪理(マリ)ちゃん、調べ物に協力してくれてるし」


あの夜の伝票は正規であればそれなりだったに違いないが、(マオ)が提示したのは泡物1本分の金額だけ。‘計算が間違っている’と食ってかかる瑪理(マリ)──ボラれたのではなく値引きされたのに──に対し‘間違ってねぇ’と請求額を変えない(マオ)が押し問答を繰り広げ、最終的に瑪理(マリ)が折れた。のだが…彼女はたんまり残ってしまった札束を、帰り際にお見送りに来てくれたキャスト達の胸の谷間へ‘チップだ’と言って片っ端から捩じ込んだ。飲み方が全くもって若い女のそれでは無い。

(マオ)値引き(・・・)は私用を頼んだ事による礼なのだろう。俺にももっと割り引き()かせてくれていいのよと打診した(アズマ)は下顎を殴られベロを噛んだが、それは置いておいて。


「辞めてった()達はピンサロとかヘルスに流れてるみたいです。1人行き先わかりました、馨檳大廈って所。前は源氏名挪亞(ノア)ちゃんでしたけど…今はどうかな…」


瑪理(マリ)が説明しつつダートを飛ばす。bull。


「で、(ドラッグ)くれたのがその()なんだ」

「はい。挪亞(ノア)ちゃんとは他の子に比べて仲良かったので。や、ほんと、ちょこっと喋るくらいでしたけど。たまには居るんですよ友達になってくれる()も」


(アズマ)の質問へ早口で答えた瑪理(マリ)は、今はもう連絡先わかんないですけどとボヤき(うつむ)いた。(アズマ)は少し思案。

ネガティブさのせいで指名が取れないというのは理解出来るが、同性からそこまで嫌われるとは思えない。瑪理(マリ)が女子から爪弾(つまはじ)きにされてしまうのは嫉妬(・・)もあるのでは?夜の職場で‘容姿’は非常に重要、そして優れた容姿(それ)を持つ同僚に対して、女達がとる態度は憧憬か敵対。根明(ねあか)であれば前者の待遇…つまり輪の中心人物となり、根暗(ねくら)であれば後者の待遇…つまりイジめられっ子になる。職種を変えればいくらかマシになるんじゃ?どこも似たようなもんか?と、考えているうち、視界の端で入口の扉が開いた。顔を出したのは(マオ)、お早いご到着。なぜか(カムラ)もついてきている。


瑪理(おまえ)、杏露酒か。もっとイイもん呑めよ」

「太っ腹やん(マオ)

「馬鹿そりゃテメェだろ」


サクッと切り返された(カムラ)は何の事だかわからずキョトン、数秒して‘体型ん話やのうて’と慌ててツッコんだ。首を傾げる(アズマ)


「どうしたのよカムカムまで」

大地(ダイチ)がな、なんや()よ店開けたん(ネイ)から聞いててんて。寺子屋(ガッコ)終わったら寄るゆーから、ちょぉ見に来てん」

「あら。過保護ね」

「カムカムさんですか?」

(カムラ)ですおおきに!!!!」


横から挟まれた瑪理(マリ)の問いへと名乗る(カムカム)、毎度のことながら声がデカい。緊張。(マオ)が喉を鳴らす。


「この過保護なおおきに(・・・・)は結構ストリートのネタに詳しんだわ。話に混ぜてやってくんねぇか」

「色々変なアダ名つけやんでくれん?」


(おおきに)の抗議を無視し、(マオ)はセラーからワインを適当に選び栓を抜く。3個ほど出したグラスへと雑に注ぎ各人へ配ると自分は直ビン、ラベルに注目した(アズマ)がヤダァ!と瞼を広げた。シャトー・マルゴー、ぞんざいにラッパするようなワインではない。チビチビと酒を啜りつつ成果を報告する瑪理(マリ)


挪亞(ノア)ちゃんの行き先がわかったのはラッキーでした。キャッシャーとか事務所のファイルには無かったんで黒服のロッカーも漁ってメモ帳見ましたよ、店用の携帯も」


煙草に火を点け髪をかきあげる。ネガティブな割に剛胆。いや、ネガティブゆえの‘どうなろうがどうだっていい’といった思考か。


「んな大っぴらに探り回って、よく店の奴にバレなかったな。仕事しづらくなったんじゃねぇの」

「あ、もう無事クビになったんでご安心を」


(マオ)(げん)瑪理(マリ)はサムズアップ、謎に誇らしげ。‘ガサ入れのせいじゃなくて普通にただの首切りです’とドヤ顔で付け足した。

とにもかくにも、事情を知っていそうな挪亞(ノア)ちゃんに会ってみようという流れだが───勤め先が抜き(・・)の店であることへ(わず)かに眉根を寄せる(マオ)。【宵城】店主がソッチに客で行くのはな…かといって仕事上での接点も無い…ボトルを揺らし考え込む。カウンターに肘を付いて話を聞いていた(カムラ)が提案。


「ほんなら俺が行ってこよか」


ギョッとする(マオ)(アズマ)瑪理(マリ)は‘カムカムさんカッケェ’という表情、認識のズレ。


「マジかよ、強気だな饅頭。風俗なのにヤれ(・・)んのかお前」

「やれるで多分…え?いや、ヤらんよ!?」


(マオ)揶揄(からか)いを否定しながら、街のトラブルなら内容を確かめておきたいのだと咳払い。


「テンパりそうやし、何訊くかは先に決めとかんとやけど。前ん時にちゃんと勉強しててんから俺も。上手く指名して会うとこまではスムーズにいけんで」

「へぇ、スムーズにイケ(・・)んのか」

「いけるで多分…は?いや、イかんよ!!」


既にテンパり丸出しな(カムラ)の返答に、腹を押さえてカウンター下へしゃがみ込む(マオ)。爆笑。とはいえ、(マオ)とて(カムラ)の心情はわかっている。(リン)の友人のことや莉華(リィカ)のことで遣る瀬無い思いをしたからなのだろう。ひとしきり笑ったあと(マオ)は──まだ肩を震わせてはいたが──立ち上がり、(カムラ)のグラスへボトルをコンッと当てた。


「んじゃ、任せる。ありがとな」

「ん?お、おぉ。任せとき」


信任と予想外のありがとうを貰い、まごつきながらも乾杯へ応じる(カムラ)。直後…その手元を(マオ)はスンとした目付きで凝視。急な温度差にパチクリする饅頭。


「え?なに?」

「早く飲め、んでとっとと行って来い」

「今すぐ!?」

善は急げ(・・・・)だろ。GOGO、走れ饅頭」

「なんなん!!自分、さっきまであったかい感じの雰囲気やったやん!!」


数秒前に醸し出していた相棒(・・)的な空気感はどこへ?俺のはにかんだ気持ち返してもろて?釈然としない(カムラ)は、閻魔の‘大地(ダイチ)東と瑪理(こいつら)とまとめて(レン)食肆(とこ)送っといてやっから安心しろ’との優しい申し出に、‘おおきに!!’とデカめの声で礼を言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ