ガサ入れとラウダー
陰徳陽報4
トストスと的に刺さるダートの音。
「瑪理ちゃん、上手ぁ!」
「ふふ…ありがとうございます。まぁ、これしかすることなかったんで」
薄暗い店内、カウンタースツールに座る東がヒュゥと口笛。瑪理は謝辞を述べつつ気怠げに矢を放った。Bull。
飲み会から数日。諸々の情報を店より抜いてきたので報告しに行くとの連絡を瑪理から受け、猫は‘とりあえず飲んで待っとけ’と系列店のバー──かつて【獣幇】からいただいたキャッチーな1軒、マスコットキャラクターは寧です──を開けておいてくれた。本来の夜営業開始時刻まではまだだいぶある、静かなホールに響く話し声は東と瑪理の2人分のみ。
交代、とダートを手渡してくる瑪理に東は椅子から腰をあげ、受け取った矢を軽い動作で的に投げる。bull。設定したゲームはイーグルズアイだったものの、何ターンこなそうが両者とも真ん中から1回も外さない。瑪理がクスリと含み笑い。
「勝負つきませんね」
「ね!ビックリ!俺、ダーツ負けたこと無いのになぁ?っていうとエラそうだけど」
悪戯っぽく笑い返し、ダートを瑪理のロックグラスの側へと置く東。瑪理は杏露酒を呷り、朝から晩まで年がら年中遊んでましたから…親が唯一家に置いてたオモチャがダーツだったんで…と自虐的に語る。中身の減ったグラスへ手酌、どれを注いでも猫の奢り。
「てゆーか、猫さん超優しいですね。今日も奢りだしこの前のお会計もサービスで」
「優し、い…うん…瑪理ちゃん、調べ物に協力してくれてるし」
あの夜の伝票は正規であればそれなりだったに違いないが、猫が提示したのは泡物1本分の金額だけ。‘計算が間違っている’と食ってかかる瑪理──ボラれたのではなく値引きされたのに──に対し‘間違ってねぇ’と請求額を変えない猫が押し問答を繰り広げ、最終的に瑪理が折れた。のだが…彼女はたんまり残ってしまった札束を、帰り際にお見送りに来てくれたキャスト達の胸の谷間へ‘チップだ’と言って片っ端から捩じ込んだ。飲み方が全くもって若い女のそれでは無い。
猫の値引きは私用を頼んだ事による礼なのだろう。俺にももっと割り引き利かせてくれていいのよと打診した東は下顎を殴られベロを噛んだが、それは置いておいて。
「辞めてった娘達はピンサロとかヘルスに流れてるみたいです。1人行き先わかりました、馨檳大廈って所。前は源氏名挪亞ちゃんでしたけど…今はどうかな…」
瑪理が説明しつつダートを飛ばす。bull。
「で、薬くれたのがその娘なんだ」
「はい。挪亞ちゃんとは他の子に比べて仲良かったので。や、ほんと、ちょこっと喋るくらいでしたけど。たまには居るんですよ友達になってくれる娘も」
東の質問へ早口で答えた瑪理は、今はもう連絡先わかんないですけどとボヤき俯いた。東は少し思案。
ネガティブさのせいで指名が取れないというのは理解出来るが、同性からそこまで嫌われるとは思えない。瑪理が女子から爪弾きにされてしまうのは嫉妬もあるのでは?夜の職場で‘容姿’は非常に重要、そして優れた容姿を持つ同僚に対して、女達がとる態度は憧憬か敵対。根明であれば前者の待遇…つまり輪の中心人物となり、根暗であれば後者の待遇…つまりイジめられっ子になる。職種を変えればいくらかマシになるんじゃ?どこも似たようなもんか?と、考えているうち、視界の端で入口の扉が開いた。顔を出したのは猫、お早いご到着。なぜか上もついてきている。
「瑪理、杏露酒か。もっとイイもん呑めよ」
「太っ腹やん猫」
「馬鹿そりゃテメェだろ」
サクッと切り返された上は何の事だかわからずキョトン、数秒して‘体型ん話やのうて’と慌ててツッコんだ。首を傾げる東。
「どうしたのよカムカムまで」
「大地がな、なんや早よ店開けたん寧から聞いててんて。寺子屋終わったら寄るゆーから、ちょぉ見に来てん」
「あら。過保護ね」
「カムカムさんですか?」
「上ですおおきに!!!!」
横から挟まれた瑪理の問いへと名乗る上、毎度のことながら声がデカい。緊張。猫が喉を鳴らす。
「この過保護なおおきには結構ストリートのネタに詳しんだわ。話に混ぜてやってくんねぇか」
「色々変なアダ名つけやんでくれん?」
上の抗議を無視し、猫はセラーからワインを適当に選び栓を抜く。3個ほど出したグラスへと雑に注ぎ各人へ配ると自分は直ビン、ラベルに注目した東がヤダァ!と瞼を広げた。シャトー・マルゴー、ぞんざいにラッパするようなワインではない。チビチビと酒を啜りつつ成果を報告する瑪理。
「挪亞ちゃんの行き先がわかったのはラッキーでした。キャッシャーとか事務所のファイルには無かったんで黒服のロッカーも漁ってメモ帳見ましたよ、店用の携帯も」
煙草に火を点け髪をかきあげる。ネガティブな割に剛胆。いや、ネガティブゆえの‘どうなろうがどうだっていい’といった思考か。
「んな大っぴらに探り回って、よく店の奴にバレなかったな。仕事しづらくなったんじゃねぇの」
「あ、もう無事クビになったんでご安心を」
猫の言へ瑪理はサムズアップ、謎に誇らしげ。‘ガサ入れのせいじゃなくて普通にただの首切りです’とドヤ顔で付け足した。
とにもかくにも、事情を知っていそうな挪亞ちゃんに会ってみようという流れだが───勤め先が抜きの店であることへ僅かに眉根を寄せる猫。【宵城】店主がソッチに客で行くのはな…かといって仕事上での接点も無い…ボトルを揺らし考え込む。カウンターに肘を付いて話を聞いていた上が提案。
「ほんなら俺が行ってこよか」
ギョッとする猫と東。瑪理は‘カムカムさんカッケェ’という表情、認識のズレ。
「マジかよ、強気だな饅頭。風俗なのにヤれんのかお前」
「やれるで多分…え?いや、ヤらんよ!?」
猫の揶揄いを否定しながら、街のトラブルなら内容を確かめておきたいのだと咳払い。
「テンパりそうやし、何訊くかは先に決めとかんとやけど。前ん時にちゃんと勉強しててんから俺も。上手く指名して会うとこまではスムーズにいけんで」
「へぇ、スムーズにイケんのか」
「いけるで多分…は?いや、イかんよ!!」
既にテンパり丸出しな上の返答に、腹を押さえてカウンター下へしゃがみ込む猫。爆笑。とはいえ、猫とて上の心情はわかっている。綾の友人のことや莉華のことで遣る瀬無い思いをしたからなのだろう。ひとしきり笑ったあと猫は──まだ肩を震わせてはいたが──立ち上がり、上のグラスへボトルをコンッと当てた。
「んじゃ、任せる。ありがとな」
「ん?お、おぉ。任せとき」
信任と予想外のありがとうを貰い、まごつきながらも乾杯へ応じる上。直後…その手元を猫はスンとした目付きで凝視。急な温度差にパチクリする饅頭。
「え?なに?」
「早く飲め、んでとっとと行って来い」
「今すぐ!?」
「善は急げだろ。GOGO、走れ饅頭」
「なんなん!!自分、さっきまであったかい感じの雰囲気やったやん!!」
数秒前に醸し出していた相棒的な空気感はどこへ?俺のはにかんだ気持ち返してもろて?釈然としない上は、閻魔の‘大地は東と瑪理とまとめて蓮の食肆送っといてやっから安心しろ’との優しい申し出に、‘おおきに!!’とデカめの声で礼を言った。




