初戦とファイティングスピリット
喧嘩商売2
翌日、夕刻。
皆で【東風】に集まり龍津路へ。奥の広場はすでにギャラリーで埋まっていて、その顔ぶれは半グレ達や近隣住民、ただの喧嘩好きな一般人など様々だ。
抵抗する上を連れてくるのに多少苦労したけれど、【東風】で高級老酒を二瓶空けてきた猫は上機嫌。大地はお祭りに行くような気分で目を輝かせ、燈瑩は髪を下ろしたまったくオフのスタイル。
東は何故だか知らないが、腕を吊っている三角巾が可愛い女の子の描かれた例の【宵城】のタオル──しかもピンク色のほう──に変わっている。換えが無かったのだろうか。
泣きそうな太っちょにチビの酔っ払いと、はしゃぐ子供にヤル気の感じられない優男、そしてふざけたタオルを巻いた怪我人。本当に勝負をしにきたのかどうかすら疑わしいメンツだ。
「この前は世話かけたな、俺が【宵城】の城主だ。約束通り【宵城】と【東風】賭けて闘りにきたぜ、勝ったらアンタらのシマ貰えんだよな?」
パイプをふかしながら猫が言うと、無言で【獣幇】の下っ端の1人が前に出た。先日東と揉めた男だ。
特段強そうでもないがそこそこ体格はいい、こいつが先鋒か。
猫は上を広場の真ん中へと押し出した。向かい合う下っ端と上。その2人の間で、いつのまにやら謎のオッサンが審判風に手をかざしている。
大地が、あれ?と声をあげた。
「あの審判のおじさん、光明街の鶏蛋仔の店長だ」
「え?あのお気に入りって言ってた所?」
「うん、すっごい美味しいんだよ!いっぱい種類もあったし色々トッピングも出来るし最高!今度哥も行こうよ」
「へー、俺お茶系の味がいいなぁ」
決闘寸前とは思えない、のほほんとした燈瑩と大地の会話。それを背中で聞きながら上は口からエクトプラズムでも出そうなのを必死で我慢していた。
なんでほのぼのしとんねん、ちゅうかこのオッサン鶏蛋仔屋なんかい。お祭り男か。本職の審判おらんのか。どうでもいい考えが上の心の中に渦を巻く。
時刻は間もなく18時。あたりが静まり返った。あと10秒、9秒、8、7──────3、2、1。
「それでは【獣幇】対【東風】【宵城】、先鋒戦────始め!!」
意外によく通る声で鶏蛋仔屋が試合開始を告げる。
同時に、男の右ストレートが上の顔面を狙った。上は体勢を低くして躱そうとし、全然間に合わず普通にデコに喰らった。
「痛ぁ!!」
額を押さえてしゃがみ込む。そのおかげで、2発目のストレートは回避できた。
デコに喰らったパンチのせいで少し後ろへと傾いていた身体をゴロンと後転させ、飛んできたキックを避ける。なんとか立ち上がり男と距離をとった。
上の作戦は単純。逃げ回る、ただそれだけ。
上の体では相手の攻撃を受ける事すら困難なのだ。まともに当たってしまえば大ダメージ必至、今でもデコがジンジンしている。頭が堅くてよかった。
敵の拳を右に左にとどうにか逃れる。息が上がる、もうこの時点でキツい。
猫に3分は頑張れと言われたが、何分経った?1分くらいは経ったんじゃないか?チラッと大地に目をやると、手で2と0を作っていた。
20秒。嘘やろ。
上がギャラリーの近くまで後退ると、ブーイングを言う人々に広場の中心へと突き飛ばされた。下がってんじゃねぇということか。
が、ちょうど男が目の前に来ていて、上手い具合にタックルをかますかっこうになった。そのまま2人で地面に倒れ込む。
観客から歓声が上がり、オラァやれ!!と猫の声も聞こえた。その調子からして絶対に‘殺れ’だ。ガラが悪過ぎる。
上を取った上は相手が起き上がれないように全身を使って体重をかけ圧えつけた。これなら太っている上が有利だ。
どうにかこうにかこのまま立ち上がらせたくない、攻撃を避け続けるのは厳し過ぎる。だが向こうも上の体の下から抜け出そうと暴れている。泥試合だ。
大地の手を見る。6と10。まだ1分か。
その隙を突いて男が上をひっくり返す。マズい!!慌てて飛び起きた上が咄嗟に両腕を顔の前でクロスさせると、男の拳がその中心にめり込んだ。
危ない!!ナイスガード!!などと思ったのも束の間、横っ腹に重たい蹴りをお見舞いされた上は路地の入り口にいる猫の足元まで吹っ飛んだ。
「いっ…ゲホ、っ、痛ぁ…」
「グッジョブ上!あと1分40秒!」
「死んでまう…」
「こんぐれぇで死ぬかよ、行け!」
猫に腕を掴まれて掛け声と共に敵の正面へぶん投げられる。非情である。
もうヤケクソだ、その勢いで男めがけて突っ込もうとし、石に躓いてつんのめった。カウンターを目論んだ男のパンチが空を切る。
上はなんとか転ばずに踏ん張って、上体を思い切り起こした。後頭部が男のアゴをとらえる。ゴンっと鈍い音がし、男がよろけた拍子に上は前蹴りを繰り出す。男が尻餅をつく。
もう一発、と蹴りかけた足を掴まれ引き倒された。立ち上がった男にジャイアントスイングばりに振り回されて放られ、図らずも上はまたもや猫の足元へ帰還する。
「あと1分!行け上!」
「無理…死ぬて…」
「ちっ、ヘタレが。じゃあ30秒でいーよ」
舌打ちする猫にゴロゴロ転がされ再び広場中央へ。その上を容赦ない蹴りが襲う。
数発当たったが、ゴロゴロ転がりながら敵の反対側に回る。カッコつかない戦い方だが何とでも言え。出来得る最大限のことをしているだけだ。
逃げて、避けて、くらって、逃げて。
10秒。20秒。HPが削られていく。
30秒、もう限界だ…上が猫に顔を向けると渋い表情でOKマークを出していた。
やった!やりきった!
フラフラしつつ上はファイティングポーズをとる。最後くらいは逃げずに立ち向かってやる、そう決め男を睨みつけた。
こいつはどうもストレートパンチが好きなようだ、また右ストレートでくるだろう。こっちだって渾身の一撃を打ってやる。いくぞ、いくぞ、いくぞ─────今だ。
「っウラぁ!!」
思いのほか気合が入って、上は自分の声に少しビックリした。そして全力で突き出した拳は見事に男の顔面を叩いた、けれど、同時に男の拳も上の顔面を叩いていた。その威力の差は歴然。
視界が反転し、上の目の前をヒヨコが数匹ピヨピヨと飛んだ。
「そこまで!!勝者、【獣幇】!!」
鶏蛋仔屋の声が辺りに響き、ギャラリーからは拍手が起こった。
猫が広場中央に走り、仰向けで倒れている上を回収する。ズリズリと路地まで引きずり大地に投げた。
「上、いい試合だったぜ。暫くスカウト料に色付けてやるよ」
そう言って猫は意気揚々と次の対戦相手のもとへと向かう。
スカウト料とは、上が風俗店を探している女性を【宵城】に紹介した際に猫から支払われる金の事。それが増える、というのは割と嬉しい話なのだが…多分今の上には聞こえていないだろう。
第2戦。猫はコキコキと首を鳴らして自分の相手を見た───というより、見上げた。
デカイのだ。もしかしたら2mあるんじゃないか?それにくらべて猫の背丈は160cm前後だ。
「ゴリラかよ…」
デカいうえに筋肉もついている。燈瑩にはゴリラが出ても倒せなどと言ったが、自分にゴリラが回ってくるとは。
「それでは【獣幇】対【東風】【宵城】、中堅戦──始め!!」
鶏蛋仔屋が相変わらず通る声を張り上げて、戦いの幕は切って落とされた。




