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九龍懐古  作者: カロン
陰徳陽報
388/492

ドランカーと好敵手

陰徳陽報3






「みんな可愛いですねぇ!!!!ここの女の子はぁ!!!!」


【宵城】VIPルーム、シャンパンの瓶をテーブルに勢いよく置いて瑪理(マリ)が叫ぶ。(マオ)は耳を塞いで眉根を寄せた。


「うるっせぇなお前、たりめーだろ俺が選んでんだからよ」

「そうですね!!(マオ)さん全然酔ってませんね追加でロゼ(これ)開けますか!!」

瑪理(マリ)ちゃんお会計ヤバくないのぉ?4本目じゃない」

「全部使って呑むって言ったでしょぉ!?」

「痛いっ!!」


口を挟んだ(アズマ)の横っ面にパァンと札束を叩きつけ、スタッフを呼ぶと泡物を追加する瑪理(マリ)。本当にさっきの儲けを全て溶かす気か、あぶく(ぜに)といえばあぶく(ぜに)だが…思いつつ(アズマ)は頬を(さす)る。それを横目に瑪理(マリ)は唇をへの字に曲げ‘早く持ってきて下さいよぉ、お酒お酒ぇ’と机に突っ伏して泣き出した。目まぐるしい。


「友達の店が【宵城】だったなんてぇ…勝ち組ですよ(アズマ)さん、勝ち組…」

「いや俺は何も勝ってはないんだけどね」


【宵城】の成功ぶりは(マオ)の手腕であり、(アズマ)は何ら関係が無い。なんなら毎度ツケを作ってしまっているのでむしろ負けである。でも繁盛に貢献してるのかしら、そうなると?ぼんやり考える(アズマ)瑪理(マリ)は‘仲良いだけで勝ち組だろ!!’と鬼の形相。図らずも般若と閻魔が揃ってしまった、地獄かな?


「そんな般若みたいな顔しちゃ駄目よ、せっかく可愛いのに」

「ふふっ…(アズマ)さんは優しいですね…」


‘閻魔だけで充分だから’を飲み込んだ(アズマ)瑪理(マリ)は空笑い、般若のほうが良かったかもとボヤく。


「だって私の名前、瑪理(マリ)ですよ?マリアからとってるんですよ?耶穌基督(キリスト)のマリアから。ご大層過ぎる…ただの酒呑みに育っちまったっていうのに…ウウッ」


‘ただの酒呑み’と幾度も繰り返しながらテーブルを拳でバシバシやる(さま)大酒家(マオ)が無言で見下ろしている。この女、ジャンキーではなかったがドランカーだった。


「こんな名前だけ残してぇ…自分等はとっととあの世へオサラバですよぉ…」


両親は酒タバコ色ギャンブル裏稼業なんでもござれの生活をしており、闇賭博でのトラブルである日ポックリ死んだ。あるあるですと瑪理(マリ)は再び空笑い。手元に残ったのはこのネックレスだけと、首にかかった十字の飾りを爪で(はじ)く。


「クリスチャンなのに随分だったのね」


クロスを眺める(アズマ)瑪理(マリ)(かぶり)を振り、グラスをひと息で空け低い声で吐き捨てた。


「違います、熱心な教徒のフリすれば教会の人達がほどこし(・・・・)くれますんで。それ目当てですよ。私に瑪理(マリ)って名付けた時は、他の信者さん達も色々‘お祝い’してくれたとか」


しょぼくれた、しかしそれすらどうでもいいといった態度で虚空に視線を投げる。男運も無い、恋愛も上手く行かない。女の子の方が可愛いし好き。でも、友達居ないんですけどね。いいことなんかなぁんにもなし。今日はスロット当たりましたけど、こんな大勝ちしちゃったら明日死ぬんだ───()()なく紡がれるドマイナスな台詞。‘まぁまぁ’と(アズマ)が肩を叩く。


(マオ)はシャンパンを持ってきた従業員に(ことづ)けてキャストを下げさせ人払いをすると、コルクを抜きつつ本題に触れた。ドラッグのこと、花街から女が減って(・・・)いること、周辺の飲み屋のこと。


「お前、なんか噂とか聞いてねぇか。バイト先の店で」

「チラッとなら…たいした情報でもないですけど…良ければ色々探りましょうか?キャッシャーのファイルとか漁りますよ。役に立ちそうなの拾ってきます」

「あぁ?大胆だな?大丈夫かよ」

「平気です。どの道、もうすぐクビですし」


瑪理(マリ)は親指をピッと動かし首元を掻き切る仕草。


「私、ネクラなので。あんま店の()に仲良くなってもらえないんです。けど仕事も出来る訳じゃないし、固定客もつかないし、ヘルプもやれねぇ売り上げも立てられねぇじゃ店に必要ないんですよ」


(マオ)さんならよくわかるでしょ?と、悲しげな()み。(マオ)瑪理(マリ)の横顔を見やる。わかる、わかるが───腑に落ちない感じもあった。この女、ツラは良い。スタイルも。華やかな夜の蝶だ、席につけば一見(いちげん)の客は色めき立つだろう。指名に繋がらないのは…性格だな、確かに。めっぽう暗い。呑み屋に来るような男は基本的に甘えた(・・・)だ、無償の癒やしや手放しの称賛を求めている。瑪理(マリ)にはそんな男達を包むオーラがない。マイナス思考は生い立ちやこれまでの生活からくるものか。


「とにかく私、ガサ入れ、やってきます。(マオ)さん…骨は拾って下さい…ウウッ」

「縁起(わり)ぃ奴だな。普通に帰って来いよ」

「善は急げなので今すぐ行きますね…」

「善じゃねーからせめて明日にしろ」


フラフラと立ち上がり出口へ向かう瑪理(マリ)の背中に声を飛ばす(マオ)。‘じゃあトイレ行ってきます’と平和的に行き先変更をしてドアノブに伸ばした瑪理(マリ)の手は、けれどスカッと空を切る。前方に体重をかけていた瑪理(マリ)は唐突に開いた扉の向こうへ傾き、転びかけ───ポスッと柔らかい物に受け止められた。誰かの胸元。


「へぇ?美人だな」


凛としたトーンに瑪理(マリ)が顔を上げれば、これまた凛とした風貌の青年。男性…いや、でもこの感触(・・)は?もしや女性?


「あれっ、藍漣(アイラン)もう来たの」

「お前が‘早く会いたい’って呼ぶから♪」


はじめましてと瑪理(マリ)の髪をひと撫でして、藍漣(アイラン)は目を丸くしている(アズマ)に近付く。‘早く会いたいは言ってないじゃない’と照れくさそうに呟く頬へキス。


「なんだ。ウチの勘違いだったか」

「や、思ってはいたけど」


素直な返事に藍漣(アイラン)は満足気な表情を見せ、テーブルの酒瓶へ目線を移す。


「随分呑んでるな」

瑪理(マリ)ちゃんが盛り上げてくれてるのよ」

「ははっ!有り難いな!じゃ、ウチからも瑪理(マリ)ちゃんに1本出そうか」


お礼にね、と微笑む藍漣(アイラン)は出口に佇む瑪理(マリ)(もと)へ戻り再度髪を撫で、‘ロゼもらってくる’とバックヤードに足を向けた。ポカンとしていた瑪理(マリ)が我に返って(アズマ)へと詰め寄る。


「ちょ!!なっ、なんですかあの人は!?」

「え、彼女…」

「誰の!?」

「俺の…」


今夜食事の約束をしていたものの、飲み会(・・・)が長引きそうだったのでさしあたり【宵城(ここ)】へ呼んだのだ。藍漣(アイラン)もお酒好きだし…夕飯は(レン)のとこから出前とってもいいし…と軽率に考えていたが。マズかったかな、とうっすら心配する(アズマ)の襟首を掴む瑪理(マリ)


「め…」

「め?」

「めっちゃカッコいいじゃないですか!!私、あの人の隣座ってもいいですか!?いいですよね!!」

「あ、そっち?」


‘どうぞ’と頷く(アズマ)瑪理(マリ)ちゃん、可愛い系統だけじゃなくてカッコいい系統の女も好きなんだ…良かった、藍漣(アイラン)()いてくれて…ん?良かったのか?もしかして俺、またライバル増えた?


すでに(スイ)という強力な好敵手に振り回されているモサメガネは、新たに現れた一筋縄(ひとすじなわ)ではいかなさそうな呑兵衛にグイグイとフードの紐を引っ張られながら、綺羅びやかな天井を悶々と見上げた。

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