ゴト師と札束
陰徳陽報2
まぁ普通のガルバ。
栄和一期は部類分けすれば‘怪しい’のカテゴリには入らないビル。なのでそこに間借りしている店舗もアングラみは薄め、逆に言えばライトなパリピ向け薬物に似合いのバーではある。
とりあえず入店して数杯引っ掛けた東はのらりくらりと会話を広げバイヤーを探した。が、どうにも掴みづらい雰囲気。従業員達は例えるなら学生──俺は学校行ったことないけどぉ──のサークルのようなノリ。薬に関しても新しく発売された面白いラムネくらいの認識な気がする。となると…ネタ撒いてる娘も売人と呼べるレベルじゃないな。っていうか話が全然見えてこない、この店にはもう居ないのか?夜の世界は入れ替わり激しいもんね。アプローチ変えるか。夜職の女が麻薬の他にハマるモノは───ホストか博打。
店内を探ることを早々にやめ、東は先日闇カジノで儲けた話を面白おかしく語る。食いつくキャストへ近所のオススメ遊び場リストを聞いてみた。何店舗か名前が上がり、相槌を打ちながら目星をつける。
光記街は駄目だ、裏向き過ぎ。北頭楼はどっちかってとギャンブラーよりナンパ待ちの輩が多いな。ん?金里三巷?それ、ワンチャンある。国外から多種多様なスロットを仕入れているエンタメ性の高い1軒、重くも軽くもない。そこにしよう。
ガールズバーをサッと切り上げ件のカジノへ。帰り際、女の子達に‘また来てね’などと腕を掴まれ、‘また来るよ’などと肩を抱き返し、可愛らしいデザインの名刺を頂戴したが…これは燈瑩にでもパスだな。いつかみたいに笑われそうだけど。いいじゃない!燈瑩が行ったほうが女の子も喜ぶでしょ!
金里三巷のハコは無難な明るさで客層もそれなり、ほどほどに遊べるユルい造り。両側にスロット台が立ち並ぶ通路を歩く東。古いタイプも設置してんな…メンテナンスはされてそう…。と、ふと、独りで淡々とリールを回す女性が視界に入る。
服装、持ち物、人相、仕草。キレイめスタイルの私服にそれなりの長さで整ったネイル。サンダルで肩掛けのミニショルダー。
───この娘、いってみるか。
「出してんね」
東は女性が積んでいるドル箱を指し、真横の台の椅子を引く。彼女は視線だけ動かして東を見ると肩を竦めた。
「たまたまです。いつもは出ませんよ」
「しょっちゅう居んの?」
「これ、好きなので。置いてる店があんまり無いんですよね」
打っているのはイヌ、ネコ、ハムスターなどなど動物がパネルを彩る癒やし系スロット。東の台も同じ物。この筐体は───…東はスツールの座面へ腰を降ろすと僅かに目を細めた。紙幣をツッコみ、数回レバーオン。挙動はノーマル…オッケーオッケー。1000香港ドルを躊躇せず追加。首を捻る女性。
「私の台が出てますから、そっちは出ないんじゃ?両方は設定入れてないでしょ」
「出るよ。見てて」
‘でもさり気なく’と付け足すと、一定のリズムでレバーを叩いてボタンを押してを繰り返し始める東。女性は煙草に火を点け、不自然にならない程度の動きで東の台を眺める。淡々と回数をこなす東の手元はメトロノームさながら慥かなテンポ。5分、10分、ゆるやかにプレイ。そのままクレジットがゼロに近づこうという頃───前兆も無く突然777に直撃。ワンラウンドを消化し即引き戻し、連チャンでボーナス。REGではない、キチンとBIG。最終ゲームで再度引き戻し。これもBIG。女性は目を丸くする。
「なんで?」
「この機種はさぁ…ずっと同じタイミングでコレやってると、機械使ったテストプレイと勘違いすんだよね。で、モードが試し打ち用に切り替わってBIG直撃ばっかになんの」
内部基盤が古いからやれるんだけど、と舌を出す。喋りながらもブレない東の動作を女性は凝視。カジュアルな口調の説明とは裏腹に簡単な所業では全くあらず…言うは易し行うは難し、寸分違わず正確にレバー及びボタンのプッシュをし続けなければ駄目なはずだ。出来る人間が居ないからこそ、放っとかれているバグである。
ジャラジャラ増えるメダルに息を呑む女性。
「すご…プロだ…」
「俺、ゴト師だもん」
「うっそ」
「嘘」
「はい?」
「薬剤師」
その返答へ女性は‘なにそれ!’と吹き出す。薬剤師、に反応した気配は無い。シロかな?サラリと質問を投げる東。
「おねーさん、近くのキャバの娘?さっき栄和一期のガルバで飲んできたんだけど」
「あぁ、内装綺麗ですよね」
「知ってるんだ」
「姉妹店ですもん、私が在籍してるの。ていうかキャバ嬢に見えました?やっぱ」
「可愛いからね♪」
「うわ、チャラっ」
軽口に表情を崩す女性、東も片頬を吊る。キャバだと判断した理由にはもちろん容貌も影響しているけれど…決め手は細かい部分。
まず爪。この派手さは恐らく夜職、くわえて長め、なら仕事にハンドサービスは含まれないことを意味する。よって水商売でもマッサージや風俗の可能性は低いと推測。次に、男ウケが良さそうな綺麗系の私服は店の外でも客と会うことを示唆。とすると、勤め先はガールズバーではなく同伴出勤があるキャバクラが第1候補。飲み屋の仕事開始は大体20時頃だが、荷物少な目のミニショルダーとサンダルのラフな組み合わせを見るに今日はオフ日。無駄話にも付き合ってくれそう。良い条件が揃っていた、だから声を掛けた。
「お兄さん、薬剤師さんでしたっけ?」
「薬屋っていうかね」
「なんかワルそう」
「まさかぁ?クリーンですよ、神に誓って。無宗教だけど」
「ふふっ!そしたらこれいります?私、使わないので」
いくらか気を許した様子の女性がかざすパケットには、見慣れない錠剤。退店していった仕事仲間が餞別でくれたが、使用機会もなく持て余していたと。アタリか?これは。受け取る折に‘お兄さんは東だよん’と名乗ると、女性は‘瑪理です’と笑んだ。
最初瑪理が薬剤師に反応しなかったのは、自分はドラッグに興味が薄いからか。ということはこの娘はジャンキーではない…友人が薬物関連でゴタついているとかも無さそう…私情は挟んでこないはず。思いつつ当り障りのない話題を重ね、適度にドル箱も重ね、頃合いをみて換金所へ向かう東に瑪理もついてきた。察するに───暇なのだ。やはり。
「東さん、このあとどっか行くんですか」
瑪理が札束を雑にカバンへと突っ込みながら呟く。東は何気ない調子で口を開いた。
「友達の店にツケ返しがてら飲み行こっかなって。来る?」
【宵城】もしくは系列のバーに来てくれたらスムーズ、そんな打算を隠して誘う東を瑪理はジトッと見詰める。それから仕舞いかけた札束を鞄から引っこ抜いて胸元へ掲げた。
「いいですよ…全部使って呑みましょ…」
「え、全部?」
「私なんか駄目なんですお先真っ暗です今日はきっと人生最後の運を使い果たしたんですだからこんなに勝てたんですもう全財産パッと使いましょう」
「なになになに?どしたの」
急にボソボソ早口で捲し立てる瑪理へ東が慌ててストップをいれれば、瑪理はズイッと東の鼻先に顔を寄せる。
「友達の店ってバーか何かです?」
「あ、っと…バー…か、キャバ」
「キャバ!!キャバに行きましょう!!私、可愛い女の子大好きなので!!」
言うなり東のパーカーを掴み、早く早くと案内をせがむ瑪理。可愛い女の子大好きとは…?来てくれるというなら有り難いが…。東は些か戸惑いつつ要求を承諾し、‘VIP席用意しといて’と猫に微信を飛ばした。




