龍睛魚と萬屋・後
悠々閑々8
いくらか歩いて、雀仔街。さして広くもない巷地に一時期は80軒以上の店舗がひしめいていた鳥達の楽園。現在は再開発で場所を移し、雀鳥花園として生まれ変わった。愛鳥家達は連日ご自慢の1羽を持ち寄り飼育談議に花を咲かせている。最重要視されるのは鳥の色や羽の艶ではなくどうやら‘鳴き声’らしい。かつては鳥籠を抱えた人々が電車やバスなどの公共機関を利用する姿も見受けられたが…大規模な鳥インフルエンザの流行以降、全面禁止になったとか。
鳥好きのオジサマ達で賑わう通りを見渡し、お使いの品を探す萬屋。鳥の餌は───蝗蟲などの虫というわけじゃないな、この場合。ピーナッツやヒマワリの種か。ドライフルーツが入っているものはやめよう、城砦の小道はどこも水分過多、果物を撒くのには適していなさそうだ。
道中、やたら大きくカラフルなオウムが突如現れ少し驚く。目を輝かせる大地へ‘この子もう10年はここに居るね’と燈瑩、パタパタと羽を動かしてこちらを見詰める重鎮を樹も見詰め返す。にらめっこ。
この手の鳥は大型種だと60歳超え、果ては3桁の年数を生きる例もあるという。となると‘この子’って歳でもないのかも…フワフワ考える樹。以前老豆───陳が、老衰で亡くなった知人が遺したオウムの引き取り先を探していたことがあった気がする。名前はなんだったかな?最終的に誰が飼うことになったんだっけ?記憶を辿りながらお買い物、無事に撒き餌を入手。
「えっと、花園街にも寄っていい?」
雀仔街を抜けたところで大地がオズオズと提案。断ったりなどされる筈もないのになぜか控え目な態度。理由を聞けば‘寧にプレゼントを買う’と照れた表情、テンプルストリートの夜市へ遊びに行った際に露店の小物を欲しがる素振りを見せていたのが気になっている模様…なるほど。
「髪留めみたいなやつ。けど買わないで帰っちゃったからさ?喜ぶかなって」
はにかむ大地は‘哥も一緒に選んで!’と燈瑩の腕を引く。樹も跡を追い、3人は買い物客でごった返す花園街へ。
観光客多めの女人街に対し、こちらは地元民多めのローカルマーケット。スポーツ用品が豊富で別名スニーカーストリートとも呼称される。B級スナックを買い食いし、立ち並ぶ屋台の間をそぞろ歩き。と…大量のヘアアクセサリーがディスプレイされた1軒の前で大地が足を止めた。中華風の花飾りがついた愛らしいデザインのバレッタを凝視。イイ感じの候補だが、しかし何色もバリエーションがあり、大地は顎に指をあてる。
「うー…赤が可愛いかなぁ…でも寧、青のほうが好きだったかも」
ちゃんと聞いとけばよかった!と唸る。寧には両方似合いそうだ、樹はツンツンと赤をつついた。
「大地がこっちあげたいんならこっちでいいんじゃない」
「そうなんだけどさ…プレゼントって、貰った側の気持ちが1番大事でしょ?俺の想いは別にいいの。俺が満足しても、自己満になっちゃうもん」
だから、寧が好きな色を選びたい。眉根を寄せる大地へ樹は得心したように頷く。やりとりを眺めていた燈瑩が破顔。
「だったら赤でも大丈夫じゃないかな」
「えー?ほんと?哥、なんでわかるの」
「あげてみれば大地もわかるよ」
貰った側の気持ちなら───特に寧なら、好きな人が自分の為に買ってきてくれたこと自体がきっと嬉しい。色だって、似合うと感じて選んでくれたものであればどれもこれも好みの色たりうるだろう。されど細かい理由は口に出さず、とにかく大丈夫、と笑う燈瑩へ疑問符を浮かべる大地。その隣から樹もエール。
「燈瑩が言うなら平気だよ。東もどの田雞でも喜ぶし」
「ん?んー…まぁ、田雞も…そうね」
歯切れの悪い燈瑩を横目に、先程より力強く頷く大食漢。悩んだ末、大地は赤をチョイスし寧へと包んでもらったが───‘やっぱり青も下さい!’と店主へ声を張る。
「もし万が一、青がよければ換えてあげられるし。赤でよければ青は俺が使う」
バイトの時に!とケラケラ快活な声。ポンと手を打つ樹。華やかに着飾った大地を目にした上の心境が手に取るようにわかり、燈瑩は唇を内側に巻き込むと黙って肩を震わせた。
黄昏時。龍睛魚を受け取った一同は帰途につき城砦へ。大地と燈瑩を見送り、大食漢は食材調達に寄り道をする。路地に漂う夕飯の香りを嗅いで腕組み。
さっきは気にしなかったけど…‘どの田雞でも喜ぶ’って俺が言った時、燈瑩、微妙な雰囲気出してたな。ともすればお気に入りのカエルが東にもあるのだ。‘大事なのは貰った側の気持ち’…俺も東がもっと喜ぶカエルを…。辿り着いたいつもの市場、強い決意を胸に、樹は意気揚々と注文をした。
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「ただいま。東、これお土産」
「おかえり、このパターンはカエルでしょ…んっ!?もしかしてウシガエル!?」
「うん。東が好きなの選んだ、食べよう」
「やった!!調理しやすいし食い出もあるね!!…いや、好きって訳じゃないけど…」




