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九龍懐古  作者: カロン
喧嘩商売
38/492

ステゴロと獅子山

喧嘩商売1






「反省しています。嘘ではありません、本当です。調子に乗りました。心から謝りますごめんなさい」


【東風】の店内で、地べたに正座をした(アズマ)が神妙な面持ちで陳謝する。

真剣なはずなのにどこかがうさんくさいのは置いておいて、その顔は傷だらけで痣もあり、右手は骨がやられたのか三角巾で吊っていた。


「オメェたいがいにしろやクソ眼鏡。獅子山(ライオンロック)に埋めんぞ?あぁ?」


【東風】にあった酒を片っ端から開けて呑みつつ(マオ)がすごむ。

博打や風俗でハメをはずした(アズマ)が金を払えずに(マオ)に怒られるのはよくある事だが、どうやら今回は少し様子が違うようだった。


話は昨日の夜に(さかのぼ)る。


いつもの如く【宵城】で遊んでいた(アズマ)は店内で他のグループと揉めて──まぁ相手が突っかかってきたせいなのだが──乱闘になり事態が収まらず、売り言葉に買い言葉である約束をしてしまった。


内容は、相手は貧困街のシマ、こちらは【東風】と【宵城】を賭けて勝負しようというもの。もちろん(マオ)の許可なく勝手にだ。

騒ぎに気付き(マオ)が急いで上階から降りてきたが、時すでに遅し。取り決めは成され、ボコボコにされた(アズマ)が帰っていくマフィア達の背に中指を立てているところだった。


「死ぬなら1人で死ねやボケカス。人巻き込んでんじゃねぇぞ」

「仰るとおりですが…何卒ご容赦を…」

「【東風】とテメェの命でカタつけてこい」

「そこをなんとか…後生ですから…」


(マオ)に詰められながら(アズマ)がチラチラと燈瑩(トウエイ)を見る。

その視線に気付いた大地(ダイチ)は、1ミリも興味なさげに煙草をふかしている燈瑩(トウエイ)の服の裾を引いた。


(ゴー)、助けてあげなくていいの?」

「ん?そうだね…(マオ)獅子山(あそこ)は岩が多くて埋めづらいから他の山がいいんじゃないかな」

「助ける方向性!!」


燈瑩(トウエイ)の言葉に(アズマ)がツッコむ。


(マオ)が天井を仰ぎ、ため息ともなんともつかない唸り声を出した。

埋めるのなら確かに他の山の方がいいだろう。(アズマ)を埋めて【東風】を渡し、それで手打ちということで話を終わらせたい。


だがこのバカ眼鏡は【東風】のみならず【宵城】も賭けるなどと要らない事を言っている。城主である(マオ)としては裏社会の繋がりの中で【宵城】に関する余計な火種を残したくはない。

それになんだかんだで【東風】はみんなの溜まり場だ、ここが無くなれば(マオ)の部屋が餌食になる可能性は否定出来ない。


唯一この(アホ)がたてた手柄は、勝負に勝てば‘向こうのマフィアのシマを穫れる’という条件にしたこと。


手柄といえども、こっちは【宵城】を出しているのだから当然といえば当然である。これでも九龍一の大型風俗店だ。

正直、引き渡すのが【東風】だけでは成り立たない交渉だっただろう。(アズマ)の薬物取引ルートがあるとはいえ客は【東風】についている訳ではなく(アズマ)自身についているので、【東風】だけ渡したところで何の足しにもならないからだ。


今回仕掛けてきたのは【獣幇】という名のマフィアグループ。九龍での賭博地下格闘技等を開催したりしている喧嘩好きで有名な集団、そのシマは割合と大きい。


(アズマ)と揉め事を起こしたのはその下っ端なので勝負に勝ったとしても【獣幇】のシマ全てを穫るのは土台無理だが、半グレたちが仕切っている店の内いくつかはいただけるだろう。


まぁ、正直それはそれで、悪くない。そんな打算もあった。


「とにかく」


言って(マオ)は膝を叩く。


「仕方ねぇ。(てめぇ)の事は許さねぇが勝負はやるぞ」

「なんや、めずらしくヤル気やん」

「【獣幇】のシマ欲しいんでしょ」


驚く(カムラ)燈瑩(トウエイ)が笑い、(マオ)は黙って三角巾で吊られている(アズマ)の腕を蹴った。痛い痛いと(アズマ)が床を転がる。


勝負の内容は喧嘩好きな【獣幇】らしいシンプルなもの。明日18時に龍津路の突き当りの広場で3対3のステゴロ、引き分けは無しで2勝した方の勝ち。


「で、面子(メンツ)は俺と(カムラ)燈瑩(トウエイ)な」

「え?」

「ちょぉ待て待て」


なんの前触れもなく名前を呼ばれた2人が揃って声をあげる。特に焦っているのは、腕っぷしに全くと言っていいほど自信の無い(カムラ)だ。


「なんで俺なん、非戦闘員代表やんか」

(こいつ)が骨ヤってて使えねーからな」


そう答える(マオ)の足元で小さくなっている(アズマ)燈瑩(トウエイ)が疑問を投げた。


(イツキ)出てくれないの?」

「用事があるって断られました…」


倒れたまま膝を抱える(アズマ)が消え入りそうな声で返事をする。(イツキ)に見棄てられた(アズマ)ほど目の当てられないものはない。

若干同情する燈瑩(トウエイ)をよそに、(マオ)は説明を進めた。


(カムラ)はちっと()ったら降参すりゃいーだろ。2勝でいいんだから先鋒はくれてやれ。俺が中堅、燈瑩(トウエイ)が大将で勝ち越すぞ」

「なんでシレッと俺が最後なのよ」

(つえ)ぇ奴きたらダリぃじゃねーか、俺はパスだ。燈瑩(オメェ)に任せる」

「弱い人から順番に出てくるってこと?じゃあ最初から(マオ)(ゴー)で2回勝てば?」


大地(ダイチ)の意見に(マオ)がチッチッチと指を振る。


「ストレートで勝っても面白くねぇのよ。一方的過ぎたら不満が出るだろ。先鋒で(カムラ)がそこそこ頑張って負けるっつーのは、試合を盛り上げて雰囲気作りしてから最後に【獣幇(むこう)】にシマを譲らせる為の演出なんだよ」


なるほど、と頷く大地(ダイチ)の横から(カムラ)が口を挟んだ。


「そこそこ頑張って負けるってなんやねん」

「言った通りだよ、ほどよくボコされて負けろ」

「嫌やろ!!なんでボコされなあかんねん!!」

「じゃあ避けたら?別に殴られなくたって、うまくみんなを楽しませればいいってことでしょ?」


エンターテイメントを即座に理解した大地(ダイチ)が無邪気に提案する。順応性高過ぎるだろ、これが現代っ子か…そう思いながら(カムラ)は悲壮な表情で大地(ダイチ)を見た。


燈瑩(トウエイ)が煙を吐き出しつつ(マオ)に問う。


「ていうか、俺達の2勝は確定なんだね」

「あぁ?ったりめーだろ、どうやったら俺とお前が負けんだよ」

「だって【獣幇】ってめちゃめちゃ武闘派じゃん、ボスにゴリラみたいなの出てきたらどうするの」

「組員でもねぇ下っ端の半グレ程度じゃタカが知れてんだろ。出てこねーよ。出てきても、勝て。あと大将戦なんだからイイ感じの試合しろよな?観客を沸かせろ」

「すごい無茶振りじゃない?」


乾いた笑顔を浮かべる燈瑩(トウエイ)を無視し、(マオ)は床に這いつくばる(アズマ)を虫を見るような目で見た。


「つーことで、明日の夕方また【東風】に集合な。いい酒用意しとけよ」


店中の酒をスッカラカンにしておいて、明日も酒をせびるなんて…身から出た錆とはいえ【獣幇】の前に(マオ)に【東風】を潰されるのでは…。

空瓶を蹴倒しながら店を出る(マオ)の後ろ姿を眺め、(アズマ)は1人涙をのんだ。



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