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九龍懐古  作者: カロン
尋常一様
370/492

お願いと‘もう1個’

尋常一様15






あくる日のおやつ時。後生だから1度だけ顔を出して欲しいと頼み込んでいる(むね)(リン)経由で伝えてもらい、(カムラ)はいつもの広場で莉華(リィカ)を待っていた。元カノに追い縋る未練がましい男ってこんなんかな…元カノ()ったことあらへんけど…脳裏に蘇る昨日の‘彼女談議’。




バーから帰ったあと、回収した情報をこれまでの出来事と照らし合わせて整理した。生首量産グループ──といっても一枚(いちまい)岩ではなかったが──は大陸側との繋がりは無し。城砦にコロコロ転がる死体を横流しで売っているだけで、後ろ盾も居ない。ほどなく、仕事の邪魔をされ腹を立てた香港側のマフィア連中に一掃(いっそう)されるのではないか、との予想。(こと)が終わり次第、製薬会社や金融機関は一旦(いったん)九龍から手を引くだろう。体制を立て直し帰還するのは時間の問題だが、まぁ城砦ではどこかしらの組織がしょっちゅう似たようなことをやっている。通常稼働。取り立てて騒ぐ話でもない。


問題は、‘一掃(いっそう)’の部分。(カムラ)はそこへ莉華(リィカ)を巻き込みたくなかった。

死体の売買自体には莉華(リィカ)は関わっていない、それを(おこな)っていたグループと遊び歩いていただけ。ギリギリ一線(いっせん)を引けるポジションではある。とはいえ死体を盗んで売り捌いている張本人でなくとも、そこのグループの連中と居れば相手側からすればターゲットたり()る。なので距離を置いてほしかった。そも、仲間(・・)でも何でも無いのだ、正直なところ。莉華(リィカ)は仲間と言っていたが…彼女自身、思う部分はあるはず…。




(カムラ)の言いたいことは纏まらないままだったが、約束の時間ちょうどに莉華(リィカ)は現れた。(カムラ)は‘久し振りやん’とさっそく1ミリも気の利かない挨拶をかまし、しかしそれを素早くチョコレートで(おぎな)った。


「で、お饅頭は何しに来たの?」


莉華(リィカ)はムスッとしながらもチョコレートをパクつく。なるべく静かに、ゆっくり、ポツポツと声を押し出す(カムラ)


莉華(リィカ)、その…スラムの仲間?とは、()うとるん?最近」

「あんまし。莉華(リィカ)お仕事忙しいからぁ」


そっぽを向く莉華(リィカ)に、(カムラ)は彼女の仲間(・・)が関連している臓器売買のこと、近いうちに香港のマフィアと揉めるであろうこと、その為なるべく関わりを絶ってほしいこと(など)を告げた。なんだか懇願するような声音になったかも…追い縋る感…だけど、そんなのかまわない。

ジッと聞いていた莉華(リィカ)の顔がみるみる曇る。だがこの表情は怒りではなく───理解が出来ない、そんな気色(けしき)。チョコレートを口へ(せわ)しなく放り込む。


「だからさぁ、莉華(リィカ)、別に悪いことしてないじゃん。お薬欲しい人にはお薬売ってる人教えてあげて、お金欲しい人にはお金いっぱい入るお仕事教えてあげて、逆に良いことしてない?莉華(リィカ)がつるんでる人達だってさぁ、そのセーヤク会社?が捨ててるフヨーヒン?を売ってるんでしょ。フヨーヒンっていらない物でしょ。なんで駄目なの」


そう言われると、困る。駄目ということはなかった。何が悪いというのも難しい、ここは無法地帯の魔窟なのだから。


「やから、悪ないんよ。やけど…んー…」


どんな意見も言えた義理はない。この悪名高い九龍で、一体、誰に何を()くというのか。余計なお世話なうえに(おご)りでもあった。わかっている。それでも、(カムラ)は言葉を紡いだ。


「色んなこと知っとってそれをやっとる、っちゅうんと…それしか知らんからそれをやっとる、っちゅうんは…ちゃうと思うんよ」


薬を売ったり色を売ったり死体を売ったり。九龍(ここ)には様々な仕事(・・)があって、稼ぎ方も生き方も様々だ。何を選んだっていい。けれど。


「色んなこと知って、ほんで選んでるゆうんなら、よう口は出せやん。けど他んこと知らんからそうするしかないとか…莉華(リィカ)が知らんからってつけ込んどる奴らんこととかは…見過ごせへんねん。ほっとけへんねんな」


鬱陶しいことゆうてすまんと謝る(カムラ)を見詰める莉華(リィカ)は、顔にポコポコとはてなマークを浮かべる。つけ込んでる?どこに?誰が?何を?


「え?え…だって、だってさぁ…」


握ったら握ったぶんだけそのまま折れていきそうなほど細く傷んだ明るい髪を、これでもかというくらいに尖らせた綺羅びやかなネイルをつけた指で()きながら、莉華(リィカ)は視線を宙に彷徨わせた。眼球の動きに呼応して段々と上がる独り言のピッチ。


私をそういう場所(・・・・・・)に最初に連れて行ったのはお母さんだし。お母さんは、それで、厚めの封筒──今考えれば大した厚さでもなかったけど──を男の人達から受け取ってたし。私は‘あぁお金ってそうやって作るんだ’って思ったし。だけど身体使って頑張るのは私なのに、どうして私はご飯も食べれず殴られてばかりなんだろうって不思議だったし。それを口にしたらまたお母さんと喧嘩になって、揉み合った時にお母さんは頭をテーブルの角にぶつけて死んじゃったけど、私を売ったお金でクスリばかり買ってたから‘ドラッグのせいで錯乱した’って私の証言を疑う人は居なかったし。そのあと1人でいつもの仕事(・・)を始めたらビックリするくらい儲かったし。莉華(リィカ)もみんなにお仕事紹介してさ。お薬とかも。困ってる人助けて莉華(リィカ)にもお金入って、アレでしょ?ウィンウィン?てやつ。でさ、色んな人に会ったけどさ、お客さんだって友達だって最近見ないなと思ったら死んじゃってんだよね。だいたいクスリのせい。売られちゃったり殺されちゃったりもしてるけど。でも気になんないよ。そーゆーモンじゃん、みんなそーじゃん。莉華(リィカ)仲良く(・・・)してくれる人と仲良く(・・・)するだけだよ。仲良くしてくれるのは男の人の方が多いんだよ。お金くれるのも稼がせてくれるのも、かまってくれるのも。馬鹿にされてるかな?とかさ?思うときもあるけどさ?でも莉華(リィカ)バカだしフツーに。だからいーの。みんな優しいもん、優しくしてくれるもん。だったらそれでいいじゃん。だから、だから────


「わかんない」


莉華(リィカ)がしゃがみ込んで背中を丸めた。本当にわからない、そういった表情で。


「お饅頭の言ってる事、全然わかんない」

「ん…せやな…」


耳を傾けていた(カムラ)は歯切れ悪く応える。本当に───本当にわからないんだ、この子は。ワザとではない。そして、九龍(ここ)ではよくあるストーリーだった、こんなことは。

されど…袖口から覗く傷。ダメージは無意識下で確実に蓄積し、心から(あふ)れて身体に現れてしまっている。当人は気付かない。それが日常(・・)なのだから。


(カムラ)もベンチから腰をあげ、莉華(リィカ)の向かいに同じようにしゃがみ込む。軽く首を(かたむ)けて目線を揃えた。


「わからんでもええよ。饅頭が何や言うとんな?くらいで。お節介やねん。でも、ちょっとだけでも、聞いといてくれたら嬉しい」


眉を下げて笑う(カムラ)莉華(リィカ)は眺め、(しばら)くうーんうーん唸ると、突然‘よしっ!’と手を叩く。しゃがんだままの体勢でピョンピョン2歩ほど跳ねて(カムラ)の眼前まで近付き、明るく発した。


「わかった!莉華(リィカ)、あのへんの人達とはもう会わないようにする!そしたらお饅頭は嬉しいんでしょ?」


若干、違う。しかも‘饅頭が喜ぶからする’というのはよろしくない。誰かの為ではなく、自分の為に決めて欲しいのだ。(カムラ)は思うも…おおきにと答え頷く。今は何よりも決断してくれたことが大切だった。

と、莉華(リィカ)(カムラ)の鼻先に人差し指を立てた。


莉華(リィカ)、お饅頭のお願いひとつ聞いたからさ?お饅頭もひとつ莉華(リィカ)のお願いきいて」


指を(カムラ)のスマホへ移動させる。ピッと示されたのは、ストラップのぽっちゃり天仔(てんちゃん)


莉華(リィカ)もこのキーホルダー欲しいねん!」


そんなことかと(カムラ)がスマホから外そうとすると、それはお饅頭のじゃん!もう1個、新しいの!と膨れる莉華(リィカ)に制された。(カムラ)は再び頷く。


「わかった。探してくるわ」

「やった!約束だよ?」


イェーイとジャンプしクルクル旋回する莉華(リィカ)。何度も目にした光景。なのに───黄金色の夕陽に照らされた無邪気な笑顔が、どうしてかその日は、やけに(カムラ)の脳裏に焼き付いた。

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