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九龍懐古  作者: カロン
尋常一様
369/492

カノジョと‘いない暦’・後

尋常一様14






────いやいやいや速い速い!!合図や、って認識しよったときにはもう終わっとる…どういうこっちゃ…目を(しばたた)かせる(カムラ)だが、胸中の動揺を悟られまいとキリッとした表情で残りの輩に視線を投げる。(ほう)けた顔の男。わかる、わかるで。俺もそん顔しとるわ内心。男から掠れた声が漏れる。


「お前ら…こんなことして…」


タダで済むと思うなよ、とでも続けるつもりなのか。月並み。そんな言い草より気になるのが、どうしてか、男がずっと(カムラ)を見ていることだ。


なぜ俺を?やめてくれんか?背中に冷や汗をかいている饅頭へ、理由を思い当たったらしき(タクミ)が‘龍頭(ボス)どうします?’と真顔で言った。そう、逆に1歩も動かなかったせいで、(カムラ)が命令を下した張本人だと勘違いされている。パッと(タクミ)を振り返る(カムラ)の頭上にはしこたまハテナマークが浮かんでいたものの、(ひと)り取り残されて焦る男にはひとつも見えていない。燈瑩(トウエイ)が何か思案するフリをして口元を(てのひら)で隠す。またも(こら)える失笑。


「で、えーっと…話した感じ、全員同じグループって訳じゃなさそうだったね。仕事仲間ではあったんだろうけど。いくつか訊かせてもらえる?」


どうにか笑いを噛み殺し発する燈瑩(トウエイ)に、中身のうっすら残っているヴーヴの瓶を手に取った(タクミ)が‘これ飲んでいい?’と横から(たず)ねた。全部いいよと返せばサンキュと答えそのままラッパ。

飲むんか、(こいつ)…この有様(ありさま)で…怪訝な(カムラ)の視線に気付いた(タクミ)はキョトン。


「こっちは血とか入ってねーよ」

「いや…うん、さよか…」


論点はそこではない。思いつつ(カムラ)が小さく返すと、‘つーかほっぺに脳ミソつきっぱっすよ’と言われた。無言でお(しぼ)りで頬を拭う饅頭(ボス)


首無し(・・・)商品の販売について。他のグループとの繋がりについて。香港や大陸側との結び付きについて。淡々と問う燈瑩(トウエイ)に男は黙りこくっているものの、一心(いっしん)に逃げ出す機会をうかがっているのがわかる。扉は男の真後ろだ。しかし男が身を翻してドアに駆け寄り開く、或いは死んでいる輩の手から拳銃を拾う前に、燈瑩(トウエイ)のシグザウエルは身体のどこか──頭ではない、まだ用事が済んでいないので──を捉えるだろう。壁際のダーツで遊び始めた(タクミ)が拳銃に視線を落とし‘シグザウエル(それ)どう?’とクエスチョン。先日香港で潰れ(つぶし)たルートから入手したおNEW(ニュー)


「精度上がったかも。前に欠陥でリコールとかしてたけど…今作は動作不良も無く、サイズ感も調整され且つ操作性も格段に(すぐ)れた一品(いっぴん)に仕上がっています」

「ウケる」


そのコメントの仕方やめろよと笑う(タクミ)は、ダーツボードへ何本か矢を(ほう)る。カスカスッとバラけて刺さり、納得いかなかったのか唇を曲げて、燈瑩(トウエイ)へと矢を分けた。受け取った燈瑩(トウエイ)はバックレストに背を沈める。


「手持ち、ベレッタやめてシグザウエル(こっち)にしようかな。米軍も全入れ替えしたみたい」

「ミーハーじゃん。てか燈瑩(おまえ)、使う銃いつも統一(とういつ)してたっけ?」

「してない、何かベレッタ持ってる率が高いだけ。余りやすいっぽい」

「んだよ余りやすいって」


再びケラケラ笑う(タクミ)。その時、自分の焦燥とは真逆の安楽なムードが癇に障ったのか、男が吠えた。


「お前ら無駄口叩い───」


ヒュ、と燈瑩(トウエイ)の手からダートが飛んで男の瞳に刺さる。叫んで床へと転がる男、羽の生えた目玉を押さえる姿に燈瑩(トウエイ)は謝罪。


「あっごめん!目ぇ狙ってはなかったんだけど…俺、ダーツはそこまで得意じゃなくて」


(アズマ)だったら良かったねぇと眉をハの字にして、這いつくばる男へ近付く。


「でも、銃弾よりはいいじゃない。そろそろ質問の答え貰える?無駄口叩いて待っててあげたんだから」


男は喚いてばかりで回答を寄越さなかったけれど、燈瑩(トウエイ)がつまらなそうにピストルを構え直すと焦って口を割り出した。莉華(リィカ)についてもいくらか言及、この界隈のチンピラ連中とつるんではいるが深く関わっているわけではない遊び相手程度とのこと。恐らく…彼女に本当に意味での仲間はいないのだ。(カムラ)は少し目を伏せる。

欲しい情報をそれなりに引き出すと、燈瑩(トウエイ)多謝(ありがと)と微笑む。助かったかと安堵する男の頭部は次の瞬間発砲音と共に()ぜていた。結局銃弾(タマ)もあげるんじゃんと(タクミ)がこぼす。


「行こっか」


クイッと首で出口を示す燈瑩(トウエイ)、急いで椅子から立ち上がった(カムラ)(タクミ)に‘そこ(また)がねーと脳ミソ踏むぜ’と忠告された。コッソリVIPを抜けて裏口から退散。








「大丈夫なんすか?ほったらかしやけど」

「全員()ったし、他はバーテンの人くらいしか喋ってないから。最初に多目に積んで(・・・)るし平気だよ、スラムだしね」

「1個のグループじゃなくてバラだもんな、復讐とかもなさそうじゃん。カジノで()けてきた奴らも消せてツイてたな」


ソワソワする(カムラ)(なだ)める燈瑩(トウエイ)と悠長な(タクミ)。若干気になっていた追跡者の件もカタがつき、莉華(リィカ)と周辺の関係性も把握できた。その()に助言出来るじゃんと発する(タクミ)へ、(カムラ)は首肯しつつも渋面(じゅうめん)


莉華(リィカ)には…俺が上手く伝えられるかどうかやんな。前回失敗しとるし。よぉわからんねん女の子んことは…今までずっと、その…彼女もおらんかったし」


年齢(イコール)恋人いない暦だったのだ。からの、初カノが(ヨウ)とは何とも高いハードルだが…それは置いておいて。今度こそは、莉華(リィカ)に、どうにか耳を傾けてもらいたい。苦虫を噛み潰したような表情の(カムラ)(タクミ)が放つ。


「自信持てよ、お前のその…何つーの、真面目なとこ?安心感あんじゃん。ちゃんと(はな)しゃ聞いてくれるって。てか、俺もカノジョ居たことねーし」


(カムラ)は旧正月の獅子舞さながらの凄い形相でグリンと(タクミ)に顔を向けた。前半はなんとも嬉しかった、嬉しかったが…後半はどうにも承服しかねる。

(こいつ)の場合はニュアンスが違う。彼女が居なかったのではなく、彼女‘と定義した相手’が居なかっただけの話だ。そんな風に言ったら燈瑩(トウエイ)もワンチャン、居たことない部類に入るであろう。どう見ても(くく)りが異なる。


「お前さん()は意味がちゃうねんて!!」

()?」


出し抜けに現れた(たけ)る獅子舞へ(おのの)き、‘怒ってんの龍頭(ボス)’と首を(かしげ)(タクミ)

(かたわ)らで聞いていた燈瑩(トウエイ)(おのれ)()に含まれていると悟るも、それもそれで間違っているとも思った。自分や(タクミ)に限らずいつものメンツの中で‘彼女’が居たことがある人間など存在しないからだ。(イツキ)しかり(マオ)しかり居たことはないだろう、(アズマ)ですら恋人と断言出来るのは藍漣(アイラン)が初めてかも知れない。よって、そこに関してはむしろ、(カムラ)が誰よりも先輩(・・)だったりする。が…これは釈明にならないな。‘意味がちゃうねん’の科白(セリフ)通り。なので不要な口は出さず、獅子舞の相手は(タクミ)に任せ、そっと成り行きを見守った。

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