カノジョと‘いない暦’・後
尋常一様14
────いやいやいや速い速い!!合図や、って認識しよったときにはもう終わっとる…どういうこっちゃ…目を瞬かせる上だが、胸中の動揺を悟られまいとキリッとした表情で残りの輩に視線を投げる。呆けた顔の男。わかる、わかるで。俺もそん顔しとるわ内心。男から掠れた声が漏れる。
「お前ら…こんなことして…」
タダで済むと思うなよ、とでも続けるつもりなのか。月並み。そんな言い草より気になるのが、どうしてか、男がずっと上を見ていることだ。
なぜ俺を?やめてくれんか?背中に冷や汗をかいている饅頭へ、理由を思い当たったらしき匠が‘龍頭どうします?’と真顔で言った。そう、逆に1歩も動かなかったせいで、上が命令を下した張本人だと勘違いされている。パッと匠を振り返る上の頭上にはしこたまハテナマークが浮かんでいたものの、独り取り残されて焦る男にはひとつも見えていない。燈瑩が何か思案するフリをして口元を掌で隠す。またも堪える失笑。
「で、えーっと…話した感じ、全員同じグループって訳じゃなさそうだったね。仕事仲間ではあったんだろうけど。いくつか訊かせてもらえる?」
どうにか笑いを噛み殺し発する燈瑩に、中身のうっすら残っているヴーヴの瓶を手に取った匠が‘これ飲んでいい?’と横から尋ねた。全部いいよと返せばサンキュと答えそのままラッパ。
飲むんか、匠…この有様で…怪訝な上の視線に気付いた匠はキョトン。
「こっちは血とか入ってねーよ」
「いや…うん、さよか…」
論点はそこではない。思いつつ上が小さく返すと、‘つーかほっぺに脳ミソつきっぱっすよ’と言われた。無言でお絞りで頬を拭う饅頭。
首無し商品の販売について。他のグループとの繋がりについて。香港や大陸側との結び付きについて。淡々と問う燈瑩に男は黙りこくっているものの、一心に逃げ出す機会をうかがっているのがわかる。扉は男の真後ろだ。しかし男が身を翻してドアに駆け寄り開く、或いは死んでいる輩の手から拳銃を拾う前に、燈瑩のシグザウエルは身体のどこか──頭ではない、まだ用事が済んでいないので──を捉えるだろう。壁際のダーツで遊び始めた匠が拳銃に視線を落とし‘シグザウエルどう?’とクエスチョン。先日香港で潰れたルートから入手したおNEW。
「精度上がったかも。前に欠陥でリコールとかしてたけど…今作は動作不良も無く、サイズ感も調整され且つ操作性も格段に優れた一品に仕上がっています」
「ウケる」
そのコメントの仕方やめろよと笑う匠は、ダーツボードへ何本か矢を放る。カスカスッとバラけて刺さり、納得いかなかったのか唇を曲げて、燈瑩へと矢を分けた。受け取った燈瑩はバックレストに背を沈める。
「手持ち、ベレッタやめてシグザウエルにしようかな。米軍も全入れ替えしたみたい」
「ミーハーじゃん。てか燈瑩、使う銃いつも統一してたっけ?」
「してない、何かベレッタ持ってる率が高いだけ。余りやすいっぽい」
「んだよ余りやすいって」
再びケラケラ笑う匠。その時、自分の焦燥とは真逆の安楽なムードが癇に障ったのか、男が吠えた。
「お前ら無駄口叩い───」
ヒュ、と燈瑩の手からダートが飛んで男の瞳に刺さる。叫んで床へと転がる男、羽の生えた目玉を押さえる姿に燈瑩は謝罪。
「あっごめん!目ぇ狙ってはなかったんだけど…俺、ダーツはそこまで得意じゃなくて」
東だったら良かったねぇと眉をハの字にして、這いつくばる男へ近付く。
「でも、銃弾よりはいいじゃない。そろそろ質問の答え貰える?無駄口叩いて待っててあげたんだから」
男は喚いてばかりで回答を寄越さなかったけれど、燈瑩がつまらなそうにピストルを構え直すと焦って口を割り出した。莉華についてもいくらか言及、この界隈のチンピラ連中とつるんではいるが深く関わっているわけではない遊び相手程度とのこと。恐らく…彼女に本当に意味での仲間はいないのだ。上は少し目を伏せる。
欲しい情報をそれなりに引き出すと、燈瑩は多謝と微笑む。助かったかと安堵する男の頭部は次の瞬間発砲音と共に爆ぜていた。結局銃弾もあげるんじゃんと匠がこぼす。
「行こっか」
クイッと首で出口を示す燈瑩、急いで椅子から立ち上がった上は匠に‘そこ跨がねーと脳ミソ踏むぜ’と忠告された。コッソリVIPを抜けて裏口から退散。
「大丈夫なんすか?ほったらかしやけど」
「全員殺ったし、他はバーテンの人くらいしか喋ってないから。最初に多目に積んでるし平気だよ、スラムだしね」
「1個のグループじゃなくてバラだもんな、復讐とかもなさそうじゃん。カジノで尾けてきた奴らも消せてツイてたな」
ソワソワする上を宥める燈瑩と悠長な匠。若干気になっていた追跡者の件もカタがつき、莉華と周辺の関係性も把握できた。その娘に助言出来るじゃんと発する匠へ、上は首肯しつつも渋面。
「莉華には…俺が上手く伝えられるかどうかやんな。前回失敗しとるし。よぉわからんねん女の子んことは…今までずっと、その…彼女もおらんかったし」
年齢=恋人いない暦だったのだ。からの、初カノが陽とは何とも高いハードルだが…それは置いておいて。今度こそは、莉華に、どうにか耳を傾けてもらいたい。苦虫を噛み潰したような表情の上へ匠が放つ。
「自信持てよ、お前のその…何つーの、真面目なとこ?安心感あんじゃん。ちゃんと話しゃ聞いてくれるって。てか、俺もカノジョ居たことねーし」
上は旧正月の獅子舞さながらの凄い形相でグリンと匠に顔を向けた。前半はなんとも嬉しかった、嬉しかったが…後半はどうにも承服しかねる。
匠の場合はニュアンスが違う。彼女が居なかったのではなく、彼女‘と定義した相手’が居なかっただけの話だ。そんな風に言ったら燈瑩もワンチャン、居たことない部類に入るであろう。どう見ても括りが異なる。
「お前さんらは意味がちゃうねんて!!」
「ら?」
出し抜けに現れた猛る獅子舞へ慄き、‘怒ってんの龍頭’と首を傾る匠。
傍らで聞いていた燈瑩は己もらに含まれていると悟るも、それもそれで間違っているとも思った。自分や匠に限らずいつものメンツの中で‘彼女’が居たことがある人間など存在しないからだ。樹しかり猫しかり居たことはないだろう、東ですら恋人と断言出来るのは藍漣が初めてかも知れない。よって、そこに関してはむしろ、上が誰よりも先輩だったりする。が…これは釈明にならないな。‘意味がちゃうねん’の科白通り。なので不要な口は出さず、獅子舞の相手は匠に任せ、そっと成り行きを見守った。




