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九龍懐古  作者: カロン
尋常一様
368/492

カノジョと‘いない暦’・中

尋常一様13






例のクラブの所在地はスラムの隅っこ。ボロい建物の割に中身はそれなりに整えており、VIPルームも有り。今時(いまどき)の若者の好きそうなハコ───と、そう感じている(カムラ)(まご)うことなき今時(いまどき)の若者なのだが。心持ちの問題であろう。


莉華(リィカ)と繋がっていそうな輩をどう探し当てるか…たまり場と呼称するなら常時そこそこの人数がたむろしているのだろうけど…悩む(カムラ)へ、‘店員に訊いちゃおうぜ’と(タクミ)。簡潔で大胆。(カムラ)単身であれば──小競り合いになった際の戦力的に──土台無理な芸当。頼れるツレである。


バーカウンターへトコトコ歩いていく背中を見送り(しば)し待つと、(タクミ)はまたトコトコ歩いて戻ってきて親指で店の奥をさす。


「VIPだって。金払えば入れる」

「え、早ない?どうやって話つけたん」

「いつもここに居る女の子と待ち合わせで、これ絡みのBUY(バイ)やりにきたんだけどつってみた。莉華(リィカ)ちゃんの特徴()げて。したら仲間が中で飲んでるって」


(カムラ)へ‘これ’と(タクミ)が出したのは、先日蘭桂坊(ランカイフォン)で入手した製薬会社関連のクスリ。


(くだん)の連中はジャンキーの死体をパクる時に死体(そいつ)が飲み残したブツも多少手に入れているはず、ならばそれを周辺に撒いている可能性があると踏んでのカマかけ。取り引き相手だと勘違いしているバーテンに疑われないうちに燈瑩(トウエイ)はパサッと札束をカウンターへ積み、ボトルを1本拝借し店の奥へ。スタスタついていく(タクミ)の跡を緊張を隠した(カムラ)も追う。


前置きもなくVIPルームの扉を開けた。つるんでいた男達の視線が一斉(いっせい)に刺さり(カムラ)は息を呑むも、燈瑩(トウエイ)は新たに札束を出すと‘ちょっと同席してもいい?’と降ろした前髪の(あいだ)から(なご)やかに()んだ。こういう手合いへの有効打は常に(かね)。空いているソファに勝手に腰掛け、持ち込んだヴーヴをグラスへ注いだ。ラ・グランダム。遠慮がちに座る(カムラ)(タクミ)はとうに(くつろ)ぎテーブルのスナックをポリポリと食っている。


現ナマに興味を示しつつも警戒する男達へ、柔和な態度で酒を配る燈瑩(トウエイ)。まずカジノの話。重ねて金融機関、製薬会社と表面を(なぞ)り情報提示。こいつらは全容を把握しているわけじゃない、データを小分けにし釣るのが得策。儲け話の匂いをさせるのも忘れずに。ヴーヴが()きかけた頃には、次はもっといいの頼む?と先程出した札束を示す燈瑩(トウエイ)へ首を横に振る輩は居なかった。


「大興楼のカジノが閉めたのは俺達が()転がしたせいだよ」


酔いが回った男の1人が言った。男は‘ビビッて閉めた’と評したが、ビビッたのはこの連中に対してではなく、偽札ロンダリングの協力をしていた為に大陸側の情勢を警戒して畳んだのだろう。ていうかコイツ…頭転がしたつったな。燈瑩(トウエイ)が男へ意識を移せば男も燈瑩(トウエイ)へと目を向ける。


「あのガキの知り合いだって?メンヘラだけど顔は可愛いよな。いつでもヤれるし」


気分良さげに連ねられる単語はあまり気分の良くないものだった。あのガキとは莉華(リィカ)。仲間なのでは?と問う燈瑩(トウエイ)に男は(ひん)も無く(わら)い、ヤれるからたまに金を流すだけだと(てのひら)を振る。ついでにぼちぼち客を連れてくるのでいいカモだとも。


なるほど、仲間と呼ぶには少々語弊がある。こいつらがメインの友人(・・)ということでもないのかもわからないが…(カムラ)莉華(リィカ)との口喧嘩を思い出した。‘お饅頭も莉華(リィカ)のことバカにしてるんだ’。お饅頭()。生じていた違和感。莉華(リィカ)本人も…気付いていたんじゃないのか。


男は燈瑩(トウエイ)へ顎をしゃくる。


「アンタ見たことある気ぃすんな。大興楼のカジノ、デケェ眼鏡も居なかったか」


居た。が、こんなヤツ店内で見たか?記憶に無い。ならば店外(そと)だ。


「あれ?帰りに追っかけてきてた人?」

「そーだよ、素性が気になって。俺らの商売(・・)の邪魔になんのかも知れねぇからな」


───この男、喋り過ぎでは。燈瑩(トウエイ)は思ったが…もはや遅い気がしたのでもう1歩踏み込んだ発言をしてみた。


「生首なら見付けちゃったけど」

「見付けただけだろ?別に、ほっといてくれりゃ問題な」


パンッ、と音がして、言葉を続けていた男の頭が弾け飛んだ。(カムラ)の頬に脳髄液だか脳漿だかが跳ね、(タクミ)のグラスへ血飛沫が入る。突然張り詰めた空気に固まる(カムラ)。1度ヴーヴに視線を落とし、再び正面の男を見据える(タクミ)


燈瑩(トウエイ)は唇の端から(くわ)え煙草の煙を吐いた。発砲したのは斜め前に座っていた輩。脳天をハジかれた男はやはり喋り過ぎていたらしい、ご愁傷様。判断の早さは嫌いじゃない。が…随分と適当な殺し(こと)をする。クラブ自体は買収されていないはず、VIPのスタッフにある程度の口をきいているという訳だ。撃ったということはこの部屋、防音だろうか?それは(いい)、でも一触即発()の雰囲気をどうにかしたいな───やんわり考えていると呑気な調子の(タクミ)の声が響いた。


(これ)。グラス換えてくんね?血ぃ入ってんの()なんだけど」


至極真っ当な主張。ではあるが、この状況で訴えるには明らかに異質で、燈瑩(トウエイ)は吹き出しそうになったのを堪えた。‘何言っとん(コイツ)’といった表情をしている(カムラ)が笑いに余計な拍車をかける。とはいえ…微妙に、場が(ゆる)んだ。好嘢(ナイス)。饅頭を視界の隅から追い出し、おもむろに口元へ手をやり煙草を指に挟むと灰皿へ運ぶ燈瑩(トウエイ)。吸い差しを揉み消して、手を戻す(おり)うっかり(・・・・)袖口に灰皿を引っ掛けた。


床へと落ちて灰が舞う。一瞬(いっしゅん)、誰もがその灰皿を見ていた。ように思えた。


灰皿がフロアへ到着した時点で、(タクミ)は手近なビール瓶の口を真横の男の口へと突っ込んでいた。丸椅子から後ろへ転げる男、その仰向けの(ツラ)から生える瓶底を靴底で踏み付ける。ちょっと変な音がして瓶が喉奥へ沈み、遅れてパリンとガラスが真ん中辺りから砕けた。

すぐさまその割れた半分を掴んで立ち上がり眼前のチンピラの首を突き刺す。ギュッと妙な悲鳴。既に響いていた銃声に(タクミ)が顔を向けた時には燈瑩(トウエイ)が2人ほど脳味噌をブチ撒けさせていたところで、(カムラ)はまぁ特に何もしていなかったが、室内のマフィア崩れは(あと)1人になっていた。落ちた拍子にカラカラと床で回っていた灰皿が最後に1回転して止まる。音が消えて静かになる室内、パチパチとまばたきをする(カムラ)

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