カノジョと‘いない歴’・前
尋常一様12
莉華とは、あの日以来電話もメールも繋がらない。微信画面を開いては閉じ、既読のつかないメッセージを眺める上。携帯が壊れて番号も変更してしまったのか?はたまた只の無視か?彼女からしたら自分はウルサい饅頭なのだ。どうしているのか気になるけれど、心配だからと仕事先を覗いてみたとてイタチごっこ…きっと、莉華は逃げ出してしまう。というのも、彼女は現在、上が紹介した店を辞め勝手に他へ移動してしまっていた。運が良かったのは移動先が偶然綾の友人が在籍しているガールズバーだった事。ちょっぴり過激目な接客の店舗らしい…綾を通してヒッソリ様子を訊ねる日々。
「で?ちっと感じが変なんだ?」
「ん、何や周りのキャストが急に店飛んだりしだしててんて」
話を聞いて質問を返す匠へ上はわずかに肩を落として頷く。香港での騒動を念頭に、気掛かりを燈瑩に相談しようとお茶へと誘った蓮の食肆でたまたま鉢合わせた。テーブルを囲み、廚師お勧めデザートをつつきながらポツポツ談話。
莉華と同じ職場の女性スタッフによれば───変というのは言動の話ではない。もともとの接客内容が色を多目に使う店舗であることが幸いし、‘イチャつき癖’にはそれほど焦点は当たっていないようだが…彼女が入店して以降、ちらほら、店のキャストが消えているとの噂。鴛鴦茶を啜る燈瑩が借問。
「お客さんの入れ替わりもあるのかな」
「形態がガルバやから把握難しいんすけど…音沙汰なくなっとる奴もおるっぽいすね」
水商売の飲み屋はどこでも気軽に立ち寄れることがもちろん前提だけれど、ガールズバー形式の店は特にフランク。女性に接客してもらうのは当然であるがあくまでも‘バー’な為、入店の敷居は低く、客の流動性は高い。指名制を導入しない店舗も多数。出入りした人間の管理をする利便性としてはキャバクラの方が圧倒的に上。故に客達の足跡を辿りづらくはあったものの…どうやら数人、店へ顔を出した後に行方がわからなくなった者がいるのを突き止めた。ドラッグの常習者。
莉華が勤め先を移動した理由は、上と揉めたので紹介された店舗には居たくないというのも動機のひとつだろうが…なにより‘金が足りないから’らしい。
ここ最近静かになっている生首界隈。主だった発生源はスラム。莉華は、スラムに住んでいる。仲間達がいるからと言って。
仲間達。
「莉華ちゃんが生首関連のチームの一員かもってわけ?」
「わからん。わからんけど、組織には入っとらんくても繋がっとるんかもせんと思って」
口に銜えたスプーンをピコピコ動かす匠、上は眉根を寄せて唸った。
治験のおかげで唐突に湧いて出た死体によりバブルのごとく泡銭が舞い込んでいた生首の商売が、現在下火になってしまったせいで金が無いのでは。だから過激目の店へ移動した…仕事内容がヘビーであれば言うまでもなく身入りは増える。
それに、ガールズバーよりキャバクラ、キャバクラよりピンクサロン、ピンクサロンよりファッションヘルスのほうが従業員は病んでいる。心の問題なのか金銭の問題なのか恋愛沙汰かドラッグか。原因は多岐に渡れど立ち位置は皆同じ…そこそこの崖っぷち。人差し指1本で転げ落とすことが出来る。そしてまた、その群れの中をフラフラと泳ぐ客も同じ穴の狢だ。それらは須らく───‘金’になる。
「したら、莉華ちゃんが息吹きかけてるんじゃねーかっつーことだ」
「いや…なんちゅうか…悪意でやっとるんやないかもせんけど。薬欲しい奴には薬流したって、金足らん奴には金貸しとか出稼ぎ紹介したってみたいな。むしろ善意っちゅうか」
匠の所見へ弁解する上、庇う様な節回しに匠は不思議そうな顔。燈瑩は無言で煙草をパッケージから1本出した。
これは…地味に気まずい…上は唇を内側へ巻き込む。善意だなんて、傍から見れば絶対にそんなことはないのだ。上とて百も承知。けれどこれまで莉華と接してきた所感、どうも彼女は猫の言っていた‘天然の1割’の部類なのでは、と感ぜられた。鈍チンの分際で口を挟めたもんじゃないが。
不意に見えた腕の切り傷。あれは───リストカットだ。そこに莉華の、あの振る舞いの根幹がある気がした。
「そしたら行ってみよっか。そこのクラブ」
「もう開いてる?まだ時間はえーかな」
「えっ」
だって行くつもりなんでしょ?と燈瑩、匠も腰を浮かせる。上は2人をオロオロ交互に見詰めた。‘そこのクラブ’とは、上が予め目星をつけていた、莉華の仲間とおぼしきメンバーがつるんでいるらしい1軒。
製薬会社側のマフィアと死体を売り捌いているグループ、近い内に両者が衝突する気配がしていた。力の差は歴然。事が起これば九龍側のチームが潰されて手仕舞い…だがそれに莉華が絡んでいるなら捨て置けはせず、内情を掴みに行くつもりではあった。あったが───来てくれてしまうと思って黙っていたのに。
「丁度いいよ。俺も知りたいことあるし」
そう微笑む燈瑩へ上は肩を竦める。
「なんや…すんません、付き合うてもろて…面倒やんな。匠まで」
「え?全然?つうか、‘行こうぜ’って言ってくんねーほうがヘコむよ」
その科白に心なしか面食らった上だが、匠は紙幣を卓に置くと‘じゃデザートはお前の奢りな’と笑って先に食肆を出てしまう。次いで伝票に手を伸ばしかけた燈瑩の指先から寸手で紙を奪い、上は‘俺が払います’と語気を強めた。了解と目尻を下げる燈瑩も煙草を点けつつ店外へ。ドアの向こうから‘ねぇ俺ライター失くした!’と匠の声が聞こえ、燈瑩が火を貸しているのが見えた。いつもと変わらないのんびりしたムード…有り難い…上は息を吐く。
自然に気を許せたり、当然に助けてくれたりする相手。莉華の‘仲間’もそういった存在なのだろうか。されど仲間と言っていた割には───考えながら会計をお支払い。上さんお出掛けでしゅか?お気を付けて!と見送る蓮に礼を告げ、軒先で待っていた燈瑩と匠にも改めて礼を述べると、入相の城砦を目的地へと歩き出した。




